第三章 最終実験(9)
「私、何やってるんだろ」
ゴミ処理場に来た早織はそう呟いた。今日は学校が休みのため、彼女は紺色のスウェットとその上に白いコートを着ていて、膝くらいまでの長さの黒いスカートを履いているという服装だった。靴は黒いスニーカーである。
ゴミ処理場に来た理由はただ1つ。そう、実験だ。
(……昨日、あんな風に帰っちゃったから、もう助けなんて望めないのに。私って、案外意志が弱いんだなぁ……)
早織はここに来る直前、とある少年にメールを送っていた。助けを求める1文。
(コート、返さないと……)
早織は着ているコートを強く握り締めた。
このコートは彼女の物ではない。先ほどメールを送った少年の物である。
少し歩くと、運動場ほどの広さの場所に出た。木箱やコンテナがちらほらと放置してあるが、それでもかなりの広さだ。
そして、放置してある木箱のうちの1つに、早織と全く同じ容姿の少女が座っていた。
「……早苗」
「お姉ちゃん、少し遅かったねっ。じゃあ、遊ぼっ! 今日はずっと遊べるねっ!」
木箱から降りた早苗は屈託の無い笑顔を浮かべていた。
(私が恨むべきは早苗じゃない。そんなこと、分かってる)
それでも、もう早織は我慢の限界だった。何千回と繰り返されてきた実験。その度に遊びだと喜ぶ早苗。
(早苗が喜ぶと、まるで自分が喜んでるみたいになる。今まで正常でいられたのが不思議なくらいね)
否、もう既に狂っているのかもしれない。
(あんなこと考えるくらいだもんね……)
早織は、スキップをしながら近づいてくる早苗に向かって告げる。
「もう、終わりにしよう? 今日で、この遊びも」
その言葉を聞いた早苗の動きが止まった。一体何を言っているのか分からないという表情で、その場に立っている。
「お姉ちゃんっ?」
「私、もう耐えられない。だから……」
早織は両手に意識を集中させる。すると、どこからともなく水が集まってきた。それは早織の手の上で渦となる。
「早苗……早苗ぇぇぇぇぇえええええええええ!!」
叫びながら、早織は未だに立ったままの早苗に向かって突進していく。
そして、両手の渦を早苗にぶつけようとしたのだが、
「それは8756回目のときに見たよっ!!」
早苗は両手に黒いオーラのようなものを纏い、早織が突き出した渦にぶつけ、相殺してしまう。
「――っ! やっぱり……か」
渦が相殺された直後、早織は後ろに下がり、早苗と距離を取る。
「もう殆どのパターンは読めてるよっ。もっと新しいことを教えてよっ!」
そう言うと、早苗は両手を広げて、
「『包闇連弾』っ」
早苗の体の前に顔の大きさぐらいの黒球が出現し、そこから無数の小さな弾が発射された。決して早くはなく、辛うじて目で追える速度だ。
距離を取っていたため、早織には一瞬の猶予があった。そして、彼女は近くのコンテナを盾にすることを選んだ。
「あはは、お姉ちゃん逃げないでよっ」
ドガガガガガッ!! とコンテナが削れていく音が響く。たとえこれが丈夫であったとしても、長くはもたないだろう。
(早苗の『包闇連弾』は速度の代わりに威力が半端じゃない……とにかく逃げる、そして……)
早織はその場から移動し、別のコンテナへと避難する。だが、コンテナの間には少し距離があり、早苗に気付かれずの移動は不可能であった。
「これじゃあ楽しめないよっ!」
小さな弾の放出は止まらない。
「やるしかない……!」
短く息を吐き、早織は右手に水の渦数個発生させ、それを1つにまとめた。渦は早織の顔くらいの大きさになる。それを、左手でも行った。
「『超水流』」
最終的に両手を合わせ、2つの大きな渦を合わせて放出した。放出された水は回転しながら真っ直ぐに突き進み、目の前のコンテナを貫通する。そして向かうは、黒球から小さな弾を発射し続ける早苗。
彼女は体の向きだけを変えていたため、場所は移動していない。そして、コンテナの後ろから来た攻撃は予測出来ない。
「うおっ!? これは……初めてっ!!」
早苗は突進してくる水流に驚いた。
(当たる!!)
早苗の様子を見てそう確信した早織だったが、結果は異なっていた。いや、確かに早苗に当たったのだが、
「……早苗がいない!?」
いくらコンテナを貫通するほどの威力だと言っても、人体を丸々消し去ってしまうほどではない。つまり、早苗の体は地面に倒れていなければおかしい。なのに、彼女の体は見当たらない。
「お姉ちゃん、これを教えてくれたのはお姉ちゃんだよっ」
声が、後ろから聞こえた。振り返ると、そこには先ほどまで反対側にいたはずの早苗が立っていた。
「『影分身』っ。お姉ちゃんの『水分身』から覚えたんだよっ」
要するに。
早織がコンテナに隠れている間に分身と入れ替わっていたのだ。そして、機会を伺っていた。
「でも、これで不意打ちの対策はばっちりだよねっ。ありがとう、お姉ちゃんっ!」
またしても、早苗は屈託の無い笑顔を浮かべる。本当に喜んでいるのだろう。だが、早織は全く逆の感情を抱いていた。
「これで、トドメだねっ」
(……『超水流』は、反動が来る。足が痺れて、回避出来ない……)
額から、嫌な汗が流れてくる。そして――
「『包闇弾』っ」
1つの大きな黒球が早苗の右手から発射される。そしてそれは、早織の体を貫いた――はずだった。
「あれっ?」
貫かなかった理由は、早苗が発射した黒い光線をどこからか飛んできた白い光線が打ち消してしまったからだ。飛んできた方向を見ると、そこはゴミ処理場の入り口に繋がる方角であった。
そして、そう遠くない場所に彼はいた。
「……どうして」
ポツリと、早織は呟く。その表情はどことなく嬉しそうだ。
拳を握り締めながら、彼は近づいてくる。その顔を、早苗も知っていた。
「く……黒神君っ?」
彼が、早苗の光線を打ち消した。そう理解した早苗は彼に対して戦闘態勢をとった。だが、彼はそれ以上の攻撃をせずに、早織の隣に立つ。
そして、両拳をぶつけて、凛とした表情で、
「コート、返してもらいに来たぜ」




