前編
息抜き短編のつもりで書き進めていたら長い上に著作権ギリギリかもしれないものができてしまった…。
前後編の前編。
後編まで書き上げていますが、ダメなワードがないか入念にチェックしているため、時間差で投稿します。
スーパーヒーローとは超人的な頭脳や超能力で、愚直に真正面から悪に立ち向かい、人々を救ったり、法を犯す悪漢を倒す人のことだ。
ヒーローでない時は普通の人として生きているため、変身能力じゃない限りマスクで素顔を隠す人たちのことだ。
そんな正義の味方に、この世界で生まれたからには『なれる』と思っていた
魔法がある。剣がある。
RPGそっくりの町並みに、海賊が出てきそうな港街。
山は高く、森は深く、隣町に行くのも苦労するそんな世界では、何よりお金と権力が物をいう。
そう教えてくれた、引退した冒険者のおじさんは自分の経験を話し、最後に真剣な目で小さい僕の肩をそっと抑えた。
「その力は確かに人の役に立つ。でも隠せ。力を使う時は絶対に顔も、名前もばらすな。貴族たちに見つかったらお前の大切な人たちを捕まえて、お前を死ぬまでこき使う」
故郷に帰るという、やけにくたびれた顔をした彼の精一杯の忠告だったのだろう。
見た目だけは子どもの僕を心配して分かりやすく言ってくれた忠告は、中身がとっくに大人だった僕には深く突き刺さった。
そうして知ったのだ。
王族がいて、貴族がたくさんいて、平民はもっとたくさんいて、それぞれの階級の中でまた差がある身分社会のこの世界では、スーパーヒーローにはなれないと。
(それでもね、おじさん。皆は無理でも、大切な人たちぐらいは守る力はあると信じたいんだ)
厳重に厳重を重ねた、王侯貴族専用の大きなホテル。
その最上階である5階。
3部屋しかないフロアのその中央にいる、平民では絶対にお目にかかれない見事な金髪をした若い男がターゲット。
若い男のいるカーテンはぴっちりと閉じ、寝る間近ではあるものの、まだ起きているのだろうことが窓の隙間から漏れている蝋燭の光で分かる。
耳を澄ませば、今日の視察で見たこと聞いたことの報告会をしているようだった。
雑談混じり。
それはつまり身近に信頼している者しかいない状況であり、一番リラックスしている状況でもあるということが分かる。
気合いは十分。恐怖はちょっと、いや、四割、嘘、八割。
我ながら無謀な賭けをしているとは分かっているが、これも全て、孤児院の子どもたちを人身売買のために連れ去られないため、シスターたちにこれ以上苦労をかけないため。
ちゃんと懐に交渉材料があることを確認し、頭の上でニット帽のような形になっていた黒い布を首の下まで引き下ろした。
ちょっと視界は悪くなるが、向こう側が透けて見えているし問題ない。
ホテルの5階と同じ高さにある塔の屋根の上、その先端に真っ直ぐ立ち、大きく息を吸って両手首から蜘蛛の糸を5階のバルコニーに向かって放出する。
途切れることなく無事にへばりついたのを確認して、いつかの映画で見たように体をぐぐっと後ろに丸め、その反動で前に跳んだ。
原理としてはパチンコである。
こういう使い方はしたことがないので着地できるか不安だったが、なんとかホテルのバルコニーに着地できた。
ふう、と小さく息を吐き出して、不法侵入にはそぐわない軽快なノックをする。
一気に室内から感じる雰囲気が張り詰め、剣か何かを手にしたのであろう音がした。
(お願いだから話を聞いてくれ…!)
