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甘い放課後と紅音の正体

 半強制的に頼まれたクロードからの依頼。

 西條紅音を授業に出席させること。受けたとは言え、正直ユーリには紅音を授業に出席させる自信はない。


 初対面から剣と杖を交えた相手だ。そもそも落ち着いて話せる自信もない。

 だが、この依頼は必ず成功させなければならない。行方不明となったユーフィリアの手掛かりを得るためにも。

 


 校長室を出た後、ユーリはまっすぐ帰路へとつく。

 どうすべきかと考えながら校舎を出て、正門まで来た時、ピンクのサイドテールの少女がそこにはいた。


「あ、やっと来た。いつまで待たせる気なの、今日は絶対奢ってもらうからね」


 口を膨らませながらララはそう言った。


(え、どういうこと?)


 ララの言っている話がユーリには見えてこない。


「奢るって何を?」

「放課後、美味しいスイーツ食べに行こうって話したでしょ」


 振り返ると確かにララはそんなことを言っていた気がする。

 けれどもユーリは行くと言った覚えがないのだが。


「ほら、早く行くよ! 早くいかないとお店閉まちゃう」


 ユーリの返事も聞かず、ララはぐっとユーリの腕を引っ張っていく。




「それにしてもだいぶ街の景色変わってよね」

「そうだね、僕は三年前にこの街に来たけど、かなり変わりつつあるね」


 目的地を目指し、ユーリとララはマディアの街を歩く。

 ユーリは魔法を学ぶためグリンディア学院のある都市マディアへとやってきた。それまでは王国の辺境の村に住んでいて、始めてこの街にやってきた時は圧倒されたものだった。

 そして今も発展しつつあるこの都市に驚きつつある。


「うん、ちょっとびっくりするよね。ララは生まれも育ちもここだから発展するのは嬉しいけど、ちょっと寂しさもあるかな」


 だんだん知れない街みたいになっていく、とララは顔を曇らせる。

 ララの言うように、それは住宅の様式を見てもわかる。かつては木造で組み立てられた家々が多かったが、それらは取り壊され、今は石膏で固められた頑丈な家々が目立つ。

 道路や橋も整備され、快適な街になりつつあるが、それはそれで以前の景色が消えつつあることを意味していた。


「これも魔法工業革命のおかげなのかな・・・」

「だろうね、それがあったことで便利になったのは間違いないし」


 従来、魔法陣は壁や道具など物質に固定し続けることができなかった。たとえ付属しても魔力が切れて霧散してしまい、一時的なものに過ぎなかったのだ。

 しかし八年前、固定し続けることが可能になったことであらゆるものが魔法と結び付くようになる。魔法石から魔力を抽出し、魔法陣に流し込むことで魔法が発動する。


 料理、洗濯、住居、流通。生活の技術水準が飛躍的に向上したのだ。

 特定の人々しか使えなかった魔法が魔法石さえあれば誰しもが使えるようになった。これを『魔法工業革命』という。


 それにより国内の魔法石需要が急増し、供給不足に陥り、王国は資源の獲得に乗り出る。それが極東戦争に繋がるのだが、それは別のお話。


「技術の進化ってすごいよね。世界すら変えちゃうんだから。そりゃ、魔法工学を志望する理由もわかるよ」

「確かに最近は魔法工学を学ぶ人増えてるよね。ビリーもその一人だし」


 グリンディア学院では一般的な魔法科を選択するよりも魔法工学科が主流になりつつある。それはグリンディア学院が庶民から貴族まで幅広く受け入れるからでもあるだろう。大して魔法を使えない庶民であっても魔法工学を学べる。それが主流となる一つの理由だ。



