3-7 ガロンの誘い
白石と佐伯の仲直りが成ってからしばし。
二人は泣き笑いの顔で語らってから別れた。
白石の顔は晴れやかで、関係が修復できて嬉しかったであろうことが窺えた。
「よかったな」
「......うん」
訓練施設からの帰り道、俺が声をかけると白石は一言そう答える。
いざ腹を割って話すというのは白石にとって相当勇気のいることだったはずだ。
どんな会話をしたかは分からないが、遠目から見えた雰囲気でも上手くことが運んだであろうことは察せられたので、根掘り葉掘り聞いたりするのは野暮というものだろう。
まぁ、もともと俺の性格上根掘り葉掘りなんてしないんだがな。
基本的にはどんなことでも野ざらしにで放置しておく主義だ。
俺からそれ以上特に聞くようなことはなかったので、黙って歩いていたのだが、白石が会話を続けてきた。
「ありがとう。なんかここに来るまでに話してフォローしてくれてたんでしょ? 梓が言ってた」
「別に大したことはいってないぞ。うっかり余計なことを言って怒らせるのも嫌だしな」
「それでも助かったわ。また借りができちゃったわね」
「そうだな。これはいつかきちんと返済してもらわないと」
「あんたね......。そこは普通『そんなこと気にすんな』とか優しく言うもんでしょ?」
「何を言うか。盛大に気にしてもらわないと困るな。こっちは束の間の休息が見事におじゃんになったんだし」
そう。俺の部屋でゴロゴロ過ごすという待望のひと時はお陰さまで見事に潰れてしまった。
少し遺憾の意を表明するくらいは許してもらわないと納得はできないな。
白石はそんな俺を見て微苦笑を浮かべ、
「はぁ......。まぁ感謝してるわよ。お礼にデートに付き合ってあげてもいいけど?」
「そうか。じゃあお互いの部屋でテレパスで語らおう。俺はすぐに寝るだろうけど」
「......」
おぉ~すごい。こんな分かりやすい絶句があるのか。
俺としては、仲良く電話で語り合う初々しいカップルのやり取りの亜種のようなウィットに富んだ返しだと思ったんだけどな。違うか、違うな。
「イオリって時々本当に最低よね」
「うん。ボクもそう思う」
連れだって歩いていたエルザとアルもそんな風に俺をなじりながら、白石に同情的な視線を向けて肩と背中をポンポンと叩いている。
愛姫は処置なしという感じでやれやれと首を振っていた。
まぁ俺の性格を一番知ってるだろうし、許してくれるんだろう。
そう思っていたのだが、おもむろに手を振り上げ、俺の尻をすぱーんとぶっ叩く。
「あいたぁ!」
思わず俺が声を上げると、愛姫はふんすっと鼻息を吐き、
「言って分からんアホには体罰!」
と最近の父兄が聞いたら真っ赤になって学校にクレームの電話をしそうな台詞を吐いてきた。
そのまま白石のほうに寄って行って、
「陽和お姉ちゃんの仕返しはしといたけんね!」
とニカっと笑顔を見せる。
白石はそんな愛姫の手を取って、
「ありがとう。すっきりしたわ。これからあいつが余計なことを言ったらどんどんしばいてちょうだい。
あたしが許可するわ」
「イエスマム」
「ちょっと待て、勝手に物騒なこと許可すんなよ」
俺が抗議の声を上げるが、愛姫は俺に対してファイティングポーズをとりながら、
「貴様、上官に逆らうか!」
「いつ白石が俺の上官になったよ! こんなキレやすい上司の部下なんて絶対ご免だぞ」
俺の発言を聞いた愛姫が白石の方に視線を向ける。
白石はにやりと笑みを浮かべて手短に告げた。
「愛姫三等兵、武力行使を許可するわ」
「イエスマム!」
小さな拳骨にはぁ~っと息を吐きかけるという古典的な手法を見せながら近づいてくる愛姫。
「お前ら仲良くなったなぁ!」
俺の叫び声が王城の廊下に響き渡るのだった。
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翌日。
