Section44
Sierra
ディジスに着いたはいいけれど、これからどうすればいいんだろう。
……何をしていいか分からない。
マリエルは馬でここから1週間かかってブロンシェルへ行くと言っていたけど……
いろいろと任せっきりだけど、私は自分の出来ることをしたいと思う。
でも……やっぱり何をすればいいんだか分からない。
そもそもここまで来れたのだってマリエルの言うとおりにしてきたからだよね。
でも今は自分で見栄を張って空回りするよりも、マリエルが言うことをよく聞くべきだと思う。
そう思いながら私はマリエルに聞いた。
「マリエル、これからどうするの……?」
マリエルは易しく微笑みながら言う。
「大丈夫ですよ、食べ物を探して馬を探すことが出来ればブロンシェルまで一直線です」
それは確かに一直線かもしれないけど……
……それが難しいんだよね。
大体そんなに都合よく行くのかな?
こんな状態だし、馬なんて見つからないかもしれない。
それに、食料だってこの小さな町にたっぷりあるなんて思えない。
私はそんなことを考えながらまたマリエルに聞く。
「そんなにうまくいくかな?」
「私が約束します、それにブロンシェルは戦争によって荒廃はしているかもしれませんが、現在シュヴァルツと戦争をしているわけではないのです」
「じゃあ、ブロンシェルへ行ったら安全ってこと?」
「安全……までとは言い切れませんが、少なくとも今よりは楽になると思います。なので、それまでの辛抱です、お嬢様」
確かに安全ではないとは思うけど、何より私の目的はエルナに会ってちゃんと話をすることだ。
それに、ブロンシェルへ着けばアネットの別荘を借りられるはず。
そこまで行き着けばなんとか……なると思う。
でも、今はマリエルの言うことを聞くんだよね。
たぶん私よりマリエルの方がいろいろ知ってると思うし。
「うん、分かった。マリエルガ言うことだし、信じる!」
そう答えて私はマリエルと一緒に歩き出した。
――しばらくして、なんとか馬と食料は確保することが出来た。
すぐに出発してもよかったけど、マリエルは私のことを気遣ってくれたみたいで、一日だけディジスで泊まることにした。
途中でシュヴァルツの情報を耳にしたけど、まだディジスのほうには来ていないみたいだった。
それに聞いた話だと、シュヴァルツの軍は確かにアルジェントと戦争中ではあるけれど、民間人を虐殺したりとかまではしてないとも聞いた。
だからエルスリール家の使用人たちは無事であってほしい。
どこまで本当かは分からないけど、私が見た限りでは、ラトフィアから逃げるときも民間人を虐殺したりと言った感じではなかった。
(――でもやっぱり今日は疲れた……)
ラトフィアから何時間も走り続けて逃げてきたんだから疲れるのも当たり前かもしれない。
だけど、本当はこんなところで立ち止まっていてはいけないのも分かっている。
それだけ必死になって逃げてきたんだから。
……だからどこかで気を緩めることがないようにしよう。
と、何かと色々時間がかかってしまったので、もうそろそろ日が暮れそうな時間帯になってきた。
早く泊まる宿を探さないと。
「お嬢様、急ぎましょう日が暮れてしまいます」
考え事をしている間にマリエルに話かけられた。
マリエルも同じことを考えていたみたい。
「そうだね、じゃあ急ごっか」
私がそう答えた――時だった。
突然、後ろで街の人の悲鳴が銃声とともに聞こえてきた。
逃げ惑う人々の悲鳴と、鳴り止まない銃声。
たった半日前のことなのに、一時でも忘れていた。
……振り向くと悲鳴を上げて逃げていた人たちが……血を流して倒れている。
民間の人が殺されている。
私も早く逃げないと。
そう思った私は後ろから迫る軍から私は闇雲に逃げる。
気づいたら銃声が鳴り止まなくなっていて、私はまた走っていた。
これは……虐殺だ。
街の人々も、女も子供も関係なく銃を撃ってくる。
(――とにかく、今は逃げなきゃ……)
そうだ、今は逃げないといけない。
今から馬で逃げればこの場は振り切れるはず。
あれ、そういえば……
――マリエルが、いない。
どこに行ったんだろう、もしかしてさっきはぐれた?
どうしよう……
後ろからは次々と銃を撃ってくる音が聞こえる。
……怖い。
いつ死ぬかわからないのがすごく怖い。
マリエルはどこへ行っちゃったんだろう、一人だとすごく心細い。
いつはぐれたんだろう……
銃声が聞こえたときはいたと思う。
私が動揺して少し走ってきたからそのときにはぐれちゃったのかな……?
街の人々の悲鳴が聞こえる中、敵の軍はどんどん距離を詰めてくるのが分かる。
(――このままじゃ確実に追いつかれる……)
死にたくない……
このまま追いつかれても死ぬだけ。
そう考えて私は近くの路地に逃げ込んだ。
……とりあえずここで凌ごう。
足は疲れてあんまり動かないし、マリエルとははぐれるし、私どうすれば……
「やっと見つけたぞ」
(……え?)
――どういうこと……
あれは、この前シュヴァルツ側と会談した時の……
一体どういうことなんだろう。
「エルスリール家の……探したよ全く……」
「これはどういうことなの」
私は一応質問してみる。
「どういうことも何も、見て分からないか?」
見て分かるわけがない。
こんな状態になってだけど、自体がさっぱり分からない。
「シュヴァルツは電撃戦を仕掛けた、俺らはそれに乗じただけだ」
乗じた?
