176 B級映画の主演に抜擢される
『助力を』
めずらしく、アンドレイから素直な言葉が漏れる。
それだけ追い詰められているのか?
「話は聞く」
動くかどうかは別問題だが。
『助かります。今、巨犬座のウェズンと言う町で……孤立しています』
「孤立?」
『手助けをしていただけませんか?』
あまりにも説明が足りていない。
罠?
いや、それだけ緊迫している?
「……スマンが、状況が全然伝わってこない」
『すいません。ちょっと混乱していました。
事の発端は僕達がこの島のイピス王子の依頼を受けた事だと思われます。
依頼は護衛。目的地はアルドラと言う地にある遺跡の最深部。
経過は省きますが、無事遺跡奥に到着した我々はそこで奇跡を目撃します。
女性として生まれそれを隠し育ったイピス王子が男性として生まれ変わったのです』
……。
……。
……何ぃ!?
男体化!?
くっそ! そんなイベントがあったのか!!
……落ち着け。
悟られてはならぬ。
特に、アンドレイには。
『その後、遺跡からの帰り道、ウェズンと言う町で宿を取り、一度休憩。
これは、現実でほぼ一日ですね。時間を置きます。
再びログインした我々が目にしたのは、町の中を徘徊するゾンビでした』
「ゾンビ!?」
なんだ、その意外な展開は。
『ええ、まるでB級映画の様な有様です。
それで、まずは王子を連れ脱出をと言う筋書きなんですが、どうでしょう?
興味ありませんか?』
ありますよ。
大いにありますよ。
「……貸し一つ、な」
興奮を悟られぬ様、静かにそう答える。
『助かります』
「他に必要な演者は?」
ゾンビが埋め尽くした町を魔王に焼き払わせる、と言うシナリオはどうだろう。
『戦力追加は今のところ保留としています。これは来ていただいてから見たほうが早いと思いますので』
事はそう単純では無い、と言う事か?
「了解。では準備が整い次第向かう。
そのウェズンの地図、送っておいて。
あと、台本に気の利いた台詞も」
『それはアドリブに期待します。では』
この通信を最後にアンドレイと連絡がつかなくなった、とか有り得そうじゃない?
それでエンディング間近にゾンビ化したアンドレイが台詞もなく映り込んでいる、と。
合掌。
◆
寺田屋の一階。
茶屋で団子を頬張りながら茶をすする後ろ姿からこれ以上無いような幸せのオーラを感じる。
「アリアシア」
「ふぁい」
頬袋いっぱいにどんぐりを詰め込んだリスのような顔で振り返る。
すでに手元には串が五本ほど置かれている。
「ちょっと出てくる。戻りはまだわからない。そう長くはかからないと思うが」
お茶を口に含み団子を流し込みながら頷くアリアシア。
「状況が良くわからないから一人で行くつもりだけど、アリアシアはどうする? ウミ達の所に行くか?」
「いえ、ここで待ってます。イヨちゃん……イヨ様とも約束があるので」
「そうか」
お忍びで町に出てくるイヨ。それに付き合うアリアシア。
バレバレだけど気づかないふりをして接する町の人。
平和だよな。
「町の中では『ちゃん』な。あまり、食べすぎるなよ」
「はい、大丈夫です。ハルシュもお気をつけて」
「ああ」
笑顔で見送るアリアシアに手を振り、寺田屋を後に。
次に会う時は……男かもしれないな、などと思いつつ。
◆
『ハルさん』
シリウスの手前でピエラから通信が入る。
「何だ?」
『今、何処です?』
「シリウス手前の上空」
『あー、良かった。私も行きたいんで、アルファルドで拾ってください』
「ん?」
『シリウス行きの船、全部欠航らしいんでぇす。行くんですよね? 巨犬座』
「行くけど、何で?」
『私もフレから呼ばれたんでぇす』
「状況、聞いてる?」
『ゾンビで溢れかえり、B級映画のような有様。
絵面が地味でどうにもヒットが望めそうに無いから、ヒロイン役としてアイドル天使ピエラちゃんに白羽の矢がたった。
主役は私でぇす』
「オーケー。
