11話 長い一日の終わり
—————SYNK FIRST WORLD TOUR『STARLINK』
その文字を見た瞬間、ユナの目がビキビキと血走り、資料に顔を近づけてクシャリと掴みこんでしまった。
そして、オフィス全体がザワザワと動いている理由がよくわかった。
(……ワールドツアー……!?!?だと……!?!?)
(……一般発表前…………だよな…………)
SYNKは世界的に人気のあるアイドルだ。それは間違いない。
今まで幾度となく韓国ツアーや、日本ツアーを繰り返してきた彼らだが、ワールドツアーだけはファンから期待されつつも、開催する気配がなかった。
はっきり言って、死ぬほど嬉しい。
今すぐ叫んで発狂しながら走り回るほどに。
だが、今は私はファンとしてこの情報を知ったのではない。
立派な機密情報だ。でも……なんで私の所に……。
その喜びを、先程ジュニルから放たれた、『邪魔』の一言が脳裏に過ぎると、その高揚感を少しだけ薄くさせた。
嬉しいのか、苦しいのか、思わず目頭が熱くなりかけたその瞬間。
ひょいっと、見ていた資料を背後から取り上げられた。
「あ!ごめん!これ私の資料!」
「ファイル間違えて入れ替えちゃったみたい。」
「……あ……」
ユナは資料を持っていた手をそのままに、動けずにいた。
「…………見た?」
ミンジュは眉をひそめて、申し訳なさそうにユナを見た。
「……見ました。」
「……はあ。ごめんね…。明日からの本格始動の時にちゃんと話そうと思ってたんだけどね。」
ミンジュは困ったように額に手を当て、ため息をついた。
「佐藤さん。あなたには、このプロジェクトの翻訳担当として本格的に関わってもらうことになる。主に日本公演に向けた準備ね。」
ミンジュは真剣な眼差しでユナに告げた。
「………………はい。」
ユナの心臓がドキドキと跳ねていく。
推しとか、ファンとか関係ない。
私は今、立派なプロフェッショナルの一員として、ここに呼ばれているのだ。
「そのための人員増員だったの。」
「はっきり言って………死ぬほど忙しいと思う。」
ユナはゴクリと息を呑んだ。
当たり前だ。単なる国内ツアーとは規模が違う。
ここはグローバル事業部。この部署が死ぬほど働かなければ、ワールドツアーの成功はないと言っても過言では無い。
「………………明日からの……覚悟はいい?」
ミンジュは真剣かつ、少し試すような口調で、
ユナに向けて、肩をポンっと叩いた。
「…………が、頑張ります……!」
1人の翻訳者としての覚悟を震える声にのせて、ユナは元気よく返事をした。
そうして、長い長い1日目が、ようやく終わりを迎えた。
ユナは夜のソウルの電車に揺られ、
ぼんやりと車窓を眺めていた。
キラキラと星のように流れていく夜景。
くたびれた顔をしているサラリーマン。
談笑する高校生くらいの若者たち。
言語は違えど、日本の電車内とあまり変わらない。
あまりにも情報量が多すぎる一日だった。
日本で過ごしていた1ヶ月の出来事を無理やり24時間に詰め込んでも、足らないような日だった。
ユナは宿舎にたどり着くと、すぐさま寝てもいい体制へと行動した。
いつもなら、SYNKの映像をみながら、ペンライトを持って酒を煽りながら、ストレス発散でもするところだが、
今日はそんなことよりも、ベッドの温もりが、私を呼んでいた。
————————————ソウル某所
「……さあ、上手く機能してくれよ?新人さん。」




