後編
改めて読みなおすとやばそうな表現が多々あったので、長くなりましたがちょっとストーリーを変えました。
後編のここで完結です。詰め込めるだけ詰め込んだので、長いやも…
ところで僕の名前はピート。
平民どころか孤児なので名字はない。
よろしくお願いします。
皆の隣人で有名な某蜘蛛男とまるっと同じに思えるスーパーパワーを手に入れてからは、誰かにバレたら名前までパクりではないかと気が気じゃない。
今世で某コミックを知っている人はいないと思うので一安心だけど、能力のことを知った後しばらくは名前を呼ばれるたびに心臓が止まりかけた。
それはさておき
手首から蜘蛛の糸が出て、いろんな能力が上がったと知って、それはもう大変だった。
コミックの主人公が自分の部屋の中で、知ったばかりの超能力を制御できずに自分の部屋の中ですったもんだする様子は本当だったのだ。
とはいえ、僕の大変さはまた別方向。
彼は個室だったが、僕は孤児院の大部屋。
夜、悪い夢をみたらうっかり飛び跳ねてしまい、天井に張り付いてしまった。
周りは寝たままだったのでバレなかったけど。
昼、孤児院の自給自足用の畑を耕す手伝いをしていたら、大人の倍の動きを疲れなくできてしまった。
やっぱり体中が痛くなってきたかも、と蹲れば『張り切りすぎたのねえ』とおばあちゃんシスターは誤魔化されてくれた。
冒険者のおじさんと出会ったのは、このまま隠していくなら制御できるようにならなければ、と1人森の中であれこれしている時である。
狼の群れに襲われていたのを僕が助けた。それがきっかけで少しだけ話したのだ。
見るからにくたびれて、到底、剣の一振りもできないように見えるおじさんは昔はものすごい剣士で、あちこちの国から指名依頼が来るほどだったんだという。
けれど、その強さの理由が生まれつきの特別な魔法によるものと分かって、とある国で仲間を人質に取られ、色んな事をさせられた。
適度な休息を取らないと特別な魔法は使用者の体を壊していくのに、ろくな休息もないまま。
結果、全盛期のような力がなくなった彼は捨てられ、人質に取られていたはずの仲間はとっくの昔に逃亡していたことを知った。
もう何もかもが嫌になって故郷に帰ろうという時に僕に出会ったのだとか。
「オレの故郷はこの先にある村だ。高い山の間にある特産品なんて何にもない村だが、隠れ場所にはなる。何かあったら来い。今日の礼だ」
じゃあな。笑顔とは到底言えない、辛そうに笑ったおじさんはそう言い残して去って行った。
おじさんから壮絶な話を聞いてしまい、メンタルよわよわな僕はしばらく落ち込んだ。
騎士になりたかった。
スーパーヒーローは無理でも、こんなに力が強くなったのだから。
蜘蛛の糸と壁に張り付けることだけ隠せればいつかあの人にも会える地位にまで行けるんじゃないか。
そんな夢を叶えたら僕はどうなるのだろう。
もし叶ったら、叶った後この力がバレたら、僕の周りはどうなるのだろう。
おじさんからの話を聞いたら、夢が揺らいだ
森の中、1人でずっと蜘蛛の糸を無心で飛ばし続けて、的中率が100%になった時、孤児院で一番の年長者である先輩たちが働きに出た。
毎週日曜日、少ない給料だろうに孤児院みんなに服やお菓子を買ってくれる、良い先輩たちだ。頼もしすぎて、とても眩しかった。
森の中、木々の間を跳んで跳ねての移動の練習をし続けて、もう木の幹に正面衝突することがなくなった時、シスターたちの相談話を聞いてしまった。
子どもたちが増えて食べ物が足りないこと、もし誰かが熱を出したら薬代を出す余裕もないこと、領主様や他の貴族に頼んでもきっと援助はないだろうと肩を落とす姿。
(やめよう)
夢を諦めたのは初めてではない。だから心の痛みはそんなに辛くない。
せっかくファンタジーな世界に生まれたんだから『それっぽいこと』をしたかった。じっくり考えて悩めば、それだけのことだった。
勉強はやめなかったが前のように『騎士になる』と言わなくなった僕を見て、唯一話したシスターは安心したようだった。騎士になるためには王都に行って学校に通わなければならないので、そのためのお金をどうするのか、そもそも孤児が騎士になったなんて聞いたことがないので、気が気じゃなかったのだろう。
