175 記念すべき日になれ
遂に、遂にこの時が来たのだ!
ゲーム開始から実に176日!
奇しくも2月22日!
そう!
ニャンニャンニャンの猫の日だ!
そうか!
だから体は虎である鵺退治だったのか!
「アリアシア、今日は猫の日だ!」
「はい?」
対応に困るアリアシアの顔に冷静になる。
猫の日は……関係無かった。
「いや、何でも無い。さて、何を食べようか」
落ち着こう。
薬は宿に帰ってからだ。
「そうですね……あそこは何のお店でしょう?」
「蕎麦屋か。麺、パスタ見たいなもんだな」
「おお。行きましょう」
「よし、行こう」
◆
「力うどんがある」
蕎麦屋のメニューを眺めながら呟く。
「何ですか? それ」
「餅が乗ってる筈だ」
「あ! 月のウサギちゃんのですか?」
「そう」
あったな。
餅。
まあ、団子も似た様な物だけれど。
「私、それにします!」
「了解。すいませーん。力うどんと鍋焼き」
「あいよー」
「鍋焼き? お鍋焼くんですか?」
「まあ、くればわかる」
「お餅……どんな野菜なんですかね。楽しみです」
「いや、野菜じゃないよ?」
「違うんですか?」
「違うよ。何で?」
「だって、ウサギちゃん、野菜しか食べませんよ?」
「そういや、そうだけど。
何て言うのかな。きっとご馳走なんだよ。
めでたい時に食べるんだ。
今日にぴったりだ」
「今日、おめでたい日なんですか?」
この後、第二の誕生日です。
「はい、お待ちどうさま。
鍋焼き、もうちょっと待ってね」
先にアリアシアの分だけ運ばれて来る。
「先食べな」
「はい。じゃ、いただきます」
たどたどしい手つきで慣れない箸を手にするアリアシア。
「それが餅」
うどんの上に乗った焦げ目のついた四角い餅を指差す。
「伸びる!?」
箸でつまみ上げ、いちいち驚きながら恐る恐る口に運び、そして笑顔になる。
「おいしいです!」
「それは良かった」
◆
お代わりして天蕎麦も完食し満足気なアリアシアと店を出て、そして、そう言えばぜんざいなんかもあるかなと、少し探せば見つかる訳で。
「甘い餅「食べます!」
えらく食い気味に答えるアリアシア。
うん。
好きなだけ食え。
今日はお祝いだ!
◆
「お帰り。遅かったね……どうしたんだい?」
寺田屋に戻った俺たちに女将が心配そうな顔をする。
「食い過ぎ」
アリアシアは両手でお腹を抑えている。
餅は腹で膨れるらしいからな……。
ぜんざい、何杯食べてただろうか。
「……苦しいです」
「布団敷いてあるから。
横になって休みな」
「……はい」
アリアシアを部屋まで送り届ける。
「ゆっくり休め」
「……はい。ありがとうございます」
そして、俺は風呂へ。
風呂へ!
◆
別に風呂で無くても良かったんだがまあ、最後に自分の裸を見てからでも良いよね。
すっかり揉み慣れたこの胸ともお別れか……。
感慨深い……。
木で出来た風呂に浸かりながら半年付き合ったアバターの名残を惜しむ。
しかし、新たな世界が俺を待っているのである!
生まれ変わったら何しよう。
希望に胸を膨らませつつ、チビ巫女にもらった薬を手に取る。
……よし。
湯船から出て、瓶の蓋を外し口をつける。
ミントの様な爽やかな香りが鼻から抜けていく。
そして、覚悟を決め、一気に飲み干す。
液体が流れ込んだ先。
喉。
食道。
胃。
順に焼ける様な痛みが走る。
体が内側から徐々に熱を帯び、脈が早くなって行く。
明らかな異変に襲われる体を自分の両腕できつく抱き締めた。
………………
…………
……
……
……
……
……。
薬を飲んでから十分以上経っただろう。
脈は収まり、体の熱も引いた。
濡れた体で風呂場に蹲っていたせいだろう。少し肌寒くすらある。
自分の手で……股間を確認する。
「何も変わってねーじゃねーか!!」
思わず叫び声が出て、それが狭い浴室に反響する。
ちなみに外界とは隔絶されているので、いくら騒いでも誰かが駆け込んでくる様なことはないらしい。
「ふざけんなぁぁ! あのガキ!!」
俺の!
期待を!
返せぇ!!
冷えた体を再び湯船に漬ける。
いや、あのガキ、別に男になるなんて一言も行ってなかったなと思い出す。
「何が占いだよ。ヘボが」
やり場の無い怒りを抱えたまま、湯船から出て脱衣所へ。
いっそ、このまま降臨にでも八つ当たりに行くか。
いや、そこまで時間の猶予はないな……。
脱衣所の姿見に結局何一つ変わっていないアバターが映る。
……ん?
……あれ?
え?
うそ。
両手で胸を包み込んでそれを確認。
「大きく……なった?」
確かに大きくなっている。
胸が!
毎日触っているからこそわかる変化!
体の悩みって……。
「そっちなの!?」
逆方向に行っちゃったよ!
◆
しかし、まあ、これはこれで悪いことでは無いんだよなぁ。
再度湯船に浸かりながら、自分の体に起きた変化をしっかりと確かめる。
胸だけでは無い。
腰から尻に掛けてのラインにも凹凸がついた。
そう!
あの薬は確実に私を次のステージへと押し上げたのだ!
女として!
◆
翌朝。
「おはよう」
「おはようございます」
少し、アリアシアの前で胸を強調して見る。
「……?」
ポカンとした顔をするアリアシア。
もう一回。
「どうかしましたか?」
「……別に」
何で気付かないのかな。
相当に鈍いぞ。
こいつ。
「え、どうしたんですか?」
「何でもない」
食堂の座布団に腰を下ろす。
流石は旅館。
食事は広間で。
他に客は居ないので貸切だが。
女将がお膳を運んで来る。
米、魚、豆腐、醤油!
オーソドックスな和食。
「「いただきます!」」
「はいどうぞ」
食べ慣れない和食で心配したがアリアシアはお櫃を三合空にした。
食い過ぎだよな?
◆
「さて、今日はどうしようか」
食後に緑茶を飲みながら考える。
「一回、御所に顔を出そうか。
その後、異変は無いか」
あわよくば、他の事件など華麗に解決してあの薬をもっともらえないか。
「え、ええ」
それに答えるアリアシアの返事がやや弱々しい。
見ると少し青い顔をしている。
「……食い過ぎか?」
そっと目をそらすアリアシア。
御所に行く前に散歩だな。
◆
「昨日は久しぶりに良く眠れたのじゃ」
庭の池の鯉に餌をやりながら嬉しそうに言うチビ巫女、イヨ。
「そうか。良かったな」
「……何じゃ?」
「……別に」
胸を張って見せているのに、こいつも気付きやしない。
所詮は子供か。
「それで他に困り事は無いか?」
「無いの」
「何か無いのか?」
「無いと言うとるじゃろ」
「何で無いんだよ」
「ひとつあった」
「何だ?」
「お主、五月蝿い」
……。
さーせん。
後ろでアリアシアが笑いをかみ殺す気配がした。
◆
結局新たな依頼は無く、薬は暫くお預けとなった。
残念。
……。
違う!
行くべき方向が!
「バッレバレだったじゃないでぇすか!」
いや、びっくりした(棒)




