騒動のあと
「紅音、ケガは大丈夫なのか?」
「あぁ、ララのおかげで痛みはない」
「ほんと? よかったー。昨日はほんとにびっくりしたんだから」
レオの起こした騒動から次の日の昼休み。
傷の具合をユーリが確認すると、紅音は問題ないと言い、回復魔法をほどこしたララも一安心した様子だ。
あの後、ララがすぐさま紅音に回復魔法をかけ、おかげで大事には至らなかった。見つけた当初は痣や血だらけだったが、今はユーリの目から見ても元通りだ。
そして現在、ユーリはララ、ルナ、紅音、ビリーの五人でお昼を食べていた。
「ほんとにあの場でビリーくんが来てくれてよかったよ。はいこれ、お礼のサンドウィッチ」
「もらっていいの?」
「もらって、もらって。安物だけどそこは許してね」
「それじゃあ、遠慮なく」
そう言って、ビリーはルナからサンドウィッチを受け取る。
「それにしてもビリーはどうしてあの場にいたの?」
あの場にビリーが来なければ状況はもっと酷いことになっていたかもしれない。でも、ビリーがあの場に来たわけをユーリはまだ知らない。
「昨日の昼休み、ユーリの教室に行ったんだけどいなくてさ、どこって聞いたら倉庫に行ったっていうから。ちょっと気になって行ってみたらあの有り様だったってわけ」
「いきなりビリーが来たからララも驚いたよ。でもさ、あの時魔道具使ったよね? 先生たちから何も言われなかった?」
「うん、先生たちに正当防衛って言ったら何も言われなかったよ」
ビリーが使った魔道具は麻酔銃だ。どうやら睡眠魔法を応用したものらしい。ビリーがそれをレオに放ったことで彼を無力化することができた。
よくそんなもの持っていたね、とユーリが尋ねると護身用だよ、とビリーは笑い返した。
「でもさ、レオの処罰には納得できないよね」
少し目くじらを立ててララは言う。
騒動が発生し、先生たちが事故処理を終えた後、レオに罰が下された。結果はあまりにもぬるい。
「厳重注意、ね。もちろん代表戦のメンバーからは外されたけど」
面白くなさそうにルナは言った。レオの処遇はただの注意で済まされた。他には何もない。
本来であれば停学レベルの謹慎処分だ。退学になってもおかしくない。
「僕も正直納得できない。紅音はこれでいいのか?」
「私はどうでもいい」
一番の被害者にユーリは聞いてみるが、紅音は心底どうでもよさそうだった。平然とおにぎりを頬張っている。
「でもさ、紅音はケガまでしたんだよ。なのに厳重注意って!」
「ユーリの言い分もわかるけど、これは学院側が決めたことだ。どうしようもないよ。それにうちの学院はフランバーン家からも多大な援助金を受けている。この意味がわかるでしょ」
そういう事情があるんだ、とビリーは説明する。それでもユーリは腑に落ちない。貴族と学院の関係なんて知ったことではない。これは紅音とレオそして学院それぞれの問題だ。
外部がどうこういう話ではない、とユーリは考えている。
「みんなの気持ちもわかるけど、今は気持ちを切り替えよ。明日から交流戦が始まる。代表戦は二日目だけど気を引き締めていくよ」
パンッと手を叩いて、ルナはその場の暗い雰囲気を吹き飛ばす。その言葉にララもユーリも力強く頷き返した。
◇
「レオ・フランバーン、君にはがっかりだよ」
学院のとある一室。
ウィンは対面に座る赤い髪の生徒に失意をもらす。
普段は横暴であった彼も今は見る影もない。項垂れ、下を向いたまま目を合わそうともしない。
失望。自棄。絶望。この世の終わりでもあるかのような負のオーラ漂っている。
「これでも君には期待していたんだ。けれど、悪いが君にはレギュラーメンバーから外させてもらった。定員がある以上それは仕方ないことだと君にもわかるはずだ」
「・・・・・・」
「だんまりか・・・まぁいい。レオ、君にとっては良い機会だろう。この際、よく自分を見つめ直してみるといい」
「・・・・・・」
ウィンが話しかけるもレオは無言のまま。そもそも耳に届いているかすらわからない。椅子に座ったままで石像のようにピクリとも反応しない。
これではどうしようもないとウィンは悟る。さすがのウィンもお手上げだ。
すると、外から扉がノックされた。
「失礼するよ」
「クロード校長・・・」
