不在のふたり
代表戦に紅音はさほど興味がなかった。
学校行事の一環としてか考えておらず、はじめは出場するつもりもなかった。
『君が求める力を教えよう』
ウィンにそう言われなければ協力しなかっただろう。
復讐のためならば紅音は手段を選ばない。たとえ復讐の相手に頭を下げようとも構わない。いつかその首を斬ってやると瞋恚の炎を燃やすのだ。
そして今日もまた紅音は登校していた。
交流戦二日前。
今日は昼休みに代表戦メンバーで話し合いをする予定だ。
見慣れた通学路を歩く。あまり人気のない路地裏だ。本来であれば寮から学院に向かう正規ルートが一番近い道であるが、人目を避けるためにも遠回りをする。そのせいかよく迷っていたが、最近は間違いなく学院に辿り着けていた。
もうすぐ校舎が見える。
次の角を曲がり、あとは真っ直ぐ行くのみ。そう思っていると背後に誰かが立った気がした。
「【催眠】」
振り返るよりも早く魔法が唱えられた。突如として体から力が抜け落ちる。
「うっ・・・お前は・・・」
一瞬、膝を踏ん張り耐えるが、強烈な睡魔が脳を襲う。揺れる視界。その先には見覚えのある男。抵抗する間もなく、睡魔に負け、紅音はばたりと地面に倒れ込んだ。
「あれ? 紅音が来てない」
ユーリが気づいたのは朝のホームルームが終わってからだ。
隣の席にいるはずの紅音の姿がない。ここ最近はずっと授業に出席し続けていた。
またどこかで迷っているだけなのだろう。そう思えるだけならいいのだが。
(レオも休み?)
レオの姿もない。いつも後方の席でふんぞり返っているが、ぽつんと空席になっている。
昨日、レオは教室を出て行ったきり帰って来なかった。ただの風邪で休んでいるとも思えない。
(嫌な予感がする・・・)
胸の奥がざわつく。
「ねぇ、ユーリ。紅音ちゃんどうしたのかな?」
「僕も少し気になっていた」
「やっぱり変だよね。レオもなんかいないし」
同じようにララも不安を感じていたようだ。心配そうな表情を浮かべ、身を少し縮めていた。
きっと何かある。
ユーリとララはそう考えて、とりあえずレオと親しい人物に話を聞いてみることにした。しかし、もうすぐ一限目が始まってしまう。行動を開始するなら昼休みからだろう。単純にユーリの勘違いという可能性もあるそれからでも遅くはないはず・・・。
ルナには悪いが事情を説明すればきっとわかってくれるはずだ。
昼休み。
ユーリとララはすぐさまレオと仲の良い生徒に声をかけにいった。相手はテペとテオだ。
まず、レオがどうして休みなのか聞いてみるが、「知らねぇ」とあっさりと返された。もう一つ紅音のことも聞いてみたが、「知るかよ!」と少し切れ気味に言われた。
「俺たちは何も知らねぇよ。だけど、昨日レオに変なことを言われた」
「変なこと?」
ユーリが問い返すとテペたちは昨日何があったのかを話してくれた。
紅音を学院から追放する。
そう話を持ち掛けられたらしい。
だが、テペとテオは断った。嫌いな奴であるが、リスクを冒してまでやる気はないと。
「だから、俺たちは知らねぇ。これでいいだろ」
これ以上関わらないでくれ、と突き放すようにテペは言った。
(・・・まずい)
間違いなく紅音は危険な状態にある。一刻も早く見つけ出す必要がある。
「最後に一つだけいいかな。レオがいそうな場所に心当たりはある?」
藁をもすがる思いでユーリが尋ねると、テオが「離れの倉庫」と答えた。レオたちはそこをたまり場としてよく使っていたそうだ。
「ララは危ないからここにいて」
「いや、ララもいく! 紅音ちゃんが危ないんでしょ」
正直、ユーリはララを危険な場所につれて行きたくはない。けれど、ララがこうなってしまっては言っても無駄だろう。一度決めたことに関してララは譲らない。
「わかった、でも無茶はしないで」
と言ってユーリは教室を出ようとする。
「待って、あたしも行くわ」
教室を出ようとして、扉の前に立っていたのはルナだ。腕を組んで呆れ気味に彼女は言う。
「二人が来ないから教室に戻ってみればそういうことね。人を待たせておいてどういうつもり?」
「あ、すまない」
紅音のことで頭がいっぱいでユーリはルナに事情を説明することを忘れていた。眉をひそめ明らかにルナは機嫌が悪そうだ。
