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7話 頼れるアニキ


勢いよく開いたフロアのドアの音ともに、

ユナにとっては、やけに聞き覚えのある男の声がフロアの凍りついた空気を切り裂いた。

 

「おっはよー!!あれ?リョウじゃん!なんでここにいんの!?」

 

30代くらいの体育会系のスポーツマンと言った感じ風貌の男が、リョウの姿を見つけるとパタパタと駆け込んで、リョウの肩にポンッと手を置いた。

顔も姿もあまり見覚えがないが、声だけは妙に聞いた事がある感覚があった。

この声……どこかで……?


「!!」

リョウはビクッと肩を跳ねさせた。


「何やってんだよお前!6階に用なんかないだろ!って……あれ?」


男がユナに目をやり、2人の間に流れる微妙な空気を察知したようだ。

ポンッと自分の拳をたたいて、頷いた。


「あ!君が噂の佐藤さんかー!俺吉田!吉田和人ね!一応SONICの専属通訳やってる!」

 

ニカッと人懐っこい笑顔を浮かべ、吉田はユナに手を差し出した。

ユナの中で歯車が噛み合う感覚があった。

狂うほどに見たSONICのライブのDVDや、生放送、テレビ取材。

その脇で、ジュニルおよび他のメンバーの通訳をしていたあの人だ。まさか同じ部署だったとは。


「あ、よろしくお願いします。佐藤ユナです。」

ユナは慌てて差し出された手を握り、挨拶をした。

 

「うんうん!わかんないことあったらなんでも聞いて!」

ユナにニッとした笑顔を向けるとすぐさまリョウに向き直った。

 

「つーかリョウ、お前やりすぎなんだよ!何したか知らねえけど、入ってきた時の空気やばかったぞ?」


「……別に。」

 

リョウの反応に、ユナは違和感を覚えた。

バツが悪そうに視線を逸らすその様子は、いつもの彼とは違う。本来ならここで「好きな女に会いに来て何が悪い」とでも言い放ちそうなものだが、今のリョウはひどく落ち着きがない。


「はいはい。お前は昔から一直線だもんなー。周り見えないくらいに。つーか!そろそろ打ち合わせだろ?」

 

吉田はリョウの不機嫌など気にもとめずに、腕時計を確認して促した。


 「……まだいける。」

まだここにいたいという意志を隠そうともせずに、声を落として食い下がるリョウだったが、その瞬間。

 

「いけるか!」

バシンッ!

和人は遠慮なくリョウの肩を叩いた。


「いてっ。」

ユナは思わず一瞬目を見開いた。

あのリョウに、躊躇なく肩を叩くなんて行為ができる人間を、今まで1度たりとも見たことがなかったからだ。


「今行かなきゃ間に合わねえって! またドンフンさんに車の鍵没収されても知らねえぞ!」

吉田は腕を組み、呆れたように言い放つと、リョウは相変わらず口をへの字に曲げていた。その時だった。


「オイコラ。リョウ。」

 


どこからともなく、あの空港で聞いたドスの効いた低い声が鳴り響いた。

黒髪短髪の、威圧感のある体格のいいマネージャー。ドンフンだった。

ピクピクとこめかみを疼かせ、血管を浮かばせながら腕を組んで立っていた。

リョウが16階に来ないのを不審に思い、迎えに来たようだった。

 

「!!」

リョウは身体を石のように固めた。


「ほーら!来た来た。ドンフンさん、さっさと連れて帰ってやってください。この問題児。」

吉田は少し面白そうにリョウを指さしてドンフンに促した。


「ああ。騒がせて悪かったな。」

 

短く言い放つと、すぐさまドンフンはリョウに冷たい視線をやり呟いた。

 

「リョウ。車没収だ。」


「はぁ!?」

かけていたサングラスがずり落ちるほどに目を見開いて驚くリョウ。


そういえば以前の雑誌インタビューで、「休日は何してますか?」という質問に、「ドライブばっかりしてます。あと車のカスタム」と答えていた。

……なるほど。車を取り上げられるのは相当痛いらしい。

そういえば、小さい頃から車だけは異様に好きだったっけ。


 

「いいから行くぞ。もうメンバー揃ってんだよ。いい加減にしろ。」

「離せ!痛えんだけど!?」

 


