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新学期

 瞼を開けると鼻先には一本の剣。


 少しでも動けば鼻先が掠れてしまう距離だ。数回瞬きをし、ユーリは状況を確認する。視界には刀を寸前まで振り下ろし、こちらを睨む赤眼の少女。その切っ先はぴたりと止まっている。いや止めさせられたように見える。力づくで振り下ろそうとぷるぷると震える彼女の腕。しかし何かがその腕を縛っているようで振り下ろされることはなかった。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。ユーリ・アインクラフトは生きていたのだから。


「そこまでだ、ミス・アカネ」


 ふと両者の間に第三者の声が割って入ってきた。


「・・・クロード校長?」


 白を基調としたスーツとトップハットをかぶった白髪の男性。高級そうな長杖を持ち、どこか愉快気にユーリたちに歩み寄る。清潔感と高級感を装った雰囲気を醸し出しているが、その雰囲気は伊達ではない。彼は元々王国直属の魔法研究員であり、今はグリンディア魔法学院の校長だ。本名をクロード・ストレンジという。


「剣をしまいないさい、ミス・アカネ。ここでの殺生は認めませんよ。ここは学院であって戦場ではない」


 たしなめるようにクロードが言うと、アカネと呼ばれた少女は舌打ちをして刀を鞘に収めた。


「どうして、校長が」


 ここに? とユーリが問いかける前にクロードが口を開いた。


「グッドモーニング、ミスター・ユーリ、ミス・ララ。いや、さっきのでバッドになってしまったかな」

「冗談はやめてください。彼女は何者なんですか?」

「そうですよ、校長。ララたちさっき殺されかけたんですよ」


 クロードは普段から少しふざけた態度をしている。集会の挨拶の時もそうだ。けれど、今回ばかり容認できる状況でない。


「彼女の名前は西條紅音。極東の剣士だ。今日から学院の生徒になる。二人もどうか仲良くやってくれ」

「はい? それはどういうことですか?」


 極東出身?

 剣士? 


 どうしてそんな彼女が魔法学院に編入するというのか。


「すまないが今は説明している時間がないのだよ。学院を案内している途中でね。急に彼女がいなくなってしまって探していたところだったんだ。質問はまた今度にしてくれたまえ」


 ユーリの質問に答えることなく、クロードは背を向けて歩き始め、その後ろを紅音と呼ばれた少女が距離を取ってついていった。




 グリンディア魔法学院。

 サーフィール王国第二の都市マディアにある魔法学院の名称だ。全校生徒約四百人が在籍し、各生徒は魔法科、魔法工学科、魔法史学科、魔法生物科、精霊魔法科のいずれか五つのクラスに所属する。その中の一つ、魔法科クラスがユーリの所属するクラスだ。


「ほんと許せない! なによあの子! いきなり襲い掛かって来て、ララたちは危うく殺されかけたんだよ。なのに謝罪はないってどういうこと⁉」


 学院の校門前。人目も気にせず、ララは怒りを露わにしていた。


「まぁ、落ち着いてよ、ララ。結果助かったんだから」


 ユーリは圧倒されつつ、ララをなだめる。ユーリも同じ気持ちだが、ララがあまりにも怒っているので、ユーリは少しだけ冷静でいられた。


「でも変な話だよね。なんで極東の剣士が魔法学院に編入することになったのかな」

「憶測だけどたぶん極東戦争が関係あるんじゃない?」


 極東戦争。一年ほど前、王国と極東の国で起きた戦争だ。国内で魔法石と呼ばれる資源が供給不足に陥り、それを求めて王国は極東の国と衝突したが、戦争は一カ月ほどで終わった。現在は和解で協定が結ばれ、王国が魔法石を得る代わりに極東では魔法の技術を享受しているそうだ。


「それでその戦争と彼女がどう関係あるの?」

「さぁ、それ以上は僕もわからないよ。単なる留学みたいなものかもしれないしね」


 とは言え、彼女が王国で暮らすことは大変だろう。食事も文化も何もかもが異なる。きっと苦労するに違いない。しかし、それよりもユーリには気になることがあった。


 紅音がユーリの魔法を断ち斬ったことだ。

 魔法を切るなんて技聞いたこともない。そもそも斬れるものなのか。

 あの時の光景をユーリは振り返る。彼女の持っていた刀。夜の闇を映したかのような黒刀だ。


(あの剣に秘密があるのか?)


