第1話「止まらない世界」
クロノギアは、止まらない。
朝6時、鐘が鳴る。
人々は同じタイミングで目を覚ます。
パン屋は同じ時間に焼き上がり、
市場は同じ時間に賑わう。
それは偶然ではない。
“設計されている”。
レイは地下にいた。
巨大な歯車の隙間を歩き、
油の匂いの中で工具を鳴らす。
「今日もズレなし、か…」
歯車は完璧に噛み合い、
一切の誤差なく回転している。
この都市では、誤差は許されない。
だが、その日。
違和感があった。
「……なんだ?」
レイは足を止める。
音が、違う。
カチ…カチ…カチ…
一定のはずのリズムに、
ほんのわずかな「間」がある。
彼は音の方向へ歩いた。
暗い通路の奥。
誰も来ない整備外区域。
そこにあった。
止まっている歯車が。
ありえない。
この都市の歯車は、
すべて中央機構と連動している。
一つ止まれば、全体が崩れる。
だが——
その歯車だけが、静止していた。
レイは手を伸ばす。
触れた瞬間。
「……冷たい?」
周囲は熱を帯びているのに、
それだけが異常に冷えている。
刻印があった。
「自由系統:未接続」
「自由……?」
その瞬間。
背後で音がした。
「そこに触れるな」
振り返る。
黒いコートの男。
見たことがない。
この都市で“見たことがない人間”は異常だ。
「それは、お前の世界じゃない」
レイは言う。
「……じゃあ、誰の世界だ?」
男は答えない。
ただ一言だけ残した。
「知れば戻れない」
次の瞬間。
歯車が動き出した。
止まっていたはずのそれが、
まるで何事もなかったように回転を始める。
「……なんだよ、これ」
だが、レイは気づいてしまった。
この世界には、
“止まるはずのないものが止まる場所”がある
ということに。