そんなものだ。いつでもどこでも、お金と戸籍が世界を回す。
冒険者のおじさんを助けた時以来、誰かを助けるために力を使う機会がないまま僕は年長者になり、郵便局の配達人の職についた。
国営事業なので、ずっと現場担当だろうと孤児の僕には安定した職業である。ありがたい。
それにこの仕事は僕にぴったりだった。
この世界、魔法はあるのに移動は徒歩か馬なので、遠方に手紙や小包を出すだけでも時間がかかる。
緊急事態には何か手があると聞いたけれども、通常なら翌日には届かない。
道中、狼や魔物に襲わる可能性があるため危険度は増すのに、荷物を紛失したら責任は郵便局と送り主が折半だ。
人気があるのは郵便局の事務方のみであり、配達人になりたがる人はあまりいない。
なので、体力があって早く移動できる配達人は重宝される。まさに、僕にぴったり。
まずは孤児院のある街中の配達を、慣れてきたら周りの村や町へ、さらに慣れたらもっと離れた場所まで配達だ。
道なき道の森の中をスウィングして通ればあっという間に配達が終わってしまう。
魔物に追いかけられようが逃げられるし、狼や熊ぐらいならもう怖くなくなってしまった。
昨日はついに同僚たちからはどうやって配達しているのか詰め寄られたが、森の中を突っ切るのだと言えば『命知らず』と笑われながら肩を叩かれ、労われた。
若い内は馬鹿をやるもんだ、と笑う職場の先輩には申し訳ないが、おじいちゃんになるまでこの配達速度は緩まないと思う。
そうやって昨日の飲み会を思い出しながら夜勤の郵便配達を進めていく。
赤い空が暗くなったばかりの時間帯。
人混みのある道より屋根伝いをいけば20件なんてあっという間である。
屋根に人がいると思いながら普段過ごしている人なんていないから見つかったこともない。
「今日はこれで終了、っと」
真っ赤な詰め襟の制服に、前世でいうところの黒い警官帽。
茶色の革鞄を分厚くしてあちこち回るこの3年間は、騎士の夢を忘れてしまうほど充実していた。
明日は日曜日。郵便局も休みなので久しぶりに孤児院に顔を出そう。
この前の休みは遠方への配達と重なって顔を出せなかった。
珍しくボーナスを貰ったので子ども向けのおもちゃや服を買ったので、それを渡しに行こう。
「…いま、なんて」
がらんどうの孤児院の中、両腕にいっぱいのプレゼントがドサッと床に落ちて広がった。
涙を流す顔を両手で隠しながら、すっかりおばさんになってしまったシスターが語るには。
孤児院の運営が上手くいっていないことを教会の上層部に報告したら、全面的に支援をするためザニー伯爵が孤児院を買い取ったこと。
一安心したのも束の間、突然、伯爵の部下という人たちがやってきて、孤児院にいるほとんどの子どもたちが理由も分からないまま荷馬車に乗せられどこかに行ってしまったこと。
その手つきがやけに乱暴だったこと。
最後まで抵抗したが、女手ばかりのシスターたちにはどうにもできなかったこと。
やけに大きく鳴り響く心臓が全身を満たしているのに、頭だけは冴えわたっていた。
大きく深呼吸して、泣き続けるシスターの肩を掴み、かつて教えられた『隠れ家にはなる村』へ行くために旅の準備をするようにとお願いした。
「僕が子どもたちを助ける」
「そんな、伯爵様よ。ピート、あなたがなんとかなる相手じゃないわ」
「大丈夫だよ。こう見えて色んなところに知り合いがいるんだ」
嘘ではない。配達人をしているおかげで、あちこちに人脈ができ、確実に届けて欲しい緊急配達の時は指名も入るぐらいだ。
もちろんその人脈を使うつもりはないが、嘘ではない。
シスターたちを安心させるように一人ずつ目線を合わせて頷き、急ぎ足で馬車が走っていったという方向へ走り出した。
すっかり夜になった人がいなくなった森の奥で、手首から糸を伸ばし、木々の間をスウィングしながら前へ前へ。
車輪の跡は途中のガタガタ道で見づらくなったが、それでもまだある。
