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DEUS EX MACHINA  作者: 響かほり
二幕
13/13

魔物王殺しの代償5



     §



 世界最北端の都市ゴスペル。

 一年を深い雪に覆われた魔道都市は、地下に構築されていた。

 楕円の巨大な洞穴の中に、家屋や施設を作り街と成る。太陽の光が差さぬ代りに、魔導王の強大な魔導の力で地上と同じ昼と夜が訪れ、人はそれで暦を知る。

 魔導王が住まう宮城は、街から外れた頑強な岩盤を削って作られている。外部の者が容易に立ち入れぬよう、宮城へたどりつくにはまず、立体迷路の様な道を進まねばならない仕組みになっている。

 宮城自体も入り組んだ建築構造で、基本的に転移魔法を用いての移動が通常化していた。

 魔導王ネッテスハイムは、人嫌いとして知られあまり表舞台には現れない。

 普段から宮城の奥深くにある自室にこもり、新たな魔術の錬成に勤しむ事が多い。

 故に、容姿を他国に知られていない所か、側近中の側近以外はその姿を見た事がない。

 そんな彼が、一年程前から一人の年若い娘を弟子として傍に置き教育を施していた。魔導王の多くの配下は、何十年振りかに弟子をとった事に驚きを禁じ得なかった。

 一目その姿を見ようとしたが、魔導王は娘を連れてきた日以外、彼女を人目にさらすことはなかった。

 独身の上、壮年に差し掛かった王故、妃候補か、老いらくの恋かとも囁かれている。

 その噂を聞いても、魔導王は怒りも笑いもしなかった。釈明もせず、ただ周囲が言うに任せて噂を打ち捨てた。


「…おや」


 ネッテスハイムは、魔導禁書が封印された王以外の立ち入りを許されない書庫に足を踏み入れ、その無表情な顔の眉尻が僅かにつり上がる。

 円形の書庫の壁には無数の本棚、棚には夥しい本が詰め込まれている。

 天井には魔導の発祥伝説を模写した色鮮やかなステンドグラスがあり、魔導の力で光を透過して書庫を明るく彩る。

 中央には、小さな机と椅子、そして人が二人以上並んで眠れるような、大きなフカフカとした長椅子。

 そのベッドの様な大きな長椅子の上で、背もたれにもたれながらこくりと頭を揺らす娘の姿がある。

 淡い臙脂色えんじいろの地に細かい銀糸で呪を模様の様に縫い付けたフワフワとした長衣チュニック姿の十七歳程の娘は、膝の上に自分の身幅の倍はある本を開いた状態。本の上には書き掛けの羊皮紙と、その上に羽ペンが転がっている。

 彼女の左横には、びっしりと文字の書き連ねられた羊皮紙の束。

 黒味を帯びた金の髪は艶やかな輝きを孕んで、肩をなぞりソファの上まで流れて、彼女の頭が揺れる度、綺麗な光の波を打つ。

 その横では、ショッキングピンク色のベロアで作られたウサギ人形がだらしない恰好で寝転がり、鼻ちょうちんを出したり引っ込めたりしている。

 ネッテスハイムは、眠りこけている娘の前に来ると、書き掛けの羊皮紙と、彼女の横に会った羊皮紙の束を手に取る。

 文字を書き慣れていない子供の様な歪な文字が、法陣の様な絵柄と一緒に書かれている。

 それが、禁書に記された意図的に分解伝承された禁術を再構築した図式と、その原理について書かれていると一目見て分かった魔導王は、僅かに唇の端を緩める。

 普通の魔導師ならば一つの図式を解くのに一生涯を費やす代物だ。彼自身でさえ、記された魔術の再現に一週間を要したと言うのに、この娘はただの一昼夜でそれを成した。

 此処に来たときは、文字の読み書きすらできなかった少女が。

 気まぐれで預かった娘は、類まれなる魔導師としての資質を秘めており、魔導王は退屈を忘れ彼女と向き合う度に心が躍る。

 仮初ではなく本当の弟子にし、あわよくば自分の後継者として育て上げてしまおうと思うほどに。

 ネッテスハイムは娘を起こさぬように、彼女の脚の上から本を退け、そっと長いすに身体を横たえる。王の証しである猩々緋の法衣を脱ぎ、そっと彼女の上にかけてやる。

 そして、チャック式の口を全開に開き、鼻ちょうちんを出しているショッキングピンクのウサギ人形のだらしなく長い両耳を掴んで持ち上げる。


「いでっ!」


 ウサギ人形はそう声をあげるが、発するよりも早くネッテスハイムがその口を手でふさぎ、長椅子から距離を置いた場所へ移動する。


「君はまだ身の程をまだ弁えられぬのかね?」


 眠る娘を起こさぬように押し殺されたその声音には、奇怪な生き物を糾弾する怒りが込められていた。

 ウサギ人形は短い脚をバタバタと動かして、必死に相手を蹴り飛ばそうとするが、攻撃は空を切るばかり。


「惰眠を貪らせる為に、君にその体を与えた訳ではないのだよ」

「オレっちは、別に寝とらせんがね!あれと共鳴シンクロしとっただけだがね!」


 ずんぐりな身体をブラブラさせながら、ウサギ人形は指のない手で長椅子の上で眠る少女を指す。


「おみゃこそ、魔導王のくせして、穴だらけの魔法陣組んどるがね!」

「…失敬な。この稀代の天才であるわたくしの結界に綻びなどあろうはずもなかろう」

「現に、始祖王がフォンの夢ん中で接触してきとる!どういうことか、一遍、説明してちょーよ!」


 納得がいかない面持ちで、魔導王が分厚いブーツの踵で床を軽く鳴らす。すると部屋の壁一面に魔法陣が浮き上がり、縮図となって魔導王とウサギ人形の間に姿を見せる。

 それはこの部屋を存在しない物とし、事前に選定をした存在以外を中に導かないよう組み込まれた、魔導王オリジナルの特殊法陣。


「ふむ…なるほど、媒体をあれにして遠隔操作か…魔物の王も随分と狡猾で回りくどい手段が好きなようだな」


 魔法陣に施した規制の裏をかいて侵入した存在の痕跡を暫し眺めやった後、魔導王は元あった様に魔法陣を戻す。


「はぁ?」


 意味が解らぬウサギ人形が不機嫌な声をあげれば、魔導王が憐憫の情を宿した双眸で見つめ、深い溜め息を漏らす。


「君のその底辺を這った思考力は、どうにかならんのかね?」

「おみゃーが、オレっちの頭に綿しか詰めなかったからでしょーが!」

「仮初の器にそのような代物は不要。君の魂をそのまま移植させたのだ。君そのものの頭脳が貧困だという結果だろう?」

「おみゃー、さりげなくオレっちの事、うつけとかかしとるでしょ!おみゃーが言葉足らずだから、オレっちが理解できんの!つべこべ言わずに、さっさと、あいつが侵入した経路を説明しやぁせ!」



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