「ねぇ、ユーリ」


(それとも彼女自身に特別な力があるのか?)


「ねぇ、ユーリってば」


(あるいはその両方・・・)


「ユーリ‼」


 耳元で大声が響き、ユーリの意識は思考から現実へと引き戻される。


「ん? どうしたの?」

「だ・か・ら、放課後パフェかパンケーキどっちを食べに行くかって話だよ」


 そんな話していたかとユーリは頭の上に疑問符が浮かぶが、考えごとをしているうちにいつの間にか話がすり替わっていたようだ。


「もう! ちゃんと話聞いててよ。大事な話なんだよ。これから私の運命が変わっちゃうくらいに」

「さすがにおおげさ過ぎない?」

「そんなことないもん! 選択一つで未来は変わるものなんだよ」


 大仰にララは力説するが、ユーリはついていけず、はぁーと適当にため息をこぼす。

 放課後、何を食べるかでわくわくしているララを見ながらユーリは校舎へと入った。



 教室前。


「おはよう、ユーリ」

「ビリーもおはよう」


 深い緑色の髪の男子生徒とユーリは挨拶を交わした。名前はビリー。男子にしては少しだけ小柄で中性的な顔立ち。彼もユーリと同じ四年生でクラスは魔法工学科だ。ユーリにとってビリーは友人の中でも特に仲がよく、親友の存在だ。


「ちょっと、ララもいるんだけど」


 そこへ不満そうにユーリの背後からララが顔を出した。


「そう怒らないでよ。ララもおはよう」

「ふんっ」


 挨拶をされたにも関わらず、ララはビリーから目を逸らし、ユーリの腕にしがみつく。まるで子供が親にしがみつくように。あるいは子供が自分のものだと主張するように。

 一応、補足しておくがララとビリーは決して仲が悪いわけでない。喧嘩するほど仲がいい。たぶんそういう事だろうとユーリは勝手に思っている。

 それよりもララが腕にしがみついているせいか周囲の生徒から変な目で見られている気がしていた。


「ララ、なんか近くない?」

「気のせいだよ」

「ははっ、二人とも仲がいいね。ユーリは今朝も極大魔法の練習?」

「うん、まぁダメだったけどね」

「うーん、ユーリは十分な魔力を持っているはずだし、手順に問題があるんじゃないかな」

「手順?」

「魔法がどうやって発動するかわかるでしょ」

「生成、形成、詠唱、宣言。この四つの手順だろ」


 第一に魔法の土台となる魔法陣を生成する。砲台となる器のようなイメージに近い。

 第二に生成した魔法陣に魔法文字(スペル)を埋め込む。いわゆる方程式を組み立てているようなものだ。この過程を形成と呼ぶ。

 第三に詠唱によって魔法陣に術者が魔力を注ぎ込む。ここで注入された魔力量によって魔法の威力はかなり異なり、一番重要なポイントでもある。

 第四に魔法名を宣言することで魔法が発動する。


「そうだね。魔法士たちは魔力量によって魔法が発動することに気が行きがちだけど、僕ら魔法工学士は違う。魔法を生み出す土台つまり魔法陣こそに問題があると考える。魔法工学士は魔道具の作成において魔力をどう効率的に運用するかを研究する部門だからね。魔法陣は装置みたいなものさ」