獣の群れの上を素通りして、小川を越え、隣の領地の境目に差し掛かったころ、ボロボロだが大きな家、古い屋敷だろうか、その前に荷馬車があった。
幌の張られている荷馬車は後ろが開いており、中に子どもたちはいない。
家の周りをそっと観察し、明かりがついている一階を最後にのぞき込む。
「ろくな美人もいないのに買い手がつくのかねえ」
「つくさ。鉱山の働き手とか、あっちこっちの下働きとかな。まあ、変な趣味に使われるやつもいるだろうが」
「うへえ、よくやるよなあ伯爵様も。罪になるんじゃないか?」
「買った孤児院の運営のために子どもたちを働きに出した。筋書はまっとうだろ?」
「筋書だけじゃねえか」
この国では人身売買も奴隷を持つのも犯罪である。
どうやら犯罪なのが分かっていてやっているクズたちらしい。
人数は5人。うん、僕でもなんとかなりそうだ。
子どもたちはどこだろう。大きな家だから地下室とかあるんだろうか。
(それより先に二階かな)
ろうそく一本も灯っていない二階を壁に張り付きながら一つずつ見ていく。
窓の全部に板が打ち付けられているからちょっと時間がかかったが、全員集まっている部屋を見つけた。
攫われた子どもたちの中で一番の年長者と目が合い、すぐに口元に人差し指を置く。
見知った僕が来て安心したのか、こわばったみんなの顔が緩んだ。
一人に窓の近くに寄ってもらって小声で話す。
「ここに全員いる?」
「うん。でも部屋の外に見張りがいるんだ。おっきくって強そうな男の人」
「わかった。みんな静かにね。窓から出よう。二人ずつおいで。下に降りたら、足音を立てないように、静かに荷馬車に乗るんだ」
「うん。……ピート兄ちゃん」
「ん?」
「助けにきてくれて、ありがとう」
「みんなの兄ちゃんなんだ。当たり前だよ」
窓を塞いでいる板をなるべく静かに外して、二人ずつ抱えて飛び降りた。
合計15人を降ろした後、そのまま待っているように、と。
家の中の男たちを追いかけて来られないようにしなければならないので、顔をそこらへんのズタ袋を被って家の1階に乗り込んだ。
拳で解決できることはものの数分で終わった。
部下の中に魔法を使える人はいなかったのでほっとしつつ、彼らや上司の伯爵が罪になるような証拠がないか探す。
どれだけ力を込めても開かない小箱と、伯爵からの指示書と思われる手紙。
それと、孤児院らしき名前のリストが見つかったのでそれだけ回収し、あっちこっちが蜘蛛の糸まみれになった部屋と、糸でぐるぐる巻きになって吊るされている男たちを見渡した。
「ちゃんと罪を償え」
怒りに塗れているものの、僕に人を殺す度胸なんてない。
待っている子どもたちを血に濡れた手で抱きしめる勇気もない。
たとえ捕まらなくても正体不明の男に負けて子どもたちを逃がしたってだけで伯爵から罰を受けるだろうし、今は子どもたちの安全が最優先。
ムームーなにかを叫んでいる男たちを無視して、荷馬車の傍に戻った。
そこからは急いでやらなければならないことの連続だ。
子どもたちを連れて冒険者のおじさんがいる山の間にある村へ。ここからなら二日あればいけるはず。
食料も水もなかったのでかなり無理をさせたが、無事に到着した村には僕のことを覚えてくれているおじさんがいて、子どもたちを快く受け入れてくれた。
お腹いっぱい食べている子どもたちの笑顔を見て、次はシスターたちのもとへ。
シスターたちと残った子どもたちにも最低限の休憩で無理をさせたが、無事に村へと送り届けた。
そして職場に無理言って休ませてもらった分を取り戻してから、ザニー伯爵について調べる。
孤児院に行ったら誰もいないことを知った孤児院出身の先輩たちが心配して僕に事情を聞きに来たので、僕も分からないと言っておいた。あちこち配達しながら情報を集めているとも。
(何も話さない方がきっといい)
どこでバレるか分からないんだから。
ぐ、と握った拳のせいで制服の袖の中が蜘蛛の糸でいっぱいになった。
孤児院の周りを伯爵の部下たちらしきが調べまわっている後をつけ、より確実な証拠を得られるように動いているとふと気づく。
(どこに、言ったら良いんだ…?)