縋るような思いで、警戒心MAXながらも開いた窓の隙間からするりと室内に潜り込んだ。
■
生まれ変わる前の僕は某スーパーヒーローのコミックが大好きだった。
ハイテク技術を駆使したスーツに憧れたし、雷の神を名乗る宇宙人は筋肉隆々で羨ましかったし、怒りにまかせて暴れまくる緑の巨人にはワクワクした。
ド定番に、マスクで顔を隠して日常を過ごしているひとたちを助ける蜘蛛男も、目が見えなくとも夜な夜な仇を討ってくれるマスク男も、大好きだった。
カードを操るフランス訛りのヒーローが映画に出てきた時は、少ない給料で珍しく買ったポップコーンが膝の上で飛び跳ねて三分の一が映画館の床にこぼれ落ちたのを覚えている。
それぐらい生まれ変わる前の僕は悪に勝ち、貧富に関係なく人々を助けるスーパーヒーローが好きで好きで憧れて、できることは小さくともせめて近くの親しい人たちぐらいは助けられるようにと心がけた。
(その結果、子どもをかばって死んだし、なぜか生まれ変わっているけれども)
生まれ変わる前の僕は日本生まれ、日本育ちだったけれど、それはもう、運のつき、という親の元に生まれた。
父親はヤクザ崩れのチンピラ。母親のお腹に僕がいる時に借金で首が回らなくなって一人逃亡した。
母親は枕営業を厭わないために人気だったキャバ嬢。僕を産んで、手元で育てようと決意したようだけれど、意思が弱い人で結局僕を殴る蹴るの嫌な人になってしまった。
母親もまた借金をしていたようで、借金取りに連れ去られてからの5歳の僕は行政に見つけられて施設に預けられ、そのまま誰の養子にもならずに成人し、施設の職員になった。
様々な事情で預けられる、内外問わずの傷を抱えた子どもたちの面倒を見るのは正直大変だったけれど、気の抜けた笑顔を見られるならやりがいがあった。
自分が根っからの善人であるなんて思わない。
ろくでもない両親から生まれたろくでもない自分なのだから、始まりは自己満足だったと断言できる。
それでも
子どもたちの切り傷一つ治れば、憧れのヒーローに近づいた気がした。
子どもたちの心からの笑い声を聞いたら、自分もヒーローになれた気がした。
正しいことをしたら、自分も正しい存在だと思えたのだ。
フィクションの存在であるともう大人な僕は知っているけれど、あのスーパーヒーローたちがいたから自分はまともになれた。
とてもとても、言葉では言い表せないほど、とんでもなく感謝している。
だからってわけじゃないが、多大にスーパーヒーローに影響されてしまった僕は、生まれ変わる前の最後に、車道に飛び出してトラックにひかれかけた男の子を助けようと無我夢中で飛び出し、あの男の子の代わりにトラックと正面衝突した。
多分歩道まで突き飛ばせたと思うのだけれど、すぐに視界が暗くなったので分からない。
もちろん前世の僕にはなんの超能力も神から与えられたパワーもないので、当たり前に痛みの中死んでいった。
あの男の子のトラウマになっていないと良いな。
と、そこまで物思いに耽って生まれ変わった自分の小さな体が石の台座に縛り付けられている状況に気づき、どうにかせねばとミミズのように暴れてみる。
(ものすっごくピンチな状況で前世を思い出してしまった)
日本人たるもの生まれ変わりというやつはすんなりと受け入れられる。
受け入れられるのだけれど、前世でちまちまと徳を積んだはずなのでもう少し、せめて平和な農村とかに生まれ変われなかったのだろうかと、いるかも分からない神様を恨んだ。
ざざざざ、と走馬灯に思い出せる10年分の記憶を振り返るに、やっぱり今世の僕もついていないらしい。
だって、もの凄く気分が悪いのに何かの儀式のための祭壇の中央に大の字で縛り付けられているのだから。
