3-9 金狼お披露目
激しい前衛の攻防の応酬のさなか、後方でもバチバチと白熱した魔法合戦が繰り広げられていた。
『全ての加護を ブースト』
言霊が唱えられて支援魔法が発動し、自パーティの前衛にその効果が表れる。
膂力、耐久、スピードといった能力が底上げされたかのように、動きが格段に鋭くなったように感じられた。
「へぇ」
俺は無意識に声を漏らす。これまで支援魔法を使う時は、対象に1つの効果しか与えていなかったが、たしかに一度にまとめて重ね掛けしてしまえば効率がよさそうだ。
言霊は効果をイメージして唱えればいいので、すぐに自分ならどう使うかといったことを考える。
すると今度は、
『加護を掃え アンチブースト』
対するパーティの支援魔法担当がデバフを発動して相手に掛かっていた魔法を解除した。
そりゃバフがあればデバフもあるよな。当然のことをこれまで失念していた自分に少し呆れてしまう。
支援魔法職の生徒は、バフとデバフを駆使して前衛の戦況を少しでも有利にしようと必死だ。
バフとデバフの応酬は、一見地味だが怠ったら如実に勝敗に直結するためバカにはできない。
さらにその横では”アークロード”の恩寵持ち同士での激しい戦闘が行われている。
風の属性持ちと水の属性持ちによる魔法の打ち合い。
お互いに相手の攻撃を前衛に向かわせないように常に魔法を発動して相殺させていた。
というように、戦況は完全に膠着。
各職業同士がそれぞれを迎撃して均衡を保とうと必死だ。しかも恩寵の構成は同じ。こうなると事態の進展が遅くなるのは自明だった。
俺は戦闘を見ながら自分たちに置き換えて考えてみる。
うちのパーティの構成はかなり歪だ。
盾役となる存在はいないし、俺とエルザは複数の役割を臨機応変に使い分けないといけない。
おそらく俺達が戦う場合、このような膠着状態にはなりにくいだろう。
そういった俺達と相対した相手がどのような出方をするかといったことを、戦闘を見ながら黙考する。
ふと隣を見れば、エルザや白石も同じように真剣な目で戦況を見つめながら自分の役割や動きをイメージしているようだった。
頼もしいなと思いながら再び戦闘に目を戻すと、次第に戦況が一方に傾きだした。
というのも、”アークロード”同士の戦闘で、均衡が崩れ出したのだ。
これは純粋に練度の差だろう。
最初は見えなかった差が、戦闘が長引くにつれて徐々に顕在化してきたのだ。
「くっ」
押されていた女子生徒が一旦攻撃を止めて防御魔法を展開した。
しかし、その瞬間にこの局所的な戦闘の趨勢は決してしまったのだ。
『水ようねれ 渦巻き敵を飲み込め アクアジェイル』
言霊が詠まれると、相手の”スペルマスター”の女子生徒の周囲に忽然と水が現れる。
水は瞬く間にその勢いを増したかと思うと、女子生徒を飲み込んで閉じ込めた。
内部はかなりの速度の流れがあるらしく、まるで洗濯機の中に放り込まれた衣服かのようにきりもみ状に回転させられていた。
最初は脱出を図ってもがいていたが、次第に息が続かないのか動きが鈍くなってくる。
「死亡判定だ! 解除したのち戦闘を続行して!」
ガロンがそう告げると魔法が解除され、バシャリと水から解放された生徒は苦しそうにせき込みながらも立ち上がり、戦闘の邪魔にならない位置まで下がった。
こうして支援魔法職が離脱したことで、彼我の戦力差は一気に開く。
バフとデバフの効果で前衛の動きに如実に差が生まれ、そこからはあっという間だった。
「それまで!」
前衛も倒されると戦況の逆転は不能と判断され、その時点で試合終了。
負けた方は悔しそうにへたり込み、勝った方はハイタッチなどを交わして喜びあう。
簡潔にガロンが講評を述べてフィードバックをしたのち、次の戦闘が始まった。
俺達も試合を見ながら次の出番の準備を始める。
次の戦闘も似たような感じで展開していた。結局、同じ恩寵を持つ者同士の戦いなので、正攻法でぶつかれば実力差が勝敗に直結するという至極シンプルな結論に落ち着いてしまう。
