【1‐22】 お兄様の決意に私は従います!
無事馬車が森から抜けた知らせが小窓の奥から発せられました。
それを聞き届け、幌を捲ってお兄様と空を見上げると僅かに明るくはなっていましたが、曇天の雲で空はすっぽり覆われておりました。
「な? 言ったとおりだったろ?」
お兄様の肩越しに空を見上げ、ピクスィーが得意気に口にします。
まぁ確かに彼女の言うとおりになったといえますが、ドヤ顔が妙に鼻につきます。
「ここから暫く進めば、魔物のあまり彷徨いていない場所にたどり着きます。そこで一旦休憩としましょう。皆さんもお疲れでしょうし」
それは有難い提案でした。何せお兄様は昨晩結局一睡もしておりません。
気丈に振る舞ってはおりますが、瞼が落ちそうになっていたのを私は知っております。
何度か眠られては? と進言いたしましたが、お兄様は笑って平気だよ、といっておりました。
その使命感に脱帽の思い出はありますが、やはりお身体が心配です。
ここは是非とも休んでいただけねばなりません。
「お姉ちゃんだれ~?」
周りが見渡せる平原で馬車を止め、ジョンが雪崩れ込むように幌の中に入ってきたのと同時に、ラリアが目を覚ましました。
少し呆けた様子できょろきょろと辺りを見回し不思議そうに小首を傾げて開口一番言い放ったのが今の一言です。
まぁ無理も無いですね。何せラリアは昨晩眠りについてから今の今まで一度も目を覚ましていないのです。
それにしても凄い雨ですね。幌を打ち付ける雨音はまるで魔物に屋根を叩かれてるようにも感じられます。
ジョンが慌てて入ってきたのも判ります。
それでも結構びしょびしょですけどね。
そして不思議そうにしてるラリアに、ジョンが森を抜けたことも合わせて簡単に説明しました。
「僕はピクスィーっていうんだ。宜しくなラリアちゃん」
ボクっ娘がそういって手を差し出すと、ラリアも、にぱぁっと笑って無邪気に握手に応じます。
「ラリアだよ~宜しくねお兄ちゃん」
子供の素直な反応にピクスィーの顔が歪みます。思わず私も横を向いて笑いを堪えました。
「ラリアその方はお兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんだよ」
「いや、もういいよどっちでも……」
ジョンがフォローしましたが、ピクスィーはいじけたようにいいました。
微笑ましい光景ですね。
「え~でもお胸がないよ~」
ナイスですラリアちゃん。
「なんかすみません」
「いや、別にいいよ事実だし――」
頭を下げるジョンにどこか黄昏れたように目を細め、彼女が返事しました。
まぁでも仕方がないですよね。
そしてその後はラリアの興味は彼女の羽に向けられました。
綺麗や羨ましい等といって弄くり回します。
この辺はやはり子供らしいですね。
すっかりピクスィーの事も気に入ったようですし、人見知りとかもあまりしない娘なのですね。
ちなみにこの間、お兄様はスヤスヤと眠りに付いております。
ジョンも乗ってきて安心したのでしょう。
ゆっくり身体を休めてほしいものです。
「パパ~お腹すいた~」
ひとしきりピクスィーにじゃれつき私にもダイビングして、やっぱりお胸はこっちのほうがある! 等といって更に彼女のコンプレックスを刺激したりしたあと、ラリアが食事をジョンに求めました。
そこでジョンは件のトレビアンを出してあげると、ラリアは瞳を輝かせながら感嘆の言葉を漏らします。
「あま~~い、おいしい~~」
無邪気なラリアの姿で、車内に微笑ましい空気が満ち溢れました。
はぁやはり子供は可愛いですね……私もいずれ――
◇◆◇
雨はそれから数時間ぐらいして少し緩まりました。
ただ空を見るにまだまだ晴れる気配はありません。
ジョンもあまりここに留まっているわけにはいかないので、と馬車に用意してあった雨具を取り出しました。
頭から被るケープのようなタイプですが、後首に当たる部分にフードが付いていております。
防水性に長けた繊維で作られたものみたいですね。
これもジョンが自前で作ったもののようです。
そして車体から下り、御者台に回って、それではいきますね、と小窓側に声をかけ馬車を走らせました。
「まぁでも確かに今から出ればこの雨でも、日が沈む前につくだろうしね」
ピクスィーが何のけなしに呟きます。
そういわれるといよいよだなって気がしますね。
馬車が街道をひた進む音が響いてきます。
このまま走り続ければいよいよ目的地である噴水の街エクセスに到着するわけですね――
◇◆◇
「ミ……サキ~」
あぁお兄様が目の前でこんなお姿で――い、いけません! で、でも――
「う、う~ん、お兄しゃ……おい、ふにゅ……」
「ミサキってばそろそろ置きてよ~もうすぐ街に到着するみたいだし~」
え? 私は瞼をぱっと開けます。お兄様の素敵な肢体は……あれ? ……どうやらいつの間にか私眠ってしまってたようですね――
「起きた? ミサキ?」
「え!? ひゃ、ひゃい! おきゅました!」
て、敬愛なるお兄様が私を覗きこんで! お、思わず声が上擦ってしまいます。
顔が緩んで頬に熱を帯びるのを感じてきました。
「あはっ、おかしなミサキ~」
あ、あうぅ~目覚めからそんな天使の笑顔を振りまかれると心がどうにかなってしまいそうです。
「はいはいイチャイチャもそこまでにしておきなって」
何かピクスィーが呆れたように言ってきましたね……でもお兄様とイチャイチャ……その響きはとっても素敵です!