「あ、着いたよ。ラッキー思ったよりも空いてるね」


 話をしているうちに目的に辿り着いた。

 ララの指さす先にあるのはこじんまりした小さなカフェ。看板には『ハニーラビット』と店名が書かれ、蜂蜜を舐める可愛い兎が描かれている。


 お店に入るとララは人気メニューのパンケーキを頼み、そこまでお腹が空いていなかったユーリは紅茶を注文する。しばらくして、テーブルの上に大きなパンケーキが現れた。


「うわ~、おいしそう!」


 目を星にしてララはフォークとナイフを手に持つ。

 クリームがたっぷりのせられた甘々のパンケーキ。カットされた色とりどりの果実。思わずユーリは胸やけがしそうになった。


「う~ん、あま~い!」


 頬に手をあて幸せそうに頬張るララ。手を止めず、次ぎ次ぎとパンケーキを口に運ぶ。ユーリが話しかける間もなく、甘い世界に浸り込んでいた。


 邪魔するのもよくないと思い、ユーリは窓の外に視線をやり、一人考え込む。

 先の校長室での一件。西條紅音のことについてだ。

 彼女のことを考えるとこれからどう対処すべきかわからない。


「ねぇ、ユーリ」

「ん?」


 正面を向き直ると目の前にはパンケーキが刺さったフォークと上目遣いのララ。


「食べる?」


 思わずドキッと心臓が高鳴る。


「えっ・・・」

「食べないの?」


 首を傾げ、ララはさらにフォークを突き出す。

 からかわれている。そう思い、負けじとユーリはフォークへと口を近づけ、パクリ。が、口の中に甘い味が広がることはなかった。


「なんてね、あげないよー」

「はぁ~、そんなに僕をからかって楽しい?」

「しーらない。他の女のことを考えているユーリなんて知らないもん」


 唇を尖らせて、ララは再びパンケーキに手をつける。

 残念がっている訳ではないが、思考を読まれたことにユーリはドキリとした。魔法でも使ったのかと疑いたくなるが、そんな魔法は存在しない。


「西條紅音のこと? 校長室で何か言われた?」


 ずばりとララは的中させた。本当に魔法を使っていないだろうか。

 普段は子供らしく振舞っているララだが、こういう時だけは鋭い。


「まぁ、ね。言っていいのかわからないけど・・・」


 と少し口ごもるが、口止めされている訳でもないので伝えることにした。


「西條紅音が前に極東の出身だってことは聞いたでしょ」

「うん、最初に会った時、校長が言ってたね。それに剣を持ってたからなんとなくわかる」

「それでね。彼女は極東のとある地域のお姫様なんだってさ」

「お姫様⁉」


 ガタンと椅子からララが立ち上がる。

 周囲から視線が集まり、やってしまったとララは再度椅子に腰を下ろす。

 ララの驚く気持ちはユーリにも理解できる。紅音はまさしくお姫様とは正反対の存在なのだから。


「あの狼のような目つきで性格も乱暴だっていうのに、信じられないよ」

「僕も最初はそう思ったよ。でも、彼女はああなるしかなかった。極東戦争が起きてしまったから」


 極東戦争。王国と極東との戦い。

 戦地であった極東では激しい争いが繰り広げられたらしい。

 戦うため。民を守るため。紅音は剣を持つしかなかった。座っているだけの何もしない姫でいる訳にはいかなかったのだ。だけど、結果は無残にも敗北。


「その戦火の中で彼女が治めていた村は焼けてしまった。それで偶然、クロードが彼女を見つけ引き取った。それで今、彼女はこの国にいるって訳さ」


 紅音をどうして学院に編入させたかはユーリも預かり知らぬことだ。クロードに聞いても「それは秘密だ」と言われ、教えてくれなかったのだから。


「そう、だったんだ。なんか可哀そうだね」


 これまでの紅音の経緯にララは気を落とす。

 無理もない。ユーリも同様にその話を聞いて困惑してしまったのだ。


「なんか、誤解してたみたい。早とちりしちゃったのかな」

「そう気を落とすことはないよ。たとえそうだとしても許されないことはある。彼女にはきちんと謝ってもらう」


 故郷を追われたからと言って、奴当たりされても困る。あの時、ユーリは本当に死を覚悟したのだ。


「他にもユーリは校長に何を言われたの?」

「西條紅音を授業に出席させて欲しいって言われたよ。たぶん現状厳しいけど」

「わかった。ララもそれ協力する。だってほっとけないもん!」

「でも、何も手立てないよ」

「それはこれから考えればいいでしょ」


 よし、と力強くララは胸の前で両こぶしを握る。

 その明るさにどことなくユーリは元気をもらえた気がした。ララのこういう前向きな所は本当にありがたい。

 



「さて、まずはどうしようかな?」


 空が赤るみ始めた夕刻。もう三十分ほど経てば日は落ち、魔石灯がつき始めるころだろう。

 カフェ『ハニーラビット』をあとにし、ユーリとララは今後の方針について考えながら学院寮へと帰宅する。

 グリンディア魔法学院は全寮制だ。たとえララのように地元であろうと在学中は寮で暮らすことになっている。


「ねぇ、何か案ある?」

「うーん、まずは話してみることじゃないかな」


 ララは尋ね、ユーリは答える。

 基本中の基本、対話だ。まずは相手の話を聞き、お互いをよく知ることからだろう。でなければ、紅音の警戒心を解くことはできないし、進展もありえない。


「やっぱりまずはそうだよね・・・あれ?」


 ふと足を止めるララ。その視線の先にユーリは向けるとそこにいたのは紅音だ。

 学院の制服を着たまま街を歩いている。そしてそのまま彼女は左の角に曲がっていった。


(あれ・・・?)