もちろん、奇襲などをかけることもあるだろうが、失敗した際のリスクを考えたらどうしてもお互い慎重になってしまうというところだろう。
こうして1回戦同様にフィードバックがなされたのち、いよいよ俺達の出番だ。
訓練スペースに降り立つと、朝倉たちのパーティも同じく降りてきたところだった。
佐伯はこちらにニコニコと笑顔を浮かべて手を振り、朝倉は敵意むき出しといった感じだ。
観戦している面々も、なんとなくこれまでよりも注意深く観察しているような気がする。
俺達がどういう戦い方を見せるのか興味津々といった感じか。
「不二」
「なんだ?」
朝倉が声を掛けてきた。
「早くその子を上に戻さないと試合が始められないだろ」
「ん? あぁ、アルのことか。こいつも戦うからこのままでいいんだ」
「なっ」
朝倉だけでなく、上で見ていたクラスメイトも驚愕の表情を浮かべる。
その後、朝倉は俺の方を睨み付け、
「そんな小さな子供を戦わせるなんて、正気じゃないだろ。危ないからよせ」
「別に負けても命を失うわけじゃない。こいつだって覚悟してこの場にいるんだ。な? アル」
「うん! ボク、がんばるね!」
グッと力強く握りこぶしを作るアルに、白石やエルザは笑みを浮かべている。
「白石まで、止めないでいいのかよ。こんなこと」
「う~ん、いいんじゃない? この子もやる気なんだし」
「......手加減はするさ」
「負けたときの言い訳にはしないでくれよ?」
俺の一言にピキリと青筋を浮かべ、朝倉はそれきり一言も発さなくなる。
雰囲気が一気に張りつめ、双方準備は整ったようだ。
それを察したガロンが上から声を上げる。
「準備は出来たみたいだね。それじゃあ、はじめ!!」
「獣覚!!」
開始の合図と同時に、アルが己の中の金色の狼を解き放つ。
みるみる内に一回り大きくなり、金色の毛並を美しく輝かせながら、秘めていた魔力を解き放った。
「うわぁ!!」
「何あれ!!」
「狼!?」
俺達を除いたその場の全員がアルの変貌に愕然とする。
それはエリィや七聖天も同じだった。
「金狼だと!?」
ガイアスが驚きの声を上げる。
さすがに獣覚した姿だと気づくか。
遅かれ早かれ分かることだし、ここらでお披露目しといたほうがいいだろうと俺達は判断していた。
あとでいろいろ聞かれることになるだろうが、もしアルに危害を加えようとするなら転移魔法で去るまでと結論づけていた。別にこの国から離れたって、俺達の旅の目的も、アルの目標も変わりはしないのだから。
ともあれ、今は目の前の戦闘だ。
朝倉達はアルの変化に気を取られて完全に初動で後れをとっていた。
俺は即座にテレパスでアルに指示を送る。
(アル! そのまま突っ込め!)
(うん!)
アルは四肢で地を蹴り突貫する。
そのあまりの速さにまたもや驚愕の顔を浮かべるが、盾役の”イージス”持ちが反射的にアルの前に立ちはだかった。
大盾を構えてアルを弾き飛ばそうと腰を落として踏ん張るのだが、次の瞬間目の前からアルの姿が忽然と掻き消える。
『ゲート』
「馬鹿! 後ろだ!」
「えーい!!」
朝倉が慌てて声を掛けるが時すでに遅し。
盾役の男子の背後に転移したアルが、がら空きの背中に後ろ足の強烈な蹴りをお見舞いする。
「ぐわぁっ」
前方へと弾き飛ばされたところを、
「クルアァ」
ティナが待ってましたと尻尾で薙ぎはらって再度吹き飛ばす。
まともに食らって盾も手放して地面を転がったところで、盾役の男子は死亡判定となった。
開始からここまでわずか10秒足らず。
これまた初見殺しと言えるんだろうな。
まさかアルがこんなに強いなんて、普段の見た目からは到底思えない。
というか、獣覚を知らなければ予想の仕様もないんだけど。
とはいえ、金狼が暴走したときに比べれば相当セーブされてるほうだ。
あの暴走したときの金狼の力をアルが使いこなせるようになれば、その強さは計り知れない。
驚愕と静寂に包まれた訓練施設内。
俺とアルは視線と笑みを交わした後、示し合わせたように一言呟いた。
「「次」」