入ってきたのは白いスーツを着た白髪のクロード校長である。愛用の杖をつきながらクロードがウィンとレオのいる部屋に入る。
「ウィン、それくらいでいいだろう。どうやら彼も反省しているようだ。ミスター・レオ、君は早く寮に戻るといい」
ウィンが話していたのにも関わらずクロードは勝手にレオを帰宅させる。クロードはたいして問題を深く受け止めていないようで、レオに帰宅を促すとレオもゆっくりと立ち上がり部屋から出ていく。
部屋に残ったのはクロードとウィンのみ。
「クロード校長、あなたが今回の処罰を決定したと聞いています。さすがに軽くないですか?」
ウィンも正直、レオの処罰に対して納得していない。本当であればもっと重い処罰が下されるはずだったが、校長の一声で厳重注意になったらしい。
「そんなことはないさ。彼も反省しているならばそれでいい」
「フランバーン家から何かありましたか?」
突き詰めるウィン。けれどクロードがそれに答えることはない。
「・・・それは君が言うことではないよ。ウィン、君は元々この学院の部外者だ。君にうちの学院のことをとやかく言われる筋合いはないよ」
何かあることをほのめかしながらもクロードは決して明言しない。クロードはこういう男であることをウィンは前々から知っている。だからこそ、クロードと話すときウィンは通常より警戒度を上げる。
「ところでだが、ミス・アカネの力はある程度は引き出せただろうか?」
「あなたに言われた通り、使いこなせるレベルにはしたつもりです」
今回、ウィンはクロードに頼まれ、特別講師を引き受けることにした。交流戦に向けて生徒たちを見てやって欲しいと。
でも、それは本来の目的ではない。
「紅音ちゃんの特別な力を目にしたときは私も驚きました。まさか極東の人間にあんな力を手にした子がいたとは・・・。王国で生まれていたらきっと大問題になったはずです」
紅音の能力を引き出すこと。それこそがウィンがクロードから課せられた本当の依頼。
「以前、あなたには世話になったことがある。だからこそ、今回私はあなたの頼みを引き受けました。・・・ですが、彼女を極東から引っ張って来てまで紅音ちゃんを王国に連れてきた意味は何ですか・・・?」
紅音という存在は将来、魔法の栄えた王国において危険な存在になると。そうウィンは考えている。
魔力が見える力。魔法を断ち斬り無効化する力。それは魔法士にとって脅威の天敵となる。常識を覆す存在なのだ。それでもクロードは紅音を王国へと連れて来た。
ゆえに彼の真意が何であるか、それがウィンの抱いた疑問であり、猜疑心であった。
「君にもわかるだろう。ミス・アカネは才能の塊だ。彼女を極東の血で眠らせておくのはもったいない」
「・・・」
「ミス・アカネの居場所は極東ではない。王国においてこそその存在価値がある」
「つまりそれは・・・王国を滅亡へと、導くことですか?」
「まさか、私はそんなことは望んでいないよ。魔法の栄えたこの王国は素晴らしい。魔法はまさしく天からの贈り物だ。そんな素晴らしい国を滅ぼす必要がどこにある? ミス・アカネの能力が魔法の一種であることは君にも教えただろう」
ゆえに魔法のあるこの国こそが彼女の居場所だ、とクロードは語る。
「そう、ですか・・・」
おそらく嘘は言っていないだろうとウィンは思う。しかし、納得がいっていないのも事実。とは言えクロードがこれ以上聞いても話すことはないだろう。
「ウィン、また話が変わるんだが、私が教えた調査の方はどうなっているかな?」
ふとクロードは話題を転換する。
実を言うとウィンが特別講師の話を受ける代わり、クロードはある見返りを提示した。
それはとある遺跡の調査。
ウィンは王国魔法士団を脱退してから王国各地を旅していた。理由は王国各所にある前時代の遺跡調査である。
「いいえ、講師の仕事でそれどころではありませんよ」
「ふむ、それもそうだね」
わかっているであろうにクロードはあからさまに頷く。
遺跡調査という本来目的にウィンも早く戻りたいと思っている。けれど今は交流戦もあり、調査するのはまだ先になるだろう。時間がないわけではない。後日じっくりと調査すればいいのだ。
「少しでも明らかになるといいね。・・・『黒竜伝説』の真実が」