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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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ルソナの一線

「…私の実家は、ヤルドの有力貴族です。爵位はありませんが。」


ルソナさんはポツポツと、身の上を語り出した。

店の喧騒の中で、俺たちは聞き耳を立てる。


「父は昔から横暴な人物でしたが、母が生きている間はまだよかった。

妾とは言え、母は確かに父の寵愛を受けていましたから。」

「そうか、君はお妾さんの子だったのか。」

「はい。」


トリシーさんからの問いに苦しげに頷き、ルソナさんは続ける。


「私が天恵宣告を受けたのは今から2年前、19歳の時でした。大した

理由はなく、ただ父に言われたから神託師の許へと赴いた。それだけの

事でした。実際、父は私の天恵には大した興味も示しませんでした。」

「ふうん…」


何となく面白くなさそうな表情で、ネミルが口を尖らせる。

その気持ちは分かる。自分も神託師を務めている以上、そんな無意味な

宣告は受け入れ難いんだろうな。


「じゃあ、「変身」の天恵を実際に使う機会はなかったと?」

「もちろん、試した事はあります。でも誰かに化けて実際に出かけたり

そんな事はしませんでした。これは危険な力と自覚してましたから。」

「そこの自覚はあったんだな。」


感心したようにトリシーさんが深く頷く。うん、確かに使い方次第では

危険な力だ。過去の事例にも、悪用したってのはいくつも載ってたし。


「父にしても、本当にただの気紛れ以外の意味はなかったのだろう、と

今でも思います。資産だけは多い、そんな家柄ですから。」


語る口調はどこか淡々としている。今のところ、他人に化けて実家から

こんな遠い所に来ている理由などは見当たらなかった。


「だけど、少し前に全てが変わってしまいました。」

「どうしたんですか?」



「…私の母と本妻の方が、相次いで亡くなってしまったんです。」


================================


場所を変えようというトリシーさんの提案は、至極もっともだった。

さすがにここからの話は、喫茶店で軽く聴くような内容じゃなかった。

というわけで、理髪店に皆で戻る。相変わらず入口札をかけたままで。

喧騒が少し遠ざかり、ルソナさんの荒い息遣いがはっきり聞こえる。


「つまり君は、母親と…本妻さんの代わりになれと言われたのか。」

「…………そうです。」

「ひどい。」


ネミルの顔が露骨に歪んだ。きっと俺も、同じような顔してるだろう。

思いもかけない、そして胸糞の悪い話が飛び出してきた。


母親と本妻が相次いで亡くなった。それは確かに大きな悲劇だろう。

横暴だったとはいえ、彼女の父親が受けた衝撃が大きかったというのも

十分に分かる。


だけど、その後の話が酷過ぎる。

父親はルソナさんに、喪った二人の妻に変身する事を強要したらしい。


かつて記録に残っていた「変身」の天恵の持ち主にも、そういう役目を

持たされた者はいたらしい。古くは暗殺に備えての為政者の代理とか、

同じく権力者の亡妻の代理とかだ。もちろん倫理的にどうかと思うけど

時代もあるからあれこれ言えない。そういうものと受け入れるだけだ。


でもこの件は、現代だという事情を抜きにしてもドン引きである。


ルソナさんは紛れもなく実の娘だ。いくら容姿を完璧に模倣しようと、

その事実だけは絶対に変わらない。どこから見てもまともじゃない。

これは俺とネミルが若いからとか、決してそういう話じゃないはずだ。


「嫌ですと言ったら殴られました。お前にそれ以外の存在価値はない、

そう言って何度も殴られました。」

「……………」


ネミルが、耳を塞ぎたい衝動を我慢しているのは見て判った。だけど、

あえて何も言わなかった。ここまで関わった以上、最後のこの部分だけ

聴かないというのは無責任だろう。そう思ったからこそ、俺も最後まで

耳を傾ける。


「嫌われるのも冷遇も、今さら別に何とも思いません。不興を買って

殺されても仕方ないと思いました。でも、これだけは嫌だったんです。

人間として生まれてきたこの私の、最後の一線でした。」

「だから家から逃げたのか。」

「自分が自由に使えるお金を、全て引き出して汽車に飛び乗りました。

行き先なんて、どこでも良かった。私は、誰にでもなれる。それなら、

このお金が尽きるまで自由に生きてみたかった。誰も知らない場所で、

誰にも知られないままで。」

「それでこの街に来た、と?」

「はい。」


俺からの問いに答え、ルソナさんはトリシーさんに深々と頭を下げた。


「あなたの姿を模したのは、本当に何の意図もない選択でした。ここに

着いた時、駅前で姿をお見掛けして決めたんです。…どうせなら自分と

似ても似つかない、男性になるのが一番いいんじゃないかなと思って。

本当に申し訳ありませんでした。」

「理由は本当にそれだけか?」

「え?」


顔を上げたルソナさんが、ちょっと目を泳がせた。


「…いえ、正直に言うと…その…」

「え、何ですか?」

「…好きな俳優に、ほんのちょっと雰囲気が似てらっしゃったので。」

「ああっ…そう…」


質問したネミルの視線も泳ぐ。


何だろう。



救いのない彼女の話の中に、ほんの少しだけ明るさが見えた気がした。

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