最初は平和な農村で生まれたけれど、盗賊か、戦争か、何かに巻き込まれて村は焼け落ち、生き残った子どもたちは黒いフードを被った誰かにまとめて連れ去られて牢屋行き。
最低限の食事は出たけれども、牢屋の外へ1人ずつ消えていく同年代の子どもたちの叫び声が聞こえてきたので、まともに喉を通らなかった。やはりついていない。
とうとう自分の番が来て、黒いフードの人に牢屋から連れ出されて、なけなしの服を剥ぎ取られて、あちこち固定されて。
断片的にしか思い出せないけれどもスプラッター的に大変、ものすごく、とてもとても痛い思いをして、気づいたら1人だけの牢に入っていたのだ。
何かの実験台になったのだろう。
そして、成功したのだろう。
なんせ黒いフードの人が嬉しそうに何かを言いながら拍手をしていた記憶があるので。
1人になってから、なぜだからあちこちから微細な音が鼓膜を揺すって吐き気が止まらなくなった。
めまいも追加されて耐えきれなくなって、苦しくて、拳を作って暴れれば牢の石壁を砕いた。
ろくな栄養を取れていないから骨と皮だけの手と腕なのに、である。
暴れたその日から手足に鉄枷がはまり、そこから聞こえるチャリチャリという音がやけに大きく聞こえるものだから、また気持ち悪くなって何も吐き出せるものがないのに嘔吐いていた。
黒いフードがやってきては何かを確認して去って行く。
そんな日々がどれぐらい続いただろう。
時間の感覚が無くなるぐらい苦しい日々が続いた時、突然連れ出されて祭壇にくくりつけられ、いやーな響きの呪文が脳を揺らし始めたのだ。
その結果、前世の記憶が一気に蘇って今に至る。
(やばいやばいやばいやばい!黒魔術!?だっけ!?それか!?何か召喚してますか!?でかいタコくる!?イカだっけ!?)
施設の子どもたちの影響で都市伝説や学校の七不思議みたいなオカルトに触れたものの、学者並に詳しくなったわけでもないので朧気な記憶がさらに焦らせてくる。
祭壇、黒フード、よく分からない呪文、しかも暗い部屋。たぶん地下。
そこまで揃えば黒魔術の儀式に違いなく、生け贄が必要なレベルの世界の危機である。
何も知らないまま、自分きっかけで世界が滅ぶとかそんなの嫌すぎる。
すっかり喉が枯れているので叫び声は出なかったが、渾身の力で暴れまくっていたらなんとか片足の縄が外れた。
重い鉄枷はさすがにそのままだったけれども、もういっちょ暴れてやるぜ、と元気なミミズのように四方八方に暴れまくっていると、突然、部屋が明るくなった。
「そこまでだ!」
「教会の騎士団だと!?なぜここが!?」
「禁忌を犯した錬金術師ども!もう逃がさんぞ!」
輝く鎧をフル装備した大人たちが一斉に雪崩れ込んできて、呪文を唱えていた黒フードたちを手当たり次第に捕えていく。
しっかり口を塞いでいる辺り、何かの対策がバッチリなので因縁がある様子。
なにはともあれ、頭を揺らしていた呪文が止まったし、助けが来てくれたようなので暴れる必要は無くなった。
全ての黒いフードが捕まった後、騎士団のリーダーらしき人が僕を縛っていた縄を切ってくれる。
部下の人がどこかから見つけてきた鉄枷の鍵を差し出したので、ついでとばかりに僕の手足から重さはなくなった。
一安心である。
「もう安全だ。よくがんばったな」
黒い髪に黒い瞳。
顔立ちは西洋人って感じだったが、今一番安心できる色合いをしたリーダーさんに頭を撫でられると、あらゆる感情が一気に溢れてきて、涙が止まらない。
こんな僕でも助けにきてくれるヒーローはちゃんといるのだ。
運がついていなかったけれど、ついている。
その後、僕は黒魔術集団の…実際は錬金術師たちだったようだけれども…被害者として地方の治癒院に入院し、完全に体が健康体になったところで病院の近くにある孤児院に預けられた。