「要するにその土台? 装置である魔法陣が重要ってこと?」


 ビリーの説明にララが尋ねると、「そうだよ」とビリーは頷く。


「さすがエリートな工学士が言うことは違うね」

「からかわないでよ、ユーリ。僕はすごい魔力量を持っている君の方が羨ましいよ・・・まぁ、それはさておきつまりユーリに求められるのは—」


 とビリーが言いかけたところでゴンっと始業のチャイムが鳴った。


「ごめん、話はまた後にしよう」


 急いでビリーは自分の教室へと小走りで廊下をかけていき、ユーリとララも教室へと入っていった。



 教壇を見下ろすように作られた扇型の教室。

 長椅子と長テーブルが段々と並び、生徒たちは始業の時を待っていた。


「ねぇ、先生遅くない?」

「まぁ、あの先生だし、時間にルーズなのはいつものことでしょ」

「それもそうね」


 来ない先生に少しずつざわつく教室。その教室の中間くらいでララの隣でユーリがざわつきを感じていると教室のドアが開いた。


「おーい、静かにしろー」


 気怠そうに寝不足なのか目の下にくまをつくり、バタリと先生は名簿を置いた。教壇に立つ先生の名前はブランク・リブラ。生徒の間からはその先生らしからぬ態度に不良先生と呼ばれている。ブランクはそんな風に呼ばれようとも形だけ怒るだけで本気で怒りはしない。ブランク曰くただ相手をするのが面倒なだけだそうだ。


「今日からこの教室に編入生が入ることになった。おい入ってこい」


 予想外の出来事に瞬時に騒がしくなる教室だったが、編入生の登場に教室の空気は一瞬で凍りついた。


「彼女の名前は西條紅音。ほら、お前も挨拶しろ」

「・・・」


 そこにいたのは今朝、ユーリが殺されかけた黒髪赤眼の少女だった。編入生とクロード校長から聞いてはいだが、まさか自分のクラスだとはユーリは思いもしなかった。


 そして、教室の生徒たちも魔法の盛んな王国では見ることのない刀に言葉を失い、それぞれに困惑、軽蔑、奇異の視線を向ける。対して、紅音は誰とも目線を合わせようともせずただ沈黙を貫いていた。


「だんまりか・・・まぁいい。空いている席に座ってくれ」

「待ってくれ、先生。これはどういうことですか?」


 後方から声が上がった。

 声を上げたのは赤い髪の男子生徒—レオ・フランバーン。貴族出身である彼は紅音の持つ刀に露骨に侮蔑の目を向け、怒りを露わにした。


「先生、その女の持つ刀は何ですか。刀を持つなんてまるで極東の野蛮人みたいじゃないですか。もしやその女、極東の人間ですか?」


 レオの暴言にピクリと眉を顰める紅音。その隣で誤魔化すことなく「そうだ」とブランクは言う。


「なぜ極東の野蛮人がこの学院に? そんな奴と同じ教室なんて落ち着いて授業を受けることもできない。そもそもそいつに魔法が使えるんですか?」

「彼女は魔法が使えない」

「なら話は早いですよ。そいつはこの学院にふさわしくない。先生、俺はそいつに勝負を申し込む。その女が負けた場合、彼女には学院から出ていってもらう」


 唐突な宣戦布告に再び教室はざわっと揺れる。

 許されるはずもないとユーリは思っていたが、あろうことか先生がこうなることがわかっていたかのようにため息をついて言った。


「はぁ、いいだろう。もし問題が起きた場合、荒事になっても構わないと校長からも許しを得ている。だが待て、レオ。お前が負けた場合はどうする?」

「俺が負けたらその女には一切口を出さない」

「それでは不公平だろう。釣り合っていない。それで言いわけ―」

「構わない・・・さっさとしろ」


 二人の会話をぴしゃりと紅音は遮る。罵られたことに我慢できなくなり、紅音の目には殺気がこもっていた。


「はぁ、やっぱりこうなったか。これだから教師の仕事は嫌なんだ」


 文句を垂れつつ、ブランクは懐からとある魔道具を取り出した。掌サイズの水晶玉。よく目を凝らすと水晶玉の中には平原が映っている。まるでその中に世界が内包されているかのように。


 水晶玉が床に落とされ、割れるのと同時に教室中を眩しい光が覆った。そして目を開くとユーリの立つ場所、視界の先には果てしない大平原が広がっていた。教室だった場所は大平原へと変わり、天井には澄み渡る青空。生徒たちも困惑し、目の前の貢献に目を白黒させる。


「これは・・・空間魔法?」

「うん、たぶんさっきの魔道具の力だと思う」


 起こった現象にユーリが呟くと隣でララが頷き返す。そしてユーリとララ、生徒たちの前には風がそよぐ平原で緊迫した空気が流れていた。


 鞘から黒刀を抜き出す紅音。

 懐から杖を取り出し構えるレオ。


「いいか、命を奪うのは無しだからな。それでは・・・はじめ」


 ブランクの合図と共に戦闘の火蓋が切って落とされた。


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