Section32
Claire
「多分、こんなこと信じてもらえないと思いますが……」
ヘリテさんと話し始めて数分、私は居てもたっても居られなくなってマリエルの前世を持っていることを告げることにした。
この人はかなり気楽な感じで、話し始めたら何時間と話してしまいそうだし。
「……どうしたんだい?」
「その、私は……マリエル・ルメルシエの記憶を持っているんです」
「――そうかい」
ヘリテさんは一言『そうかい』とだけ言って黙りこんだ。
私とルーシェは顔を見合わせながら、その意味を考える。
……そして、しばらく間を空けてから、ヘリテさんは口を開いた。
「このリュミエール家には代々伝わる大切な宝物があってね、内容は驚くべきものなのに公表してはならないと言われてきたんだよ」
そう言いながら、何やら奥に地下部屋のような通路に入っていくヘリテさん。
確か、私がここに居たときはこんな地下部屋なかったような気がするんだけど。
「ということは……あの書類は大事に保管されてるってことなんですか?」
「……そうね、まあこちらについてきてなさいな」
そういわれて着いていくと、地下部屋にはワインの樽がずらりと並んでいるのがまず目に入った。
「うわぁー!ねえクレアワインだよワイン!」
「……あんたはティアナか」
とりあえず突っ込んでおく。
それにしても、マリエルがこの世を去った後にこの家はこんな風に改造されていたとは。
正直驚いてしまう。
「でも、書類は保管されてるんでしょ?これでオッケーだよね!」
ルーシェは上機嫌そうに言う。
だけど、これで全てが解決と言うわけじゃないと思う。
「まだよ、これはただ、アルフォンス伯の――」
「……クレア、ルーシェ、ここですよ」
と、そんなことを言っている間にヘリテさんはワインの樽のさらに奥にある倉庫から取り出してくれたみたいだった。
今更だけれど、確かにここなら、ワインだけでなく、さまざまなものの保存・保管に最適かもしれない。
「これが、アルフォンス・オーレンドルフ伯のサインだね。まったく、マリエルさんはえらいことをしてくれだもんだよ」
ヘリテさんは笑いながら冗談めいた口調で言う。
決して皮肉とかではないと思うけれど、なんだかちょっと気まずいかもしれない。
「これが……アルフォンスの――」
ルーシェは興味深そうにその書類を見つめていた。
「……そうねぇ。まあ、クレアがこの前うちに来て泣き出したときになんとなくは気づいていたんだよ。明らかにこの古い民宿の暖炉を懐かしそうに見ていたからね」
「そういえば、暖炉を眺めててなんか泣き出したよね。何か思い入れとかあったの……?」
……暖炉。
何の変哲も内容に見えるけれど、これは私が作ったものだった。
と言うのも、煉瓦を焼いたところとかからじゃないけれど……
――アネットとここで会った時には、もう冬が近づいていて、この家には暖炉がなかった。
まあ、ここは本当に別荘で小さな家だったし、仕方なかったのかもしれない。
しばらくして、リュミエール家の一家がここに越してきて私はそこでお手伝いをして衣食住を賄ってもらうようになった。
そのお返しとして、みんなで家を改築している際に私がこの家の暮らしが少しでも良くなるように暖炉を作ることにしたのが始まりだったと言うわけ。
「んーそうね、私が作ったの」
「え!やっぱりマリエルはすごい……」
ルーシェはもちろん驚いていたけど、声に出さなかったヘリテさんも驚きの表情を浮かべていた。
というか、私自身思うけれど、当時のマリエルは本当に何でもできた。
……シエラお嬢様は――絶対に守らなければいけなかったから。
「……そういえば、その書類はどうやって手に入れたの?そういうのはアルフォンスが厳重に持ってそうだけど……」
「あのときの事覚えてない?シエラお嬢様とエルナお嬢様が喧嘩しちゃったときの……」
そう、あの時いろいろと手はずを整えたのは私がしたことだった。
もちろん2人の喧嘩を仕向けたとかではなく……この書類を盗み出すために。
ヘリテさんは興味深そうに私たちの話をじっと聞いている。
しばらくして、ルーシェは気がついたのか急に声を上げた。
「あ!もしかしてあの時に……?」
「そういうことね、それに元々はエルナお嬢様が来る予定だったでしょ?なんとなくアルフォンス伯がシュヴァルツと対談したって話を聞いて都合をあわせたのよ」
「……なんか、自分自身のことなのに、すごく複雑だよね。私たち……」
「うん。でも、今それを解決するためにこうしてきたんでしょ、今更投げ出したりとかしないでよね」
「……それだけはしないと思う、本当に」
まあ、シエラお嬢様……ルーシェならそれはないか。
……二人とも真面目だし。
と、そういえばヘリテさんにはもう一つ話しがあったんだった。
「あの、ヘリテさん、この書類をコピーさせてもらってもいいですか?」
私の質問にヘリテさんは少し笑いながら答える。
「何言ってるんだい、それは元々君のものじゃないのかい?」
「……えっ、でも……」
「今の話を聞いていて嘘だとは思えないよ、冗談で言ってるわけじゃないのは目を見れば分かるんだ。輪廻転生とか前世とか本当にあるんだねぇ……」
ヘリテさんは、まるで他人事のように話していた。
多分、その言葉とここにこの書類がある現実は……マリエルが報われることを意味するんだろう。
だってそれは……マリエルが――最も望んでいたことだったから。
最初からシエラお嬢様とエルナお嬢様が仲直りするために、私はその書類を……盗んだんだ。
――これは、本当に色んな事情が絡み合って起こってしまった悲劇だった。
本当に親しく思っている人を守ってあげようとしたために、全てを巻き込んでしまったのかもしれない。
だから、今私たちは時を越えてこれを終わらせようとしている。
もっともらしい形で、全てを。
――結局、書類は私たちが持ち帰ることになった。
ヘリテさんには、何度もお礼を言って挨拶して、お土産ももらって別れるのが本当に辛いくらいだったけどね。
……と、そんなわけで、ヘリテさんの家にあったお花を少しだけ貰ってきた。
「クレア、バス停ってあっちだよね?どこ行くの?」
「ん、ちょっとね」
ちょっと行かないといけない場所が。
……うん、ちょっとだけね。
しばらくプレーヴェの町を歩く。
時折少し強い風が吹いてきて、気持ちがいい。
ここは標高も結構高いので、風も涼しいし、空気もいい。
だから……たまたまリュミエール家の別荘だったけど、この町が好きになった。
私は……だからこの場所で――
「ルーシェ、着いたよ」
「ここって……墓地だよね」
「うん、なんか複雑な気分だけど花でも手向けようと思って」
墓標の前には『Mariel Lemercier』の文字。
かなり霞んでいて、かなりの年月がたっていることが分かる。
なんとなくいい気分じゃないけど、これも礼儀なのかもしれない。
私は、花をそっと墓石の上に置きながら手を合わせた。
ルーシェも同じようにしていたけれど、ルーシェにとっても複雑な思いだと思う。
……でも、本当のことを言えばやはり、報われた気がする。
私はマリエルで、マリエルは私なんだとすごく実感がわいた。
言葉じゃ表現出来ないような感覚。
そんな気分を味わいながら、私たちは二人延々と手を合わせていた――