と言うことはこの人たちはシュヴァルツの軍じゃないってこと?
……分からないけれど、確かにシュヴァルツの軍は虐殺のようなことはしなかった。
でも、今目の前にいる人たちは……民間の人々も容赦なく殺している。
「まさか、私と会議をしたのって……」
「察しがいいな、顔を覚えておくために前回は話し合った……それだけのことだ」
そういって銃をおもむろに取り出してきた。
そこで私は気づく。
(……私、殺されるんだ――)
「あなたたちはシュヴァルツの軍じゃないってことは、誰かに雇われてるってことね」
「雇われていると言うよりは、暗殺の代行のようなものだな」
――暗殺ね。
そんなに私は誰かに恨まれてたのかな。
「誰に頼まれたの」
「それを教えるはずがないだろう、もっとも教えたところでここで死んでもらうがな」
まあ、そうだよね。
マリエルがこんなときに助けに来てくれれば……良かったのになぁ。
……私は殺されるというのに、なぜかやけに落ち着いていた。
「お決まりだがエルスリールのシエラ候、最後に言う言葉はあるか」
――終わり、か。
こんなことになるなんて……思ってもいなかった。
「そうね、強いて最後に言うならあと少しだけ生きたかった、かな。伝えなくちゃいけないこともあったしね」
「残念だがそれは通らないな、シエラ候」
「……そんなこと分かってる、この状況で逃げられるなんて思ってない」
「それは理解が早くて助かるな、それじゃあ残念だがここでさよならだ」
ここで終わり。
――には、させない。
私は隠していたマリエルから渡された銃を取り出して……発砲した。
咄嗟のことで弾は当たらなかったけど、周りにいた人たちは怯んで動きが止まる。
後ろの路地から抜けれるはず。
それを横目で見て、私は全力で走り出した。
路地を抜けてまた細い道へ入る。
その道も抜けようとしたときに……マリエルがいた。
「……お嬢様っ!」
いきなり私を見つけたマリエルは、私の名前を呼びながら抱きかかえてくれた。
「……遅いよっ……マリエル」
「何があったのですか!?先ほどから銃声が聞こえますが……」
私はその質問に簡潔に答えた
「……私を殺そうとしている暗殺者がいるの、シュヴァルツの軍じゃない」
「――まさか、そんな……はずは」
私がそういうとマリエルは今までに見たことがないくらいに動揺していた。
何か思い当たる節でもあるのか、とても青ざめている。
「マリエル、何か知ってるの?」
「……お嬢様、今はとにかく逃げましょう!」
私のその質問には答えてくれなかった。
だけど今は逃げることの方が先。
そう思って、今まで通ってきた細い道を抜けた、時だった。
後ろから銃声が聞こえて、私は倒れこんだ。
何が起きたのかが分からないのも束の間、左足に激痛が走る。
マリエルが振り返って、また私を抱きかかえた。
そして……そんな私を見ながらさっきの暗殺者のリーダーの人は私に言う。
「……この状況で逃げられるはずもないといったのは貴女だったはずだがな。シエラ侯、貴女を逃すわけには行かないのだ」
「……っく」
口にしようと思った言葉が痛みのせいかうまく出てこない。
「さあ、終わりにしようか。我々もここに長くいるわけにはいかないからな」
ここで銃を撃っても相手は数十人いる、勝てるはずがない。
それに、足も撃たれてしまってもう身動きが取れない。
……足から流れてくる血を見ていると私の頭をぐちゃぐちゃになっていく。
痛みがどんどん広がっていって、頭が回らない。
そんな中で、マリエルは私のことを必死に呼びかけていた。
「お嬢様!しっかりしてください!」
マリエルはやっぱりこういうときになると動揺していた。
……だからこの状況がまったく理解できていない。
何故か、そんなマリエルのことを考えていたら、いつの間に私の方が落ち着いていた。
この状況を考えれば分かる、私とマリエルじゃこんな数十人相手に勝てるはずがない。
だから――私は言わないと。
「……マリエル、今すぐ逃げて」
「何を言っているんですか!お嬢様を助けます!」
「こんな状況じゃもう無理だよ……それにマリエルはいろいろと知っているんでしょ?」
気になっていたことがあった。
もともとエルナと私を合わせて話をしようと言ったのはマリエルだった。
それだけではなく、戦争のことやそれぞれの国のこともマリエルは良く知っている。
……でもそれは、私には伝えられないことだった。
だからマリエルは私とエルナを直接会わせてから、すべてを説明するつもりだったんだと思う。
「お嬢様、気づいていたのですか……」
「当たり前だよ……これだけ一緒にいるんだから気づくよ」
私は激しい足の痛みをこらえながら続ける。
「みんなが知らないことをみんなにもっと伝えてあげて、マリエルが隠していることってそういうことなんでしょ?」
「……しかし、お嬢様!この事はお嬢様の――」
マリエルがすべて言い終わるより前に、暗殺者のリーダーが叫んだ。
「話はそこまでにしてもらおう!長話を聞いている暇はない。それではシエラ侯、さらばだ」
そう言われると共に、胸に向けられた銃口を前にして、私は静かに目を閉じた。
――パーン――
わずかに聞こえた銃声は黒く沈んでいく意識の中に消えていった――