「まぁいいわ。話は少し聞こえたから、そういうことなら早く行くわよ」
ルナも加わり、ユーリたちはレオと紅音がいるだろう、離れの倉庫に向かった。
◇
「んっ・・・」
「やっと目を覚ましたか、この野蛮人が」
紅音の前にはテーブルの上に胡坐をかいたレオがいた。
片方の足をぶらせげ、敵意をもった眼差しでレオは紅音を見下す。
辺りは日の光があまり入らない薄暗い場所だ。たくさんの用具が置かれ、ホコリっぽく少しカビ臭い。
(体に力が入らない・・・)
椅子に縛られた身体。両腕を後ろで縛られ、両脚は椅子の足に縛られている。身動きが取れない状態だ。
加えて受けた魔法の影響か、頭が少し重い。拘束を解こうにも外れそうにない。
「動いてムダだ。足元の陣が見えねぇのか。貴様には弱体魔法と拘束魔法がかけられている。何をしてもムダだ」
紅音の足元には淡い紫色の光を放つ不気味な魔法陣。この魔法が紅音の体に悪影響を及ぼしている。
「この本はいいぞ、貴様をいたぶるには最高だ」
紫色の本を持ち上げ、レオはテーブルから降り、嘲笑いながら紅音を見下ろす。横暴な態度に紅音もレオを睨み返した。
「おい、なんだその目は・・・てめぇは自分の立場をわかってねぇのか!」
反抗的な態度にレオは怒りを覚え、本を開いた。
「【雷罰】」
本と魔法陣が呼応して紫光を放つ。すると紅音の体に電流が走った。
「ああぁぁぁ・・・!」
「ははっ、ははははははっっっ! まずはてめぇの立場をよく理解しろ!」
「なんの、つもりだ・・・。私を捕らえたところで意味などない」
「意味ならあるさ」
ふっと口端が上がった。
「俺は貴様が大っ嫌いだ! あの日の貴様に負けた屈辱を忘れはしねぇ。だからこうして貴様を従えるのは最高の気分だ!」
「は、笑わせるなよ。つまりはただの奴当たりか」
ぎりっと歯を噛みしめるレオ。そして躊躇なく紅音の顔面を殴り飛ばした。
がたんと勢いのまま椅子が倒れ、紅音は床に頭を打ちつける。口内からは血の味が滲んだ。
「黙れよ。俺の気持ちも知らねぇくせに・・・・! そんなに痛みつけてほしけりゃ痛めつけてやるよ!」
思いっきりレオは右足を振りかぶり、転がったままの紅音の腹部へと叩き込んだ。一度だけではない。二度、三度、四度。顔面をも蹴り飛ばし、何度も何度も憤怒のままに暴力を振るい続けた。
口端から血がこぼれ、鼻血を出す紅音。それでもレオの暴力は止まることなく、彼の靴が紅音の血で赤く染まる。
「おい、黙るんじゃねぇよ。貴様には自分で退学するって言ってもらわねぇと困るんだよ。じゃねぇと俺が悪者みたいじゃねぇか」
黒髪を持ち上げ、レオは無理やり紅音の顔を持ち上げる。が、抵抗するかのように紅音はレオの顔面につばを吐く。
「っ!」
ガンッとそのまま紅音の顔面は叩きつけられた。
「わかった、もういい」
一度、レオは紅音から離れ、置いてあったナイフを手に取る。
「そういえば貴様、奴隷らしいな。・・・なぁ、俺に奴隷紋を見せてくれよ。あぁ、そうだ・・・いい事思いついたぜ」
下卑た笑みを浮かべ、レオはくるりとナイフを回す。
「この弱体魔法なら奴隷紋にかけられた魔法を打ち消すことができるはずだ。そうすれば俺が奴隷紋を上書きして、てめぇを退学させることも容易ってわけだ。そうだ、そうしよう! そうに決まっている! なんたって俺は天才だからな!」
無論、不可能だ。奴隷紋は強力な魔法であり、解除することも勝手に上書きすることもできない。魔法士なら誰でも知っていることだ。
しかし、レオは今、完全な狂乱な状態になっている。まともな判断すらできず、自惚れ、自分自身こそが正しいと決めつけていた。
「さぁ、どこにあるか、見せてもらおうか」
ナイフの切っ先を襟元にかけ、一線にレオは制服を両断した。制服だけでなく、巻いていたさらしも破け、紅音の女としての部位が露わになる。
「はっ、野蛮人のくせにいいもの持ってんじゃねぇか。だが、醜いな・・・なんだその体は・・・」
露出された腹部は古傷だらけだった。白い肌のせいか、やけに目立つ。
筋肉質であり、切り傷ばかりで決して女らしい体とは言えなかった。