すっかり忘れていたが、今世には前世のような独立機関の警察はないのだ。
そりゃあ治安を守るための警邏隊とか、領主様の騎士団とか、そういった組織はあるけれど。
『伯爵の罪』を『平民』が訴えてきちんと動いてくれる組織はない。人はいるかもしれないけど、組織単位はない。となれば貴族相手に直訴だが、貴族もまたピンからキリまでいる。
そもそも他の領地の貴族と敵対なんてできるんだろうか。
では領主に、と考えて、ううん、とうなる。
よくよく考えれば孤児院の支援を領主が行わずに伯爵が買って出た時点で、ずぶずぶなんじゃないだろうか。
それにたしかこの領地の領主は子爵だったはず。伯爵より爵位で負けている。
さらに孤児院の訴えにザニー伯爵を出した教会上層部も、ずぶずぶなんじゃ。
(身分社会、怖い)
写真一枚でどんな有名人や政治家も炎上し、信用や仕事がなくなる可能性がある民主社会が懐かしい。
やはりこんな身分社会では、人民の信頼を勝ち得て成り立つスーパーヒーローにはなれない。少なくともたった一人で社会の構造に立ち向かう度胸は僕にはない。
ぶる、と身を震わせながら、やはりどこに告発するかが肝だと理解した。
すぐ上の領主様はまずい。教会もまずい。となればいっそのこと王都に、いやいやいや、王都のどこに告発するっていうのか。さすがに配達したことのない地区に伝手はない。
困り切りながら、今日も今日とて調査と配達を同時並行でしていると、町の薬屋のおじさんが「そういえばね」と切り出した話に、感謝する日が来た。
「もうすぐ王太子殿下一行が視察に来るんだとさ」
「、王太子殿下が?」
「ああ。ほら、今年は小麦が豊作だったろう?」
「ええ、そう聞いています」
「他の土地は例年通りだったらしくて、何か差はあるのかって調べに来るらしい」
ま、しがない平民には関係のない話だな。と締めくくられたけれど、おじさんには心の中で大いに感謝した。
■
前もってできるかぎり王太子殿下の人となりを調べた結果、彼なら信頼できると思った。
告発する先は王太子殿下だ。しかも直訴でなければ意味がない。
どこに告発したら孤児院のみんなが安心して暮らせるようになるのだろうと、それだけで頭がいっぱいになって、暴走している自覚はあった。
それでもやり切らなければ、育ててくれたシスターたちに恩を返せず、子どもたちの笑顔を守れず、あのヒーローたちに憧れる資格すらなくなって、自分の価値がすべてなくなるような、そんな気がして。
某コミックにもあったじゃないか『大いなる力には大いなる責任が伴う』
やると決めたことをやり切るためなら、どんな異質な能力だろうとも、惜しんではいけない。
(よし、潜入成功)
ザニー伯爵に罰を下して欲しいと願っているのだから、僕が殿下の命を脅すのはだめだ。
今日、僕は『ザニー伯爵を罰して欲しい』と直訴する。
穏便に終わって欲しかったけれど、やっぱりそうならないよね、と肩を落とした。
「こんばんは、王太子殿下」
「!?」
「っ!誰だ、貴様!どこから入った!」
「その、ノックをしたら開いたので…?」
明るく挨拶をしたはずなのだけれど、当たり前に王太子殿下は護衛や側近たちに囲まれて守られ、僕から距離を取った。
応援を呼ぼうとしたらしいベルを持ち上げたので、慌てて糸を飛ばし、持ち上げている人の手ごとベルを固定する。危ない危ない。
「なんだ、この糸は!くそっ、取れない!」
「っ、顔を見せろ!怪しいやつめ!」
「あ、それはできないです。すみません」
「このっ、!」
だめだ。引け腰な話し方と、顔面黒マスクがアンマッチすぎてただの襲撃じゃない変な空気になっている。守られてる殿下も滅多にないことに困惑してるっぽい。
それに王太子殿下以外の人たちがぎゃんぎゃん騒ぎすぎて僕の話す隙が一切ない。
(うーん……、しょうがない)
手首から飛ばした糸の塊を、騒いでいる人たちの口に命中させる。量を少なくしたので鼻呼吸はできるはず。ナイフでも簡単には切れないけれども。
いつかの男の人たちみたいにムームー言うだけになったので、気を取り直して手を一つたたいた。手袋をしたままなので、ポン、という音だけになったけども。
