クロードの依頼
その勝負は十秒にも満たなかった。
剣士である紅音と魔法士であるレオの一戦。
始まりの合図と共に紅音はレオへと接近した。優れたな紅音の身体能力により一気に縮まる間合い。魔法士にはない俊敏さにレオは後れを取り、標準がぶれる。レオに動揺が走り、その間にも紅音はぐっと詰め寄り、懐へと入り込んだ。
下から刀が振るわれようとする。今朝、ユーリが受けた動作と全く同じ。だが、刀が振るわれることはなかった。
レオも下から剣が迫ると思ったのだろう。かわそうと背中を反って態勢が後ろにつんのめる。それを狙っていたかのように紅音はレオの足をさばき、レオはそのまま地面に尻もちをついた。つまり、紅音は一瞬のフェイクを交え、刀がくると思ったレオの裏を読んだのだ。
最後にレオの顔前に刀が突き立てられ、勝負はあっけなく終わった。魔法を放つ間も与えることなく、紅音は圧倒的な勝利を収めたのだ。
その勝負を見ていた生徒たちは誰もがその結末に目を奪われた。
彼らの中にあったのは称賛や驚嘆ではなく、紛れもない恐怖。なぜなら魔法学院の生徒たちにとって魔法は最大の攻撃手段であり、防御手段であるからだ。それにも関わらず剣という時代遅れのものになすすべもなく負けた。彼らの常識が崩れていくのは言うまでもないだろう。
決してレオが弱かったわけではない。レオはユーリに次ぐ学院で二番目の実力を持つ生徒だ。
勝負が終わり、風景は教室へと移り変わる中で、レオは現実を受け入れられず床に尻もちをついたまま。
一方、紅音は何も言わず教室を出ていく。
「はぁ、結局こうなったか・・・まぁいいか、お前らこれ以上面倒事は増やすなよ。あぁそれと・・・ユーリ」
不意にブランクがユーリの名を呼んだ。
「校長がお呼びだ。放課後、校長室に行くように。俺は伝えたからな、忘れるなよ」
ユーリが返事をする前に、ブランクは教室を出ていった。
重い空気が流れる教室。
何かを雑談できる状況ではなく、しんと時間が流れていく。
魔法が剣の前に敗れたという事実に生徒たちにとっては最悪の新学期がスタートした。
放課後。
「失礼します」
ブランクに言われた通りユーリは校長室に赴き、少し装飾めいたドアをノックした。
「やぁ、待っていたよ」
呼び出した本人、クロードは机を挟んだ正面の椅子に腰かけ、優雅に紅茶を嗜んでいた。仕事をしている様子は微塵も感じられず、プライベートな時間を楽しんでいる。
まったくこの人は本当に仕事をしているのか、とユーリは少し呆れ返った。
「君も何か飲むかい?」
「いえ、結構です。それより僕に何か用ですか?」
正直、あまりこの場にいたくなかったので、単刀直入にユーリは問いかける。
「まぁ、そう急かさないでくれ。急かす男はモテないよ。大人の余裕が大事なんだよ」
こんな風にね、と言わんばかりにクロードは紅茶をすする。その様子に余計なお世話だと内心こぼしつつ、ユーリは話を進める。
「言いたいのはそれだけですか、なら帰りますが」
「はぁ、つれないな。まぁいいだろう。ミス・アカネ、彼女はどんな感じだった?」
「どんな感じと言いますと?」
「クラスには馴染めていたか、ということだ」
もちろんその答えはノーだ。むしろ亀裂が入ったようにも思える。
教室に入って早々レオと勝負になり、あろうことかクラスの生徒たちの前で勝ってしまったのだから。そして紅音は教室を出ていき、彼女はそれっきり。教室に戻ってくることさえなかった。
「やはり、そうか」
「あの、彼女は何者なんですか?」
「待った、その質問の前に君に頼みたいことがある。君の質問に答えるか、どうかは君の返答しだいだ」
つまりこれは頼みを受けなければ質問の答えはないということだ。
理不尽に思えるが、受けざるを得ないだろう。
「わかりました。それで頼みたいってことは何ですか?」