破れた制服をレオはめくり上げ、鎖骨から右肩が露われるとぶすりと左肩にナイフを刺し込んだ。
「うぅ・・・」
「叫び声をあげないのか。いいことだ、俺はうるせぇのが嫌いだ。さぁお前の奴隷紋はどこだ」
ぐぐっと刃先が肉に沈む。血管から血が溢れ、肩から赤い線が伸びる。
痛みが増そうとも紅音は歯を食いしばり、痛みを耐える。
「はぁ、まだ痛みが足りないのか・・・なら次はここか」
今度は少し柔らかい右脇腹にナイフが刺しこまれた。
「ああぁ・・・・!」
猛烈な痛みが全身に走る。肩よりもナイフが深く沈み、血が噴き出す。
意識を手放したくなる。けれど、紅音はまだ耐えられた。これくらいの傷は大したことないと。過去の苦しみや痛み、屈辱に比べれば取るに足らない。
「つまらん、もういい。・・・飽きた」
思うような反応を見れなかったせいか、レオは脇腹からナイフを抜き取る。そしてレオは血で塗れた切っ先を紅音の胸の前に突き立てた。
「もうこの際どうでもいい・・・貴様が死ねばそれで済む話だ」
冷たい切っ先が心臓の前に当てられる。
「死ね」
レオの腕にぐっと力が入り、ナイフを握りしめた瞬間、
「紅音‼」
突然、倉庫のドアが開かれた。
「うそ、なに・・・これ」
「・・・最低」
ユーリを先頭にララとルナが倉庫へと入ってきた。
目の前の光景にララは口を塞ぎ、ルナは汚物を見るような目でレオを睨んだ。
彼女たちの目に映ったのは床に飛び散った赤い血。椅子に縛られた紅音の姿。そして横たわり、破れた制服の紅音にレオがナイフを突き立てていた。
「レオっ!」
問答無用でユーリはレオへと殴り掛かり、レオはテーブルを倒しながら後方へと突き飛ばされた。
「お前がやったのか!」
激情のままユーリは杖を突き出す。
許せなかった。
これまでユーリはレオに散々バカにされてきたが、今回ばかりは許容の域を超えていた。頭に血が上り、すぐさま魔法を放つ準備をし、魔法陣が浮き上がる。
「ダメ、ユーリ! 魔法は勝手に使っちゃダメ!」
ララの叫び声が聞こえ、発動寸前のところで止まり、魔法陣が消えうせる。
原則、学院内での限られた場所を除き、魔法の行使は許されていない。もしそれを犯せば厳しい処置が待っている。けれど、今すぐにでもレオにやり返さなければ、ユーリの怒りが収まることはなかった。ゆえにここで杖を下ろすことはできないのだ。
「またお前かユーリ・・・俺の邪魔をすんじゃねぇ! 俺はお前のことが大っ嫌いだ! 平民のくせに俺の上に立つんじゃねぇ!」
「知ったことか! レオが僕のことを嫌いだろうが関係ない。レオがやったことは許せるものじゃない」
「許すも何もねぇだろ! 俺に説教を垂れるな! いいぜ、お前がやる気ならやってやるよ」
懐から杖を取り出し、レオは杖を構える。
互いに向き合うユーリとレオ。杖先が向き合い、見えない火花を散らす。
「レオ、お願いもうやめてよ。これ以上はダメ。ユーリも少し落ち着いて」
「そうよ、ユーリ。頭を冷やして。あんたまで問題を起こされると手がつけられなくなる」
ララとルナがユーリを落ち着かせる。
今すぐにでもレオの顔面を殴ってやりたいところだが、ユーリはぐっとこらえ、杖を下ろした。
「は、どうして杖を下げる⁉ 俺と戦え! 俺の方が強いってことをお前に見せてやる!」
「・・・戦わない」
「ふざけるなよ・・・そうかよ、やる気がないなら無理やりにでも引き出してやるよ!」
レオは本を手に取り、魔法を発動させる。
ユーリたちの足元に浮かび上がる魔法陣。直感的に嫌な予感がユーリの足元から伝わる。
「まずい、二人とも早く離れて!」
逃げようとするもすでに魔法は臨界状態。あとはレオが一言宣言すれば魔法が発動してしまう。そうなれば何が起きるかはわからない。
—パンッ
銃声が鳴った。
途端に魔法陣の光が消え失せ、レオが目の前で力なく倒れた。
「え・・・」
ユーリもララもルナも突然の出来事に脳が停止する。時が止まったかのように場は静まり、魔法陣は効力を失い、うつ伏せに倒れたレオ。
ただ一つユーリの真後ろで銃声が鳴った。
一体、何が起きたのか。
慌ててユーリが背後を振り向く。入り口に立っていたのはビリーだった。
「よかった。間に合ったようだね」