「んんっ、失礼仕りました。えー、見るからに怪しい風体ですけども、決して、殿下に何かしようと思って来た訳ではございません。ここから動かないので、そのう、話を聞いていただけませんか。終わったらすぐに、ええ、すぐに出ていきますので」
「…一歩も動いていない状態で僕の護衛の口を封じていて、そう言われてもね。良いだろう、危害を加えるつもりがないなら、話ぐらいは聞いてやろう」
「ありがとうございます。ええと、では早速。話というのはですね」
ロングコートの懐に手を入れた僕を眦を吊り上げて身構えた王太子殿下に、慌てて両手を挙げて首を振る。
そうっとコートの留め具を外し、内ポケットに入れている紙束を見せるように前を開くと殿下が小さくうなずいたのでそうっと紙束を取り出した。
さっきから冷や汗だらだらである。逃げることはできるだろうけども、こんな交渉事、前世でだってやったことがないんだから、ぶっつけ本番にもほどがあった。
何より、護衛さんたちから放たれる無言の殺気がとても怖い。
違うんです、ある意味、僕のせいじゃないんです。
「ザニー伯爵は罪を犯しています」
「ほう?どんな?」
「人身売買」
【!!】
殿下たち全員が息を呑んだのが分かる。紙束を寄越せと手で指示されたので、自分でまとめた方だけ分割し、縦に丸めて投げた。証拠ごと渡すつもりはない。
口だけ塞がった護衛の一人が受け取り、中を確認して目を丸くしつつも王太子殿下に渡してくれたので、まず第一段階クリア。
僕のまとめた内容を順に読み始めた殿下は、金色の瞳を怪しく光らせながらも、書かれている内容に眉間に皺を寄せた。
「…よくまとまっている。読みやすく、わかりやすく、よく調べられている。文官たちにも見習わせたいぐらいだ」
「え、マジですか」
「まじ?」
「あー、えー、と、お気になさらず。平民の口癖です」
「、君は平民なのか?」
「はい。当たり前じゃないですか。貴族だったらちゃんとお話しに来ます」
「…そうだったか。たしかに、この話が本当だったら平民の君が告発する場所は限られる」
そうか…。と改めて紙束に視線を落とし、最後まで読み進めると視線を上げて僕の方を見る。
その時の瞳があまりに綺麗で、心臓を掴まれたかと思った。男の人相手なのに、心臓バックバクである。
「証拠は、その手に持っている方か?」
「はい。…ですがまだ、渡せません」
「なぜ?」
「ここには孤児院の名前が連なっています。おそらく、狙われている孤児院のリストでしょう。線が引かれて名前が消されているものは、もう…」
新たにリストだけを丸めて放った。一枚だけのそれには一つや二つどころか、片手では数えきれないほどの名前が連なっており、その名前があちこち横線で潰されている。
その多さに息を呑んで口元を手で押さえた殿下は、続きを話すよう、目線で訴えてきた。
さあ、ここからが正念場である。がんばれ、僕。
「そのリストにある孤児院にいる子どもたちをすべて救い、すべての孤児院を国が支援すると約束していただけるのであれば、証拠をお渡しします」
「…なるほど、それが君の『話』か」
「、約束していただけますか」
「確かに人身売買は罰すべき罪だが…少々望みすぎている。孤児院を支援する金銭は民からの税から来るんだよ。増えるばかりの孤児を支援していたら、キリがない」
「知っています」
「それでも同じことを望むのかい?」
「はい」
「なぜ?」
なぜ。なぜって、そんなの決まっている。
孤児院が狙われたのはなぜだ。金に困って食うに困っているからだ。
なぜお金に困ったのか。寄付金が足りないからだ。孤児にお金を払っても意味がないと考える人が多いからだ。
なぜ食うに困るのか。孤児院の子どもが多いからだ。この世界は前世よりもっと簡単に赤ん坊を、子どもを捨てるし、親が死ぬ。
死んだ親に愛された子もいる。親の顔さえ知らない子もいる。殴る親に捨てられた子もいる。
一人になった子どもたちが集まって、ある物を分け合うことを覚え、大人として自立していく最後の場所が孤児院だ。
少なくとも、僕にとっての孤児院はそういう場所だった。
一人の子どもが増えた責任は、本人にはない。あるはずがない。
ただ産まれただけだ。ただ痛い思いをしたくないだけだ。
