【1‐20】 お兄様は流石の一撃必殺なのです
「ほらここからだと見えるだろ? あれが目的のビグルネベンスィーツだよ」
僕がそう声を顰めていうと、肩越しにあの娘のお兄様が覗きこんできて同じように声を顰めながら、その大きさに驚いている。
魔物までの距離は大体六〇メートルってところか。周りを木々に囲まれたこの辺りは葉の密集度も高く、あの魔物を視認できるスペースは限られてくる。
というか見る限りはこの位置ぐらいしか奴の範囲の外で確認できる場所はない。
ここもたまたま直線上に視界を邪魔するものがないからいいけど、そうでなければ木に登ったりなども考慮する必要があったと思う。
それにしても随分と興味深そうにみてるね。
確かにあの魔物は本体の大きさは結構なものだ。
僕とこのショウタを足してもまだたりないぐらいだろうね。
見た目には壺のような形をしているビグルネベンスィーツは、その胴体に長大の蔦を何本も巻きつけ、獲物がかかるのをじっと待っている。
壺状の胴体の部分の頭は、呼吸をするように伸縮を繰り返しているけど、いざ獲物が枝にふれたら瞬時に蔦を伸ばし巻きつけ、あの頭の上にまで手繰り寄せて口を開けるようにして放り込むんだ。
そして一度あの中に入ってしまえば瞬時に蓋は閉まり、あとは消化するまでは決して開くことがない。それは動物でも人間でも一緒だ。
屈強な戦士が両刃のバトルアックスを持ったまま餌食になったという話を耳にした事があるけど、それだけの得物を扱う戦士でも、内側からでは手も足も出なかったとか、生きたままゆっくりと溶かされていくなんて、考えるだけでもぞっとするよ。
それにしても――と僕は改めて彼女のお兄様の姿に目を向ける。
……正直今でもこの見た目は子供にしか見えない男が、あれだけの実力を秘めてるなんて信じられないよ。
僕も一族の特徴として背が低いことは理解してるし、ショウタの方がまだ高いのも確かなんだけど、それでも彼は人としてみれば相当に小柄だ。
腰に吊るしてる剣も玩具のように思えてしまう。
あの妹は素敵なとか格好いいお兄様等といっていたけど、正直その言葉よりも可愛らしいと形容したほうがしっくりくると思う。
もし人形を魔法で動かしてるんだよと言われたなら、それもそのまま信じられそうな程だ。
正直兄妹という意味では、寧ろ妹のほうが大人っぽくて彼女が姉と言われたほうが納得できるぐらいだよ。
まぁでも――この目でしっかり見てしまったしね。たとえ一対一であったとしても苦戦しそうなシャダク……それにあの頑強なコブメリザー。
それらの魔物たちをこのショウタは苦もなくあっさりと倒してしまった――この事実は夢でも幻でもない。
だからこそこの狩りで協力を仰いだんだ。そしてここまで来てももらえた。
正直今思えば僕も甘かったけどね。いくら仲間がいないからって、単独でアレに挑もうなんて馬鹿げた話だった。
あの魔物の根は地面に張られてるから、空中の相手には効果が無い。
だから僕も、この羽根で一気に接近してやれば楽に狩れると思っていた。
純粋な妖精族の羽根と違って、そこまで高くは飛べないし、長時間の飛行も無理だけど、動かない相手なら短期決戦でいけると考えていた。
でも甘かった。確かにあいつは基本根に触れたものにしか反応しないけど、攻撃を受けたならそれはまた別の話だ。
ビグルネベンスィーツの本体の内側には無数の棘が牙のように生えそろっている。
それが中に閉じ込められた獲物が逃げられない要因の一つでもあるのだけど、あの魔物は自分に直接的危害が及ぶとその刺を外側に射出する。
それが四方八方に飛ばされる、しかもかなりの高速で――その威力は周囲の樹木を簡単に穿いてしまうほど。
実際今も、さっきあの魔物が撃った刺の影響で風通しがよくなってる樹木がかなりの数ある。
あの時は本当僕も肝を冷やす思いだった。小柄な身体が幸い――いやそれ以前に運が良かったと言えるんだろうけど、まさしく羽を必死に動かして飛ぶように逃げた僕の袖や防具の部分を掠ったぐらいで済んだんだからね。
「それじゃあどうしようか?」
僕があれとの戦いの事を思い出してたら、ショウタが首を傾げながら訪ねてきた。
……ほんとこういう仕草も可愛い――いやそれはともかくね。
「ちょっと見えにくいかもしれないけど、あともう少し進んだらあのビグルネベンスィーツの根が張り巡らされてるんだよ。あの魔物は半径五〇メートル以内に根を伸ばすからね」
僕はショウタの大きな瞳を見つめながら忠告するように伝える。
あの根は踏み入れた後も結構問題なんだ。
「そして根は獲物を感知すると脚に絡みついて動きを阻害するんだ。その間に蔦が凄い勢いでやってきて捕らえられた後――バクン!」
僕はちょっと驚かせようと大げさな身振りで、獅子が兎を襲うような感じに口を開いたけど――ショウタはキョトンした顔で見下ろしてくるだけだった。
――ちょっと恥ずかしい。
僕はコホン、と咳きを一つして話を続ける。
「まぁそういうわけだからね。ある程度手は限られてくるんだけど」