「別にイチャイチャとかじゃないよ~兄妹だし~」
あぅ、その返しは少し寂しいです。
それにしても……幌を打つ雨の音はもう聞こえませんね。
「雨は止んだのですね」
「うん、さっき雨さんは空から引き上げていったよ~」
ラリアがニコニコしながら教えてくれました。中々可愛らし表現ですね。
「あ、ミサキさんもお目覚めになりましたか。街までは後一〇分ぐらいで着くと思いますので~」
御者台からジョンが声を掛けてきます。
一〇分ぐらいですか確かにもうすぐですね。
「街に着くと門の前で守衛の荷のチェックを先ず受けることになります。その時には一旦下りては頂くことになると思いますが、お手数ですが宜しくお願い致します」
ジョンからの説明に、お兄様と私が承諾し応えました。
「それと街に入るには本来通行許可証か住民証が必要ですが、それに関しては私の方で上手く伝えますので~」
ジョンが言い添えてきましたが、成る程……言われてみればお兄様も私もこの世界では根無し草のようなもの――流石に私達のいた世界のように住民票などがしっかり用意されているわけではないとは思いますが、かといってだれでも彼でも受け入れる程甘くもないようですね。
「何言ってるんだい。別に冒険者ならギルド証で入れるだろ。別に問題ないじゃんか」
ピクスィーが笑い飛ばすように言ってきました。
そういえば彼女には話してなかったですね。
「僕達冒険者じゃないよ~」
そしてこれにはお兄様が応えます。
「え? 冗談だろ?」
目を丸くさせてピクスィーが聞き返してきますが。
「本当です。私達は――」
私は簡単に彼女へ説明しました。内容的にはジョンに話したとのほとんど一緒です。
「たまげた~マジで? あの実力で冒険者じゃなかったとはね~」
両手を広げて感心したような呆れたような様子で告げてきました。
「でもだったら絶対ギルドに登録した方がいいよ。本来試練があるけどあんたらは既に盗賊退治とかしてるし僕からも依頼を手伝ってもらった事を伝えれば免除されるだろうし、それだけの腕があれば間違いなく稼げる」
冒険者ですか……確かにこういった話では定番では有りますね。
ただ勿論私はお兄様のご移行に従いますが。
「冒険者か~」
言ってお兄様が腕を組み軽く唸ります。悩めるその姿も素敵ですが、すぐに決める必要はありませんよ、私はお兄様と一緒にいれれば幸せです。
「それにこれだけの魔金捌くなら絶対色々聞かれると思うしね。冒険者志望だって言っておいたほうが無難だよ」
「そうなんだ~……う~んその冒険者になると色々情報もあつまったりするのかなぁ~?」
……情報ですか? お兄様はいったい何を知りたいのでしょうか?
「おう! 寧ろそういう事なら冒険者のほうがピッタリだよ。何せギルドの情報網は大陸中にあるからね。大きな街なら大体ギルドもあるし情報は集まりやすいしギルド御用達の情報屋なんてのもいる。これは冒険者ギルドに所属してないと利用できないしね」
成る程……確かに冒険者というからには色んなところに旅して回っていたりするでしょうからね。
そうなると当然その分情報が集まりやすくなるのでしょう。
「……よし! 決めた! ミサキ~僕、冒険者になろうと思うんだけどいいかな~?」
「勿論ですわお兄様。そのご決断流石はお兄様です。流石が流離いの剣士となって勇者に昇華しお兄様を讃えてますわ」
「ずっと思ってたんだけどそれ何?」
さて、これでとりあえずお兄様との目的も定まりましたね。
愛しいお兄様との冒険! 心躍る思いです。
きっとお兄様ならすぐに大陸中に名を馳せる偉大な冒険者になられることでしょう。
もちろんその横には常に私が――ふふっ。
……それにしてもお兄様の知りたい情報というのが気になりますが――何はともあれいよいよ異世界での生活が本格的に始まりそうです! 少しワクワクしてまいりました!
第二章へ続く――
ここまでお読み頂きありがとうございます。
第一章はこれで終りとなります。
第二章までは少し期間があるかくもしれません。
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