ただただ、親のいる子どもたちと同じように、普通に生きていきたいだけなのだ。
その『普通』のために、僕はあと何ができるだろう。
子どもを助けた。シスターを助けた。証拠を集めた。仕事をした。あと少し。あともう一歩。
あと、差し出せるものといったら
脳裏に過る『使い潰される』という冒険者の忠告。
怖くはある。誰だってあんな話を聞いたら自分から手を上げたくはない。
けれど、せめて、助けたあの子たちが大人になる間までは、幸せに。
ちゃんと自分で幸せになれる時が来るまでは、僕が。
「僕は少し変わった力を持っています」
「、?」
「蜘蛛と同じことができる」
「虫の、蜘蛛かい?あんな小さな生き物と同じだからって「もし虫が人間と同じ大きさだったら、筋力は人間の何十倍にもなる」…は?」
「僕は大熊の一頭、ぶん投げたぐらいじゃ疲れないし、背中に目がついてるみたいに気配に敏感になる。上下左右を無視して体を張りつけられるし、今、護衛さんたちの口を塞いでいる糸はナイフじゃ切れない。忍び込むのだって得意だ。…どうです?」
調べ物向きじゃないですか、僕
今まで自分で気づいた能力値と、某コミックの豆知識を拝借して『僕』を差し出したら、わかりやすく王太子殿下たちは目を見開いた。
前もって王太子殿下の人となりを調べた時、忍び込んだ貴族の家で小耳に挟んだのだ。
今度視察するのは功績を上げて第二王子の派閥と一気に差を広げ、継承争いに決着をつけるためだと。
立太子したにも関わらず継承争いが起きているのは第二王子の派閥がどんどん追い上げているかららしいとは、王都への配達をした同僚から愚痴交じりに聞いた。
一気に差を広げたいなら情報の力がものを言う、と思う。
少なくとも前世はそうだった。そんな中で、経歴不明の、どこから出てきたか分からない、どうやって忍び込んだか分からない諜報員。喉から手が出るほど欲しいはずだ。
「暗殺以外なら、何でもしますよ」
暗殺なんて危ないことはしない慎重な人だと事前調査しているが、念のため条件を出してみる。
「そんなことはさせないが…良いのか?血のつながらない子どもたちのために人生を捧げるも同然なんだぞ?」
させんのかい。思わず心の中で突っ込んでしまった。
ちょっと気が抜けてしまったが、咳ばらいをして、その場でゆっくり膝をつき、殿下に頭を下げる。
右手と左手を胸の前で合わせる。
平民なら、物心ついて最初に教わる『臣下の礼』だ。これで伝わると良いけれど。
「子どもたちの笑顔に勝る未来はありません」
沈黙の時間がチクタクと続く。
頭を下げているので殿下たちの表情は読めないが、これ以上を求めるなら、もう交渉決裂で退散するしかない。
さすがに子どもたちも手を貸せ、なんて条件は受け入れられない。
結果としては、交渉成立した。
その場で魔法契約書というものが作られた。
魔法によって契約を交わし、契約を違反した場合はその場で失神後、契約相手の前に転移する。ようは現行犯逮捕を距離が離れていてもできるようにしたやつである。
そんな恐ろしいものがあるのかと驚いたが、貴族たちはよくやるらしい。
今まで身近に貴族がいなかったから知らなかったが、もしかしてこれからすごい魔法使いと対決したりしちゃったりするんだろうか。怖い。
・王太子が存命中は、孤児院に支援を続けること。
・暗殺を命令しないこと。誰かに指示されても遂行しないこと。
・もし敵に捕まった場合、一切関係ないとして救助はないこと。
・契約期間は一生。仕事を頼まなくなっても、契約は続く。
・互いの近親者、あるいは近親者に相当する人物に対して脅迫、あるいは危害を加えないこと。
これ以外に休みの設定やら給金やらが盛り込まれたので、タダ働きじゃないんですか、と言ったら怒られた。そんなことをする最低の人間にするなと結構本気で。
すみません。てっきり、ほら、おじさんが言ってたし。
契約するにあたって、サインをした後に顔を見せたら『よし』と頷かれた。
「潜入するには最適な顔立ちだ。整っているがどこにでもいそうな雰囲気が良い。名前は?」
「、ピートです」
「ピートか。僕の周りにはいない名前だな。怪しまれそうだから…うん、ピーターと呼ぼう」
「げふ」
