009 令嬢は冬の在庫表を作り直す
冬季在庫暫定表のうち、いちばん早く墨が減ったのは受取人欄だった。
中央倉から河港へ戻る道すがら、私は文書箱の蓋を指で押さえた。中には仮出庫札の束、開いたままの暫定表、まだ乾ききらないローデリクの追記入り受領帳控えが入っている。数だけ埋めても足りない。今夜どこへ渡し、誰が受け取るかまで決めなければ、明朝にはまた同じ空欄が不足を飲み込む。
河港では、昼の薄い光の下でも外灯柱が黒く立っていた。昨夜の油煙が硝子笠の内側に残っている。
「鍋に入った燕麦の数を出してください。それと、今夜の荷受けで何刻まで灯りが要るか」
荷役頭は私の持つ紙を見て、肩をすくめた。
「また仮の札ですか。書くだけ書いて、あとで戻る話になるなら」
「今日は戻りません」
私は暫定表を板箱の上へ広げた。中央倉、河港、炊き出し小屋、兵舎。品目ごとに二段へ分けた欄を、彼は怪訝そうに覗き込む。
「上が戻るもの。縄、木箱、荷鉤。下が戻らないもの。燕麦、干豆、灯油、薪炭」
「そんなもの、見ればわかる」
「帳面がわからないふりをしてきました」
荷役頭の手が止まった。私は仮出庫札の束から、河港寒波対策と書かれた札を一枚抜く。行き先欄も受取人欄も空白のまま、返納見込だけが朱で足されていた。
「この書き方を、今夜で終わらせます。まず、受け取る人の名をください」
彼は少し黙り、それから夜番に入る荷役夫の名を三人分、低い声で告げた。私は一つずつ書き入れた。外灯は夜半まで四基、仮下ろしは船腹一列分、温食は荷役明けに四十七食。数字へ名前が乗るたび、河港の風の冷たさが別の種類の重さになる。
炊き出し小屋では、鍋底をさらう木杓子の音が先に聞こえた。中を預かる女は、私の表を見る前に空の豆箱を足で寄せる。
「今夜の分までは出せるよ。明日の朝は薄くするしかない」
鍋の縁にこびりついた豆の皮と、台の下へ寄せた燕麦袋の数を照らし合わせる。戻らないものは、すでに半分以上が人の腹へ消えていた。けれど消えたのではない。誰かが受け取って、生きるために使った。
「人数を書きます。子どもは何人」
「数えるのかい」
「数えます。数えないと、次も空欄で削られる」
女は布巾で手を拭い、鍋へ来る顔ぶれを指折り数え始めた。荷役夫の家族、倉番の孫、夜番明けの見張り。私は食数の脇へ、燕麦は今夜分、干豆は明朝分まで、と線を引いた。
兵舎では、火鉢の並ぶ大部屋より先に、奥の病室へ通された。若い兵が二人、毛布を胸まで引き上げて寝ている。足先の包帯は灰色に湿っていた。
「全員分は出せません」
付き添いの古参兵が先回りして言った。
「わかっている。だが病室の火だけは落とせん」
私は頷き、毛布と薪炭の欄を病室と大部屋で切り分けた。大部屋の火鉢は二つ止める。代わりに夜番交代の湯だけは炊き出し小屋から回す。兵たちは不満を飲み込んだ顔をしたが、誰も虚勢を張らなかった。ここにある寒さは、見栄で増減しない。
暮四つ前、私は中央棟の査閲室へ戻った。差戻し票の山は朝より高くなっている。けれどローデリクの机の前へ置いたのは、一枚にまとめ直した冬季在庫暫定表と、用途先記名の正式出庫札四枚だった。
「埋まりました」
彼は椅子へ座る前に表を手に取った。視線が、品目ごとの残数より先に右端の受取人欄を追う。
「河港を先にした理由は」
「今夜の荷受けを止めると、明朝の不足が増えます。灯油一樽と燕麦一袋で、次の船を下ろせます」
「兵舎は削ったな」
「病室は残しました。大部屋の火鉢二つを止めても、湯を切らさなければ凍傷は増やしません」
彼は次に炊き出し小屋の欄を見る。四十七食、明朝三十二食、子ども七。
「細かい」
「空欄よりは」
朝と同じ答えになった。けれど今度は願書ではなく、町で使う数字だった。
ローデリクは表を机へ置き、正式出庫札を一枚ずつ改めた。河港夜荷役用灯油、炊き出し小屋用燕麦、炊き出し小屋用干豆、兵舎病室用毛布と薪炭。用途先、受取人、使用刻限。どれにも抜けはない。
「これなら、食った分を返納見込へ戻せない」
「戻らないものは戻らないまま帳面へ置きます」
彼は短く頷き、四枚すべてへ署名した。朱印が押されるたび、査閲室の乾いた空気に小さな湿り気が混ざる。
「今夜はこの表で回す。明朝、お前は中央倉の古い出庫綴りを見ろ。誰が空欄の札を許したか、そこで絞る」
「承知しました」
私は署名の乾くのを待って紙を受け取った。文書箱へ戻す前に、河港向けの一枚だけを別に持つ。
外へ出ると、灯り始めた河港の風が頬へ当たった。荷役頭はまだ外灯柱の根元にいて、私が差し出した札を受け取ると、そこに自分の名があるのを見て黙った。
「仮ではありません。領主署名済みです。今夜使った分は、今夜の出庫として残ります」
彼は紙を裏返しもせず、硝子笠の煤けた灯りへ一度だけかざした。
「……なら、今夜は薄い鍋の言い訳をしなくて済むな」
河港の端で、最初の外灯に火が入る。昨夜より少ない灯数でも、誰が受け取り、何のために燃やすかが帳面へ残る灯りだった。




