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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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似たもの同士の道を

ネミルが神託師を継ぐ際、俺たちは天恵の資料をかなり本気で読んだ。

昔はそれ専門の調査機関とかあったらしく、研究や統計も細かかった。

だからこそ、既存の天恵に関してはそれなりに対処する事も出来る。

ルソナさんの「変身」なんか、その典型例と言ってもいいだろう。


だけど、どの文献にも「魔王」って天恵に関する資料はなかった。

過去にいたのかも知れないけれど、その当時どう認識されていたにせよ

軽々しく記録したり出来なかったと思われる。

だからこそ俺は、己の天恵に対してどこまでも試行錯誤だ。



こんな風に、新たな発見も起こる。


================================


遠隔支配とは、我ながら恐れ入る。電話があれば世界征服も可能か!?

いや、そんな妄想はどうでもいい。


俺の天恵については、今ここにいる二人には既にほぼ明かしている。

詳しい内容までは言ってないけど、噴水広場での顛末も踏まえれば既に

おおよそ理解されるだろう。ただ、さすがに名称だけは伏せている。

だからこそ、さっさと用を済ませて話を前に進めないと。


とは言え、こうなれば話はいたって簡単だ。

会話する態で、ルソナさんが述べた顛末の答え合わせをすればいい。

「魔王」の力により、父親は淡々と自分のやってきた事を述べていく。

おそらく傍らでは、あの秘書の人がヤキモキしている事だろう。でも、

だからどうしたって感じだ。俺は、ただ単に本当の顛末を話してくれと

言ってるだけである。たとえそれが不都合な内容としても、事実なのは

間違いない。


聞けば聞くほど、気の滅入る話だ。本人が言ってると思うとなお重い。

だけどもう、俺もネミルもトリシーさんも動じなかった。やっぱりかと

そう思うだけだった。


「分かりました、どうも。」


ひと通り聴き終わった時点で、俺はもう一度だけ声に意志を込める。


「じゃあ、もう忘れて下さい。この電話の事も…」


チラと目を向け、俺は言った。


「娘さんの存在も。」

『分かりました。』

「それじゃ。」


チン!


迷わず電話を切り、俺たちは同時にため息をつく。

確信が得られた。

やっぱり、ルソナさんが言っていた通りらしい。もう間違いない。



救えない話だな、本当に。


================================


「なあ、ルソナちゃん。」


ルソナさんにそう呼びかけたのは、トリシーさんだった。


「え?は、はい?」

「とりあえず、そこに座りな。」

「……………?」


「そこ」と示されたのは、仕事用の椅子だった。戸惑うルソナさんに、

トリシーさんがニッと笑う。


「せっかくだから、髪切ってやる。伸びてるし、ちょうどいいだろ?」

「えっ!?」

「え?」


ルソナさんだけでなく、俺とネミルもその言葉に驚いた。…なんで今?

だけどその提案は、何だかとっても良いもののように思えた。


「いいんじゃないですか?」

「そうそう!」

「え…」


俺たち二人も勧める。戸惑っていたルソナさんも、やがて小さな笑みを

浮かべて頷いた。


「…じゃあ、お願いします。いっそ思いっきりイメチェンで。」

「よっしゃ。美容院じゃないけど、まあ任せてくれや。」


何だか意外な展開になったけれど、俺たち二人の気持ちも上向いた。

今すべき事はまさにこれなんだと、そんな確信さえ芽生えてきていた。


そうだよな。

母親を喪ってからのこの人は、己の顔を誰にも求められなかったんだ。

なまじ変な天恵を得たばっかりに、当たり前の自分を否定されてきた。

今こうして晒している本当の顔は、俺の目から見ても実に覇気がない。

自信がないとか、そういうレベルを超えた虚無をまとって見える。


だったら、少しマシになればいい。

「変身」の天恵なんかには頼らず、当たり前の方法で変えればいい。



答えなんて、意外と簡単なんだ。


================================


「よしできた。じゃあ頭洗おう。」

「は、はい!」


それほど時間はかからなかった。

ずっと終わるのを待っていた俺たちも、退屈なんかはしなかった。


「わぁ…」


ネミルとルソナさんの声が被る。

驚くほど短く切られた髪は、もはやさっきまでの面影を残していない。

だけど、断言できる。こっちの方が絶対に似合ってる。…って言うか、

この人こんな顔だったっけ?とまで思えるほど印象が変わっていた。


「どうだ?」

「これ私ですか?」

「鏡に映ってる通りだよ。」

「あ、ありがとうございます!」


そう言って頭を下げるルソナさんに対し、トリシーさんは笑った。


「ハハッ、気に入ってもらえたなら何よりだ。天恵を使わなくたって、

そのくらいは変われるんだぜ?」

「はい!」


顔を上げたルソナさんも、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

そしてトリシーさんの顔をまっすぐ見据え、ゆっくりと告げる。


「トリシーさん。」

「ん?」

「私を雇って頂けませんか。」

「いいよ。ちょうどアシスタントが欲しいと思ってたんだ。」


「うわっ、即決。」


思わず、俺とネミルが声を揃えた。

ゴタゴタが重なった末に、ここまであっさり話がまとまるのかよと。


でも、それが一番いい気がするな。

もう一度、最初から始めるのなら。


「ま、俺たちは似たもの同士だ。」


手を拭きつつ、トリシーさんがそう告げて小さく笑う。


「親の気紛れで天恵宣告を受けて、その上で我が道を行く。別にそれも

悪くないんじゃないか?」

「私もそう思います。」

「あたしも!」

「俺も。」


今さらだけど一昨日、ルソナさんが店に来たのは天恵の確認のためだ。

他人の姿になれば、ひょっとすると天恵も変わっているかも知れない。

そんなダメモトの望みを胸に抱き、ネミルを訪ねて来たらしい。

結果はここの皆が知る通りだった。まあ、そううまくは行かないよな。


だけど結果的に、彼女はそれ以外の道を見つけた。変身の天恵に頼らず

自分自身の生き方を変える道を。

だったら俺たちは、とことんそれを応援したい。これから先もずっと。

今の時代を生きる神託師の選択は、そのくらい自由でもいいはずだ。

天恵を得た人たちの笑顔は、何より尊いものだと思えるから。


入口の厚いガラス越しに差し込む、夕日の赤にルソナさんの髪が輝く。



明日もいい天気になりそうだった。

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