似たもの同士の道を
ネミルが神託師を継ぐ際、俺たちは天恵の資料をかなり本気で読んだ。
昔はそれ専門の調査機関とかあったらしく、研究や統計も細かかった。
だからこそ、既存の天恵に関してはそれなりに対処する事も出来る。
ルソナさんの「変身」なんか、その典型例と言ってもいいだろう。
だけど、どの文献にも「魔王」って天恵に関する資料はなかった。
過去にいたのかも知れないけれど、その当時どう認識されていたにせよ
軽々しく記録したり出来なかったと思われる。
だからこそ俺は、己の天恵に対してどこまでも試行錯誤だ。
こんな風に、新たな発見も起こる。
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遠隔支配とは、我ながら恐れ入る。電話があれば世界征服も可能か!?
いや、そんな妄想はどうでもいい。
俺の天恵については、今ここにいる二人には既にほぼ明かしている。
詳しい内容までは言ってないけど、噴水広場での顛末も踏まえれば既に
おおよそ理解されるだろう。ただ、さすがに名称だけは伏せている。
だからこそ、さっさと用を済ませて話を前に進めないと。
とは言え、こうなれば話はいたって簡単だ。
会話する態で、ルソナさんが述べた顛末の答え合わせをすればいい。
「魔王」の力により、父親は淡々と自分のやってきた事を述べていく。
おそらく傍らでは、あの秘書の人がヤキモキしている事だろう。でも、
だからどうしたって感じだ。俺は、ただ単に本当の顛末を話してくれと
言ってるだけである。たとえそれが不都合な内容としても、事実なのは
間違いない。
聞けば聞くほど、気の滅入る話だ。本人が言ってると思うとなお重い。
だけどもう、俺もネミルもトリシーさんも動じなかった。やっぱりかと
そう思うだけだった。
「分かりました、どうも。」
ひと通り聴き終わった時点で、俺はもう一度だけ声に意志を込める。
「じゃあ、もう忘れて下さい。この電話の事も…」
チラと目を向け、俺は言った。
「娘さんの存在も。」
『分かりました。』
「それじゃ。」
チン!
迷わず電話を切り、俺たちは同時にため息をつく。
確信が得られた。
やっぱり、ルソナさんが言っていた通りらしい。もう間違いない。
救えない話だな、本当に。
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「なあ、ルソナちゃん。」
ルソナさんにそう呼びかけたのは、トリシーさんだった。
「え?は、はい?」
「とりあえず、そこに座りな。」
「……………?」
「そこ」と示されたのは、仕事用の椅子だった。戸惑うルソナさんに、
トリシーさんがニッと笑う。
「せっかくだから、髪切ってやる。伸びてるし、ちょうどいいだろ?」
「えっ!?」
「え?」
ルソナさんだけでなく、俺とネミルもその言葉に驚いた。…なんで今?
だけどその提案は、何だかとっても良いもののように思えた。
「いいんじゃないですか?」
「そうそう!」
「え…」
俺たち二人も勧める。戸惑っていたルソナさんも、やがて小さな笑みを
浮かべて頷いた。
「…じゃあ、お願いします。いっそ思いっきりイメチェンで。」
「よっしゃ。美容院じゃないけど、まあ任せてくれや。」
何だか意外な展開になったけれど、俺たち二人の気持ちも上向いた。
今すべき事はまさにこれなんだと、そんな確信さえ芽生えてきていた。
そうだよな。
母親を喪ってからのこの人は、己の顔を誰にも求められなかったんだ。
なまじ変な天恵を得たばっかりに、当たり前の自分を否定されてきた。
今こうして晒している本当の顔は、俺の目から見ても実に覇気がない。
自信がないとか、そういうレベルを超えた虚無をまとって見える。
だったら、少しマシになればいい。
「変身」の天恵なんかには頼らず、当たり前の方法で変えればいい。
答えなんて、意外と簡単なんだ。
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「よしできた。じゃあ頭洗おう。」
「は、はい!」
それほど時間はかからなかった。
ずっと終わるのを待っていた俺たちも、退屈なんかはしなかった。
「わぁ…」
ネミルとルソナさんの声が被る。
驚くほど短く切られた髪は、もはやさっきまでの面影を残していない。
だけど、断言できる。こっちの方が絶対に似合ってる。…って言うか、
この人こんな顔だったっけ?とまで思えるほど印象が変わっていた。
「どうだ?」
「これ私ですか?」
「鏡に映ってる通りだよ。」
「あ、ありがとうございます!」
そう言って頭を下げるルソナさんに対し、トリシーさんは笑った。
「ハハッ、気に入ってもらえたなら何よりだ。天恵を使わなくたって、
そのくらいは変われるんだぜ?」
「はい!」
顔を上げたルソナさんも、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
そしてトリシーさんの顔をまっすぐ見据え、ゆっくりと告げる。
「トリシーさん。」
「ん?」
「私を雇って頂けませんか。」
「いいよ。ちょうどアシスタントが欲しいと思ってたんだ。」
「うわっ、即決。」
思わず、俺とネミルが声を揃えた。
ゴタゴタが重なった末に、ここまであっさり話がまとまるのかよと。
でも、それが一番いい気がするな。
もう一度、最初から始めるのなら。
「ま、俺たちは似たもの同士だ。」
手を拭きつつ、トリシーさんがそう告げて小さく笑う。
「親の気紛れで天恵宣告を受けて、その上で我が道を行く。別にそれも
悪くないんじゃないか?」
「私もそう思います。」
「あたしも!」
「俺も。」
今さらだけど一昨日、ルソナさんが店に来たのは天恵の確認のためだ。
他人の姿になれば、ひょっとすると天恵も変わっているかも知れない。
そんなダメモトの望みを胸に抱き、ネミルを訪ねて来たらしい。
結果はここの皆が知る通りだった。まあ、そううまくは行かないよな。
だけど結果的に、彼女はそれ以外の道を見つけた。変身の天恵に頼らず
自分自身の生き方を変える道を。
だったら俺たちは、とことんそれを応援したい。これから先もずっと。
今の時代を生きる神託師の選択は、そのくらい自由でもいいはずだ。
天恵を得た人たちの笑顔は、何より尊いものだと思えるから。
入口の厚いガラス越しに差し込む、夕日の赤にルソナさんの髪が輝く。
明日もいい天気になりそうだった。