それだけは勘弁して欲しかったが、天井人の王太子殿下に『名前が嫌です』なんて言えないので、しぶしぶ受け入れる。
契約書は互いのサインで締結され、光り輝きながら二つに分かれて片方は僕に、もう片方は王太子殿下の胸の中に入っていった。
これで誰にも契約の中身は読めないし、勝手に破棄もできなくなったそう。
「契約内容の変更は今後の活躍次第だな。良い働きを期待している。ところで」
お、さっそく依頼か?でも先に伯爵をどうにかして欲しい、と証拠を差し出す姿勢で止まると、王太子殿下が護衛たちの方を指さした。
「彼らの口、解放してあげてくれないかな?」
「、でっ、すよねー…」
ふがふが言うしかできていなかった護衛たちの口から糸を引っぺがす。何本か髭も一緒に持っていかれたようで恨みがましい目で見られたが、許して欲しい。
僕の糸は某アメコミ映画の2代目3代目みたいに、2時間したら勝手に溶けるものじゃないのだ。
■
「ピート兄ちゃんだ!」
「みんなー!ピート兄ちゃんが帰って来たよー!」
「おかえりなさい!」
「おかえりー!」
新顔も増えた孤児院の子どもたちが、僕が来るやいなや飛びついて足を登ったり腕にぶら下がったりする。
きゃあきゃあと楽しそうな子どもたちをそのままに『うおー!』とうなり声を上げれば、さらに楽しそうな声が上がった。
あの日のことがトラウマになっている様子もなく明るい顔なので、うん、と満足する。
王太子殿下と交渉してから、僕があんなに悩んだ時間はなんだったんだというぐらいザニー伯爵はあっという間に捕まり、あらゆる場所が芋づる式に罰されることになった。
ついでに孤児院のある領地の領主も変わった。やはりずぶずぶだったか。
隣国の方が買い手だったようで外交方面でも問題があり、配達の仕事はしばらく隣国が宛先になった僕だが、メンタルよわよわな僕が腹を決めた甲斐あって、この国に有利な情報を持ち帰ることができた様子。
(配達人の仕事をしていると伝えた時は物凄く喜ばれたなあ)
どこに行っても怪しまれない仕事じゃないか!とまで護衛さんたちまで喜んでいた。
なんでも、護衛さんたちも情報収集はできるが潜入の訓練は受けていないうえに、貴族家出身なのであっちこっちの家に侵入もできない。
忍者みたいな、暗殺者みたいな、そういう部隊があるのではないのかと素直に聞いてみたら『いつの時代の話をしているんだ』と全員に呆れられた。昔の話らしい。
詳しいことはわからないが、調べもの専門の僕ができたことで王太子殿下の功績は急上昇。
ついでに犯罪ギリギリ一歩手前なことをしていた第二王子殿下を脅すこともできて、もう継承争いは鎮火したそうだ。良かった良かった。
そう思った矢先
「妹の婚約者候補について調べてきてくれ」
「…えー、妹君とおっしゃいますと、どちらの」
「上の方だ。神聖国の第3王子との婚約が検討されている」
「なるほど。神聖国。お気持ちは分かりますがあの国は郵便局の配達地域外でして僕が行くのはちょっと「わかっている。だから郵便局の長期休暇を取るよう手続きをしてある」…ワア、ハヤーイ」
「君にしか頼めないんだ、ピーター」
「うっ」
「どうか奴の小さな欠点の隅々まで調べてきて欲しい。大きくてもいい」
「…殿下」
「なんだい?」
「妹君の未来は応援するのが兄というものですよ」
「違うな。妹の道を綺麗にならすのが兄だよ。どれだけ素晴らしい人柄と噂でも、どれだけ見目麗しい肖像画だろうと、変な性癖の一つや二つあるはずだ。よろしくね」
我が国の王太子殿下はシスコンだったらしい。
諦めて泣く泣く行った神聖国だが、旅行気分で行くんじゃなかったと後悔している。
まさか僕の体を魔物と融合させようとした錬金術師の生き残りがいて、まさか『体を強くする代わりに感情を暴走させる薬』を作っていて、まさかそれを飲んだら全身緑の巨人になった人が暴れ出して、さらにまさかのまさか、その解決のために第3王子と関わることになるとは、思ってもいなかった。
だから、著作権は???
沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
とても励みにさせていただいています。