リョウは、ドンフンに首根っこを掴まれると、

「いててて!!」「やめろよ!俺はユナにッ……!」「つかどっちの車!?Jeep!?M4だけは勘弁して!」

「どっちもだ」などとブツブツと文句を言いながら、引きずられるようにしてフロアの外へと去っていった。


「ハハハッ!あいつも本当に懲りねえなあ!」

吉田はその様子を見慣れたことのように笑い飛ばした。


「……はあ。」

ユナは怒りを通り越して呆れしか出てこなかった。


ものの二十分ほどの出来事だったはずなのに、まるで大地震でも起きたかのような騒ぎだった。

まだオリエンテーションすら始まっていないというのに、この疲労感。

しかも周囲の社員たちは仕事を再開しながらも、どこか気遣うような視線をこちらへ向けている。


普通に考えて最悪だ。


ユナは思わず机に突っ伏した。

あまりにも自分の立場をわきまえていない幼なじみの行動に、奥歯を噛み締めていると、


「はいはい! 仕事するよー!」


パンパンッと和人が手を叩き、張り詰めていた空気を切り替えると、気遣うような目でユナを見た。


「佐藤さん、そんな顔しなくて大丈夫だってー!アイツ、社内じゃめちゃくちゃ有名な問題児だから!そりゃあもう色々と!」

ニカっと笑いながら吉田はユナを宥めた。

 

会社でも問題児なのか。あいつは。

いや、問題児にも程がある。

何より腹が立つのは、会社であっても、

自分の事だけ考えて、周りのことなんか

何一つ考えていないことだった。

まるで悪さばかりする子どもを見ているようで、ユナは思わず深いため息をついた。

 

「…………すみません。」


「いや、佐藤さんが謝ることないでしょ!むしろ俺が謝らないと!」

和人は苦笑しながら肩をすくめた。

 

「それにここ、芸能事務所だしさ!『アーティストに女の影があるかも』なんて話、正直そんなに珍しくないから!」

 

ユナは思わず顔を上げ、心臓がピリッと痛んだ。

………ていうことは……ジュニルにもその可能性が……

思わず顔が青ざめてしまう。


「あいつがわざわざ、ここまで来たのにみんなビビってただけ!それより酷いのがこの前、ジュンソク、普通に彼女と同じ車で出勤してたし!」


「えっ……?」


SONICとは別グループに所属する人気アイドル、ジュンソク。

女優のキム・ソヨンとの交際が囁かれていたが、どうやら本当だったらしい。


「あっ、やべっ」

 口を滑らせたように、一瞬表情を固めて口を押さえた。

 

「……あ、今のジュンソクの話、週刊誌に売るとかはやめてね?」

チラリとユナを見た。

 

「売ったりしませんよ! そんなこと!」

思わず食い気味に否定すると、和人は吹き出した。


「ハハッ!!まあ、佐藤さんなら大丈夫か!」

 

ひとしきり笑ったあと、少しだけ真面目な顔になる。


「……佐藤さんがあのリョウの”幼なじみ”ってこと、公にしてない時点でさ。佐藤さんのことちゃんと信用してるよ。」

 

「……え、なんで吉田さん、私たちのこと知ってるんですか?」


「そりゃあね!アイツが散々佐藤さんの話するし!」

吉田はワハハと笑い飛ばした。

 

「さ、色々あったけど、オリエンテーションでしょ?俺はSONICのとこ行くから!頑張ってね!」



ヒラヒラと手を振った吉田の背中は、明るく人懐っこい対応とは裏腹に、経験と余裕がしっかりとのしかかっていた。

その姿を見てユナは思わず、頼れるアニキだ……と息を漏らしてしまった。

騒ぎに紛れてフロアへ戻ってきていたのか、いつの間にかミンジュがユナのそばに立っていた。

穏やかに微笑むと、手にしていた資料を軽く持ち上げる。

 

「……賑やかでしたね。」

 くすりと小さく笑ってから、周囲を見渡した。

 

「それでは、オリエンテーションを始めましょうか。」


……ようやく始まる。

朝から嵐のような二十分だったが、ここからが本来の目的だ。

ユナは小さく息を整え、ミンジュへ視線を向けた。

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