実際それが一番厄介なところだ。ただでさえ障害物の多いところ、一応ビグルネベンスィーツの近くまで行けば、あの魔物の影響でそれなりに開けてはいるけど、それでも半径五メートルの位置。
残り四五メートルは距離を詰めないといけない。
ただ根の中に脚を踏み入れるとショウタに話したように脚に根が絡んでくる。
唯一の救いは根がそこまで強靭でないこと。自分では試してないけど、武器で刈り取りながら近づいた冒険者がいるって聞く。
ただそれでもそれなりの得物は必要だ。ただ斬るような剣ではなく叩き切るような大剣や、伐採用の大柄の斧など――でも僕の武器はナイフ。
ショウタも長剣だし――普通はこの時点で厳しいものがあるんだけど、でもそれも並の人間ならの話。
このお兄様なら見た目からはちょっと信じられないけど、根が脚に絡みついても捌きながら蔦にも捕まらずいけるんじゃないかと思う。
「でも今はお兄様がいるからね。本来なら厄介な根もお兄様なら切り払いながらいけるきがするけどどうかな?」
僕は考えている案をそのまま告げる。
すると、う~ん、て首を捻って唸りだしたよ。
あれ? もしかして自信ない? いやその仕草もなんか幼児ぽくて可愛らしいけど――
「こっから攻撃したらマズイのかな?」
え? と思わず僕の目が丸くなる。
「いや……さっきもいったけどあの魔物結構頑丈だからね。それにダガーの投擲は僕が試して駄目だったわけだし」
「う~ん、でもいけそうな気がするんだけど……ここの木とかは切り倒したらマズイのかな?」
「え? いやマズイってことはないけどね。火の魔法とか被害が森全体に及びそうなのは責任問題に発展する場合があるけど――」
そう、だからあの魔物は火が苦手にも関わらず、それを行使しようとするものは少ない。
ある程度高位の魔法士なら炎の威力を一定範囲に抑える圧縮とかいうのを使えるらしいけど、そこまでのレベルはそうはいないからね。
「そっかぁ、じゃあ念のため離れてもらっていてもいいかな?」
……はい? なんだか良くわからないね……でもふざけてる雰囲気は無いし僕はとりあえず少し後ろに引くことにする。
「じゃあいくね~」
剣を掲げて軽く上下に振りながらショウタが言う。
一体何をする気なんだろ? と考えてたら、長剣を両手で握って脇で構えだす。
「むぅう! 真・空・斬!」
――へ? うそ……何これ……
しょ、ショウタが叫んで剣を振った直後目の前の光景が裂けた――
いや、それは言いすぎだけど、とにかく目の前の樹木がバタバタとなぎ倒されて、そして遠目に見えていたビグルネベンスィーツの胴体を真っ二つに斬り落とした。
本当……信じられない。思わず瞼をゴシゴシと擦る。
でも、嘘ではない。
そして魔物から伸びていた根も次々と萎れていくのがわかる――
「これで倒せたのかな?」
「え? あ、うんそうだね――」
「やったぁ~! じゃあ早く素材を回収しちゃおうよ~」
軽く飛び跳ね掲げた剣を振り回すようにしながら、嬉しそうにしてるショウタ。
その姿だけ見てるぶんには本当に子供にしかみえないんだけど――一体何者なんだコイツ?
◇◆◇
ふふっ、思ったより早く終わりましたね。
「やっぱりふたりの事は心配ですか?」
私がお兄様が進んでいった片藪に目を向けてそう考えていると、ジョンが訪ねてきました。
さっき私がお兄様とピクスィーの事で色々口を出してしまいましたからね。
それで気にされてるのかもしれませんが。
「いえ、今はもう私お兄様を信頼しておりますので。それに恐らくですがもうすぐふたりとも戻ってくると思いますし」
「え? いやいくらなんでもそれは……ふたりとも先ほど出たばかりですし――」
ジョンが困ったような笑みを浮かべながら、あり得ないといった雰囲気で口にしました。
まぁ確かに普通なら無理な話ですが、そこは流石のお兄様です。
それに私の糸は今も伸ばしてお兄様の身体に巻きつけています。
それでお兄様の動きは大体わかります。
それにしても流石はお兄様ですね。相手との距離とお兄様の構えで察することが出来ましたが、お兄様は覚えたばかりの真空斬を早速使おうと思われたようです。
おかげで直ぐに決着を付けることが出来ました。私の糸の伸びる範囲にターゲットがいたのも幸いでしたね。
そこに糸を巻き付けて、更に不自然に見えないようにお兄様の前方の樹木にも糸を使い、そしてお兄様が剣を振ると同時に糸を引締め次々と切断していきました。
これで全てが終わりです。
ビグルネベンスィーツには攻撃させる暇すら与えませんでしたね。
そしてその後はピクスィーとお兄様でスムーズに素材回収。
彼女の一応宣言通りお兄様に手を出すことはなかったようですね。
尤もそんな事をしていたら、ピクスィーにも巻きつけていた糸を引いて、彼女は上下バラバラになってたでしょうが。
私がそんな事を思っていると――ガサゴソと葉が揺れ現れたその姿にジョンが目を丸くさせて驚きます。
そして私は満面の笑みで出迎えました。
「おかえりなさいませお兄様。お疲れ様です――」