そこまで理解してるなら連れてこう。お前一人?」
「でぇす!」
ま、物語序盤の賑やかし要員だけどな。
シャワーシーンでお役御免。
軌道修正、アルファルド、海蛇座へ寄り道だ。
◆
「ひどいですね……」
眼下に広がる景色を眺め、俺に抱えられたピエラが呟く。
「ちょっと、B級って規模じゃないな」
軽口で返すが、感想は同じ様なもの。
ひどい。
その一言に尽きる。
シリウスの港町。
高い壁に囲まれた城塞都市。
石造りの、その壁にしがみつき、呻き声を上げる土気色したゾンビ。
遠目に見てもグロテスク。
着衣の痛みも、肉の鮮度も様々。
いや、鮮度という表現は違うか。
ともかく、生きている様に五体満足な物から、半ば以上白骨が剥き出しになっている物まで手広く揃っている。
そして、鎧を付け武器を持つ物から、幼い子供まで……。
「こういう映画のヒロインって、悲鳴を上げて逃げ回る? それとも勇敢に立ち向かう?」
「あまり見ないので知らないです」
「あっそう。グロいの苦手?」
「いえ、見た目は、まあ、好きでも無いですけど、それ系って、自分達は助かるけど世界は相変わらずピンチって最後じゃないですか。だいたい」
「そうか?」
「まあ、見たのがたまたまそうだったのかもしれないですけど。
つまり、フィクションぐらいはすっきりとハッピーエンドが良いんですよ」
「成る程」
「未来に希望の無い世界は、現実だけでお腹いっぱいなんです。でぇす」
言い直した。
別に、現実にそこまで未来が無いわけじゃ無いだろ?
そう言いかけ、止める。
仮想の世界に身を置きながら言うのは余りに滑稽だ。
「ハッピーエンドにしないで続編へ繋ぐんだよ」
「私は、すっきりと終わって欲しいんです。
そして、ちょっとだけ、ヒーローとヒロインと、そして、その周りのその後の幸せを想像するのが好きなん、でぇす」
「ふーん」
「何で……ちょっと造形考えて欲しかったですね。全く……」
造形?
ま、絵面は酷いが。
「ピンクの活躍が、引き立つんじゃ無いか?」
「私は戦闘要員じゃ無いでぇす!」
そっすか。
「あ、あそこ。
城壁の上に降ろしてください」
ピエラが指差す先には一人のプレイヤーの姿があった。
◆
空から近づく俺達に気付き、手を上げるプレイヤー。
その側に降り立つ。
「ピエラ、久しぶり。わざわざありがとね」
「オミに呼ばれたら来るしか無いでぇす!」
手を振りながらピエラが答える。
なるほど。
彼女がピエラを呼んだのか。
「初めまして。ハルシュです」
自己紹介をしてその女性プレイヤーに右手を差し出す。
大人びた切れ長の美人。
「オミです。初めまして、じゃ、無いけどね」
ん?
「一回目の闘技大会で貴女に串刺しにされたわ」
そう言って自分の額を指差すオミ。
……おお!
弓使い!
確か二回戦で戦った奴だ。
そしてその次にアンドレイが負けたんだ。
そうか、あの大会に出ていたプレイヤー達がこうして最前線にいる訳か。
てことは一回戦で戦った奴とかも居たりするのかな。
とは言え目的地はここで無い。
名残惜しいが、先を急ごう。
「アンドレイ達は?」
「ウェズン。この街道の先よ」
オミと言うプレイヤーが眼下の城門から延びる街道の先を指差す。
その道の上にもゾンビの姿がちらほら。
「じゃ。俺はそっちに呼ばれてるから」
「気を付けてね。アイツら急に飛び掛かって来るから」
「了解。捕まったら離脱で逃げるよ」
その答えにオミが怪訝そうな顔をする。
変な事言ったか?
「聞いてないの?」
……まさか。
……ゾンビ。
……不死者……。
「離脱、不可よ?」
◆
何でそんな重要な情報を隠すんだ!
アンドレイめ!
問い詰めてやりたいがその答えは大体予想が付く。
「聞かれなかったので」
若干プリプリしながら街道を南下。
ゾンビ共を見下ろしながらウェズンと言う町を目指す。
それにしても、殺されたばかりのような新鮮な奴が多い。
ゾンビって墓場の下から出て来るんじゃ無いのか?