「依頼の内容を聞かずに承諾してしまっていいのかい? その意気込みは認めるけどあとになって止めますって言うのは無しだからね」
「くどいですよ、校長。早く教えてください」
クロードはあえてプレッシャーをかけたつもりのようだったが、ユーリがスルーしたためか、つまらないなぁとクロードは肩をすくめる。そして、間をおいて彼は告げた。
「ミス・アカネを授業に出席させること。それが私から君への依頼だ」
突きつけられたのはあまりにも酷い無理難題。
初日から問題を起こした生徒をどうしろというのか。
それにあの性格だ。ユーリが話しかけてもそもそも取り合ってさえくれないだろう。
他にもユーリには思うことがある。紅音が剣士ということだ。魔法士ではない。そんな彼女をどうやって魔法を学ぶ授業に出席させることができるのか。
「ちょっと待ってください! それはあまりにも無理な話です」
「おや、先に言ったはずだよ。止めたというのは無しだと」
清々しい笑みを浮かべるクロード。
腹の底から苛立ちが込み上げるが、これも自分の軽率さが招いた結果だ。とは言え、今すぐこの顔を殴ってやりたいとユーリの拳は疼いていた。
「言っておくけど、別にただでやれとは言わない。ちゃんと報酬は出す」
そう言われてもユーリにはピンと来なかった。なぜならユーリに欲しいものはなく、お金に困っている訳でもないからだ。
報酬と聞いてもやる気は湧かなかったのだが、ふと悪魔のような囁きでクロードはユーリに語りかけた。
「ミスター・ユーリ、君の悩みを解決してあげよう。君は今、現状に不満を持っているのだろう」
その言葉にドクンと胸が打たれた。
急に胸がざわつき始め、背中に寒気が走る。口が少し乾きながらも決して動揺を悟られぬようにユーリは言う。
「何が、言いたいんですか?」
「君はとても優秀だ。君のような若さで五属性すべてが上級に至っている人間は少ない。だが、そこまでだ。別に五属性すべてが上級に達していなくとも一属性あるいは複数の属性ならば上級魔法を使える者は数多くいる」
クロードの言うことは間違っていない。確かに学生のうちに五属性すべて上級魔法を習得している者はこの学院においてはユーリ以外いないだろう。けれども五属性すべてでなくとも上級魔法を使える人間は多い。
仮に上級魔法同士が激突した場合、その力はほぼ五分五分。多少、発動者の魔力量で差は生まれるが大きな差になることはほとんどない。
つまりこれは単なる手数の差に過ぎない。もちろんそれで勝敗が変わるかもしれないが、魔法の威力に差はないのだ。
「誤解のないように言って置くけど、別に君をいじめようとしている訳ではないよ。ただ君のいる領域は上級。魔法の真の領域、極大魔法の域に達してはいない。その意味は君が一番自覚していることだろう」
上級魔法と極大魔法の差。この差には絶対的な壁がある。
極大魔法を扱える者は王国内でも数少ない。しかし、ユーリの幼馴染であるユーフィリアはすでに極大魔法の域に達している。彼女を目標とするユーリにとって、この差はどうしても焦りを覚えるものだった。
「それと君はあの天才魔法士であるユーフィリアと幼馴染らしいね。彼女が今、行方不明であることは私も知っている。そこでだ、君に彼女の情報を一つ教えよう」
二つ目の報酬。それは思ってもいなかったユーフィリアの情報だった。ユーリ自身もユーフィリアの行方を追っていたのだが、何一つ情報を得られていない。
それが知れると言うのだから、今回は何が何でも手に入れなければならない。
「わかりました。その依頼受けます。では話は戻りますが、西條紅音について教えてください」
依頼内容は『西條紅音を授業に出席させること』。
そして、再びユーリは彼女が何者であるかを問いかける。
ユーリの承諾にニヤリとクロードは口端を上げ、口を開いた。
「いいだろう。彼女は―」