 おかしいとユーリは思った。寮に行くならば今の角は右に曲がるはずだ。


「ねぇ、ユーリ」


 ララがユーリに目を向ける。どうやらララもユーリと同じことを考えたようだ。


「うん・・・追いかけてみよう」




 道なりに紅音は進んでいく。

 何かに気を取られるわけでもなく、黙々と歩く。その後ろをついていくユーリとララ。追いかけてから時間が少し経ち、すでに太陽は半分が沈み、魔石灯もちらほらとつき始めた。


「どこに行くつもりなのかな?」

「さぁ、どこだろう。こっちの方には何もなかったはずだけど」

「そうだよね。あれ・・・また曲がった」


 ぼそぼそと会話をしながら紅音の後を追うと彼女は細い裏路地へと入っていく。見失わないように二人も慌てて裏路地に入り、少し歩くと紅音が足を止めた。

 まずいと思い、ユーリとララとすぐ近くにあった木箱の影に身を隠す。


「そこにいるんだろ。こそこそしてないで出てこい」


 尾行はバレていたようだ。

 諦めて出ようとした時、


「ふん、気づいていたのか」


 第三者の声が裏路地に響いた。

 思わず声が出そうになったが、我慢してユーリはそっと物陰から覗き込む。


 紅音の正面に立つのは怪しげな人物。黒いローブに深くフードを被り、顔がはっきり見えない。


「我々はディザイエンド教団。世間では邪教徒とも呼ばれているが・・・極東の貴様には知らぬ話であったな」

「どうして、私が極東出身だと知っている?」

「そんなことはどうでもいいだろ。単刀直入に言おう。西條紅音、ディザイエンド教団に入る気はないか」


「私は誰とも群れるつもりはない。さっさと立ち去れ。さもなければその首切るぞ」

「少し話を聞け。お前もこの国を恨んでいるのだろう。故郷を滅ぼしたこの国を。我々も同じだ。この国を破滅に導くのが我々の目的だ」

「だからと言って、私は貴様らと手を組むつもりはない」

「理解できないな。我々の目的は同じだと言うのに。それに貴様はまだ自分自身の能力にさえ気づけてさえいないのに、まったく愚かな」


 しわがれた男の声。フードの奥で嘲るように不気味な笑みが浮かぶ。


「・・・失せろ」


 我慢の限界か、紅音は男に斬りかかった。けれど血飛沫が上がることはなく、霧のように男の姿はかき消えた。


(・・・幻影魔法)


 内心、ユーリは呟いた。

 男が消え、事が終わったとユーリは安堵のため息をこぼすのだが、


「お前たちもだ。さっさと出てこい」


 今度はユーリの方へと紅音は刀を向けた。やはり紅音は気づいていたらしい。


「私に何の用だ」

「用って言うほどのことではない。ただ僕は君と話がしたいだけなんだ」

「それで私の後ろをこそこそついてきたということか」

「それは謝る。校長に頼まれたんだ。君を授業に出席させてほしいって」

「知ったことか。私にはどうでもいいことだ」


 取り合う気すらなく紅音は背を向ける。


「待って、少しだけでも話を—」

「お前たちと話すことなどない」


 そう言って紅音が歩き始めようとした時、ララが大声を上げた。


「待ちなさいよ! お話しするくらいいいでしょ! あんたの過去に何があったのかは詳しくは知らないけど、ララたちに奴当たりしないで! 確かにあんたの故郷を攻撃したのは王国だけど、あたしたちは関係ないでしょ!」

「関係、ないだと・・・!」


 赤い眼光がララにつけられる。紅音の拳に力が入り、彼女は抱え込んできたすべての怒りを込めて怒鳴り散らした。


「お前たちが・・・お前たち魔法士が・・・魔法というものがあるから、私の故郷はすべてなくなったんだ! 民も! 友も! 家族も! 何もかもが灰になった!」


 紅音の激昂にしんと静寂が走った。


「え、どういうこと・・・?」


 恐る恐るララは尋ねる。紅音の言葉の意味を。けれど、それ以上彼女は口を開くことはなく、追いかける間もなくその場を走り去ってしまった。


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