恐らくはその答えを、街道の途中で目撃する。
ゾンビで埋め尽くされた宿場町。
……感染……?
一度上空で停止し、そして、生きてる人間は居ない、そう判断し先を急ぐ事にした。
◆
家と言う家の扉が閉まり、木戸が付いている窓は全て閉じられている。
そうで無い家には既に家人が居ないのであろう。
通りを動く死体が闊歩する。
「今、ウェズンに着いた」
『お疲れ様です。目抜き通りにある青い屋根の建物なんですが、わかりますか?』
「確認した。どうやって入れば良い?」
『2階の窓を開けます。北側。そこから』
「了解」
指示された通りに青い屋根の家のバルコニー付近で待つ。
槍と銃を持ち、警戒しながら。
これで中からゾンビが飛び出して来るようなら……。
ややあって、浮いて居る所から少し離れた窓の木戸が開く。
「すぐ入って下さい」
顔を出したアンドレイの、声に焦燥が感じられる。
俺は急いでその窓に身を滑り込ませた。
◆
「すまないな」
流石のロックの顔にも疲れが滲む。
宿の中にはプレイヤーが、六人。全員男。
NPCが四人。
恐らくは宿の人間だろう家族と、黒髪の整った顔の若者。
宿の見張りに二人のプレイヤーが付いていて、それ以外は二階の一室に集まっていた。
「さっさと移動しよう」
こんな所に籠城して居ても死を待つだけだ。
「それが中々に困難なのですよ」
「どう言う事だ?」
「隣で事情を説明します」
◆
アンドレイとロックと別室へ。
「厄介な事になっていてな」
ロックが、椅子に腰掛けながら言う。
アンドレイが窓に近づき、僅か木戸をうごかす。
外の様子を探るつもりか。
「接触感染?」
「想像はつくか」
「ああ」
そして、彼か無事と言うことは空気感染するウイルス的な物では無いのだろう。
「噛まれたら最後、ゾンビに成り下がる」
「なるほど」
「プレイヤーもな」
「ん?」
「状態異常、ゾンビ」
「は?」
「徐々にHPが減っていく。試した限りアイテムでも魔法でも回復出来ない。
そしてHPが20%を切った辺りで、自分で動けなくなる。
更にHPが10%を切ると……」
「どうなる?」
「周りの人間を見境なく襲う」
「それで感染が広がる?」
「そうだ」
「でも、その後死ぬだろ?」
HPがゼロになれば死に戻るはずだ。
「ちょっとこちらへ」
アンドレイが窓際へ俺をよぶ。
「あれ、わかりますか?」
外の通りに立つゾンビの一体を指差す。
「……ロック?」
「そうです」
「ああ言う風になる」
「え、待て。ゾンビとして死んだらアバターが増殖するのか?」
なんだ?
それは。
「それだけじゃ無い。遠慮が無い分、本体より厄介かもしれん」
「一人で来いってのは、それでか……」
仮にリーザがゾンビ化してみろ。
そんなの、そこらのプレイヤーには手に負えないぞ。
「そう言う事です」
「それで迂闊に外に出れない訳か」
「そうです」
「それで……どうするつもり?」
何か策はあるだろう。
「王子だけでも城に連れて行って欲しいんだ」
なるほど。
この場で一番重いであろう命を優先するか。
「で、あんたらは?」
「仲間と話し合うさ。シリウスまで強行するか、ここに留まるか」
「シリウスか。途中の町は既にゾンビの巣窟だ。行くならそこを迂回して突っ走れ」
「……そうか、そんな有様か。俺達だけならそれも出来るんだがな……」
「他に誰か居るのか?」
「この町の住人を捨てて逃げるわけにはいかんだろ」
成る程。
「律儀だな。何人生きてるんだ?」
「わからん。それを確かめる所からだな」
ゾンビが徘徊する中一軒一軒見て回るつもりか?
自殺行為だろ。
何で止めないんだ?
アンドレイに目を向ける。
「ま、そう言う事です」
止める気は無いと言うことか。
「じゃ、王子は預かる。その後の事はそっちで決めてくれ」
深い理由は無いのですが、闘技大会の対戦者をシエル→オミに改名しました。