朝食をパーティメンバーで取っていると、来客が訪れる。
「やぁ、久しぶりだね」
「ガロンさん、お久しぶりです」
七聖天の参謀のガロンだった。
鷹の目を使って戦況を把握して戦略を練るブレーン。
以前オドルの森で少し語らったりして、俺のことをやけに買ってくれていたイメージがある。
軽い自己紹介をエルザやアルと交わした後、ガロンはここに来た目的を告げた。
「食事中に済まないね」
「いえ。もう終わるところでしたし」
「そうか。すこし君たちに相談があってきたんだけど、少し時間を貰えないかな?」
「相談、ですか」
俺は一同に視線を向ける。
特に問題はないようなので頷きを返すと、ガロンはにっこりと笑みを浮かべて話だした。
「ありがとう。実は、久々に他のみんなとの訓練に参加してみないかと思ってね」
「訓練......ですか」
俺はあまり気乗りのしない返答を返してしまう。
だってそうだろう? 多分俺の招かれざる感じ凄そうだし。朝倉とかとの絡みは正直勘弁願いたい。
ガロンも俺の反応からすぐに察して苦笑いを浮かべる。
「ははは。まぁ色々あったのは聞いてるからそんな反応が返ってくるだろうとは思ってたよ」
「はぁ」
「でも、悪い話じゃないと思うんだ。君たちと一緒にこの世界にやってきた子たちも、恩寵を考えれば全員が規格外。旅をしていてもなかなかお目にかかれるようなものじゃない。
君たちが旅をしている間、彼らも訓練のなかで実力を高めてる。そういった強力な力を持つ者同士で訓練するていうのは、決して君たちにとってマイナスにはならないと思うよ」
確かに。クラスメイトの恩寵はどれも各系統最強クラスの恩寵ばかりだ。
対人戦を想定したときに、そういった強力な能力を持つ連中との戦闘の経験があるのは望ましい。
準備も考えて、王都を出発するのは二日後を想定しているし、それまであいつらとの訓練に参加するのは悪い話じゃない......か。
「どうする?」
念のため、俺はもう一度他のメンツに問いかける。
案の上、エルザは俄然乗り気だ。
「私は大賛成ね。イオリと同じ異世界の住人と戦う機会なんてめったにないもの」
「分かった。白石は?」
「うん、あたしもいいわよ? 実力を試すいい機会でしょうし」
「アルは?」
「えっ? ボ、ボク?」
俺に振られたアルが素っ頓狂な声を返してくる。まさか自分にも振られるとは思ってなかったんだろう。
「アルだって獣覚を使いこなしたいんだろ? 使いこなす練習もしてるんだし、せっかくやるならアルも混じった方がいいと思うけど」
「そうね。命のやり取りをするわけでもないし、強い相手と訓練を積めるのはチャンスだと思うわ」
俺とエルザかからの提案にアルはしばし考え込む。
「この子も参加するのかい?」
ガロンが驚いた様子で声をかけてきた。
「はい。まだ小さいですけど、強いと思いますよ。まぁ驚かせることにはなるとは思いますけど」
あいつらにとっては獣人を見るのも、相手にするのも初めてのはずだ。
獣覚を見ればアルに対してマイナスなイメージを抱くかもしれない。
ただ、そんなことはアルの立てた目標からしたら些事だ。
この世界の人間と獣人の架け橋になる。
そのために強くなると決めたアルならば、どんな視線にさらされようと、強くいられるはずだ。
もちろん、俺たちはそんなアルを守るわけだし。
「ボク、参加するよ。イオリ兄ぃ達の役にたてるかは分かんないけど」
「そんなの気にしないでいいよ。アルの力は十分頼りになるし、俺達のことを全力で頼ればいいんだ」
俺がそう言って頭を撫でると、アルは嬉しそうに耳をピョコらせた。
「というわけで、有難く参加させてもらいます」
「よかった。じゃあ、一時間後に室内訓練施設に来てくれるかい?」
「分かりました」
こうして、久々のクラスメイトとの訓練が行われる運びとなった。