なんでも、僕の身に降りかかった不穏な儀式は何かを召喚していたのではなく、檻になっていた祭壇の中の魔物と人間の体を融合させようとしていたらしい。
そんなファンタジーな。ファンタジーな世界だけれども。
魔物と人間の融合は倫理的にもアウトだが、融合した後の精神は魔物寄りになってしまい、なぜだか身体が超強くなってしまうらしく、暴れたらもの凄く危険。
もし儀式が成功していたら僕は危険な処分対象としてあの場でバッサリだったと、治癒院のおじいちゃん先生が『よかったねえ』と飴玉をくれた。
よくはない。ギリギリセーフである。
事件の大まかな流れを聞いた僕は騎士団のリーダーさんにきちんとお礼が言いたかったけれど、事件の解決報告のためにとっくに王都に戻ったらしい。
預けられた孤児院からお礼の手紙を出したら、砂糖がたっぷりまぶされた焼き菓子を孤児院にいる全員分いただいた。
そうなったらもう、将来の夢は『王都で騎士になる』一択である。
アニメやコミックのように、努力をして、修行をして、強くなって、いつか騎士団のリーダーさんみたいに強く優しい騎士になるのだ。
お世話をしてくれる優しいシスターだけにこっそり言ったら『じゃあ勉強をがんばらないとね』と微笑んでくれたので、やる気は十分である。
けれど
勉強するため、孤児院にある本を片っ端から読んでいたら『それ』は起きた。
読んでいたシリーズものの歴史の本、その次の巻を取ろうと脚立の上に立って次の巻に手を伸ばした時である。
古い脚立が限界を迎えて、バキッと割れた。真っ二つに。
10才の体だ。階段を数段はずして落ちるような衝撃で怪我をすることはないだろう。
痛いだろうけど大丈夫。
瞬時にそう把握してやってくる衝撃に身構えるが、一向にやってこない。
やってこないどころか気配を感じない。
(…?実はそんなに高さが無かったとか?)
落ちたと思ったが落ちてなかった。あるある。
1人焦って恥ずかしいなあ、といつの間にか閉じていた目を開くと、目指していた本棚の段が目の前にあるままだった。
脚立が割れていなかった、なんてことはない。だって足元には脚立の残骸が残っている。
浮いている。足が。体が。
いやちがう。
つるされている。何に。
上へ伸びている白い縄に手首だけ絡め取られている。
いつからそこにあったか分からない、天井から垂れている白い縄が自分の手首に絡まり、宙ぶらりん状態。
………いや、ちがう。
「…え?」
自分の手首から、糸が、出ていたのだ。しかもその糸が天井にへばりついているのだ。
その光景を見たことがあった。今世ではない。前世の映画館で。
でもあれはフィクションのはずだ。作者が『こんなヒーローがいたらいいな』と思って作り出した、大都市に住む皆の隣人である。
「は?」
その声と共に糸が切れて僕は落下したが、何かありましたか?というぐらい自然に着地できた。衝撃すらない。
まるで自分の思考と体が別々になっているみたいに感じる、反射神経。
そして今この瞬間からあちこちの音を拾い出した超聴力。
無言で人差し指を立て、近くの本の背表紙に当てれば、本を掴んでいないのに本を引き出せる、ひっつき力。
知ってる。これ知ってる。読んだし見たよ。めちゃくちゃ知っている。
これあれ、あの、蜘蛛に噛まれて超能力を得た新聞記者の…!
昨今では世界を救っちゃう系の、彼と同じ、あの、あれである。
「…………………著作権は!!!???」
なぜ自分にこんなことが起きたのかまるで分からなくて色んな思いが爆発した結果、口から飛び出したのは、身分社会の今世では通じないであろう、人民の権利だった。
初・男主人公!
最初は女の子にしようと思いましたが、某アメコミから離れようとしたら女郎蜘蛛のイメージになってしまったのでやめました。




