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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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恵神への思い

シュリオさんたちの来訪から、既に20日が過ぎた。


幸いと言うか何と言うか、あれ以来天恵の宣告依頼は来ていない。

もちろん俺としてはその方がいい。…と言うか、あんな厄介事みたいな

依頼じゃなきゃ別にいいんだけど。この点は、ネミルも同意見らしい。

普通に来て、普通に聞いて、普通に代金を払って帰る。これでいいよ。

頼むから、次はそうしてくれ。


そんな、とある祝日の午前。


「よし、んじゃ行くか。」

「うん!」


ちょっと多過ぎる弁当を携え、俺とネミルは店の戸締りをした。今日は

仕事は休み。代わりに、年に数回の恒例行事に参加する。と言っても、

別に遠出をするってわけじゃない。目的地はほんのすぐそこだ。まあ、

ゆっくり歩いて行けばいい。ああ、爺ちゃんが死んで初めてだなあ。


今日は、教会跡の掃除の日だ。


================================


ロナモロス教の教会跡は、俺の実家からネミルの実家に向かうちょうど

中ほどにある。俺たちが物心つく以前から、ずっと廃墟になっていた。

だけど、教会としての役目を失って何十年も経ってるのに、取り壊しの

話は一切出てこない。ずうっと今のままである。おそらくこれからも。


とは言え、別に文化的価値があるというわけでもない。残している事に

深い意味もない。理由は単純。建物自体があまりにも頑丈な石造りで、

解体するには途方もない手間と費用と時間がかかるから。それだけだ。

経年劣化で崩れるのを、多分この先数百年単位で待つ事になるだろう。

何とも気の長い話だ。


しかし、さすがに放置しておくのはまずい。いくらでも荒れ果てるし、

下手をすると変な輩が住み着く事もあり得る。だからこそ、定期的に

街の人間で掃除と管理をするという決まりがある。ルトガー爺ちゃんも

この行事をよく仕切ってたっけな。多分、神託師だという責任も少しは

あったんだろうと思う。


だからこそ、俺たちの世代が責任を持って受け継いでいかないとな。


================================


「よう、トラン。」

「よう兄貴。みんなも来てたか。」

「お前も感心だな。」

「こんにちは。」

「ようネミルちゃん。」


実家の家族も来ていた。さすがに、もうネミルとの暮らしをイジられる

時期はとうに過ぎている。そろそろ結婚か?という圧は少しあるけど。


「お前たちは庭の草むしりを頼む。中は俺たちとロムサさんちの面子で

やっちまうから。」

「了解。」


そっちの方が性に合う。

どうせなら外の作業の方がいいし、庭には爺ちゃん手製の遊具がある。


「行こうぜネミル。」

「了解!」


元気な返答が耳に心地良かった。


================================


草むしりをしながら、今さら思う。

天恵って何なんだろうなと。


15歳になった者が、神から等しく与えられる特別な力。この定義は、

世界のどこにおいても不変の真理として語り継がれている。もちろん、

今の時代ではすっかり廃れている。だけど恵神ローナの存在そのものは

今でも当然の如く信じられている。


そう。

この天恵は断じて、人間が「生物」として持っている可能性ではない。

紛れもなく、天から「与えられる」恵みなのである。

時代が変わって宗教も衰退の一途を辿ったというのに、どうしてそれは

未だに頑なに信じられているのか。そこにはれっきとした理由がある。


「デイ・オブ・ローナ」。

それは奇しくも、俺の誕生日と同じ6月7日の出来事だったらしい。


ただし200年前の。


================================


かつて、ロナモロス教は恵神ローナを崇める世界規模の宗教だった。

天恵という確固たる軸があったからこそ、ロナモロス教は拡大の一途を

辿っていたらしい。


そして同時に、どうしようもなく腐敗していった。


有力者たちは財にモノを言わせて、神託師を買収。自分や自分の子供に

都合のいい天恵をでっち上げさせ、身分を確かなものにしていった。

政敵の排除のために、相手の天恵を貶めるといった行為さえ横行した。

堕落し切った神託師たちも、ろくに手順も踏まずに宣告を乱発した。

今では信じられないけれど、確かにそんな暗黒時代が存在していた。

そう、200年前までは確かに。


恵暦1600年。

つまり今からちょうど200年前の6月7日。

それは前触れなく、世界中で起きた「天啓」だった。


その日、人々は確かに恵神ローナの声を聞いた。


================================


神なる存在に対する定義は、いつの時代も漠然としている。

概念的なものであったり、人間的な性格が定義されていたりと様々だ。

天恵が存在する以上、恵神ローナの存在は絶対視されていた。しかし、

具体的な定義はかなり曖昧だった。


曖昧だったからこそ、昔の有力者は天恵の存在を軽んじて利用したとも

言えるんだろう。歴史の負の一面と形容するべきか。


しかしその日、世界中の全ての人がローナの声をはっきりと耳にした。

天恵とはいかにして宣告されるべきなのかを、はっきりと告げられた。

それが今も伝えられる、ネラン石を触媒とするあの宣告の手順らしい。


一人二人なら、またぞろデタラメと一笑されて終わったかも知れない。

しかしこの時、ありとあらゆる人がその言葉を聞いたらしい。おそらく

乳幼児や胎児に至るまで聞いたのだと伝承されている。

そして当時の人々は、恵神ローナの激しい怒りをも感じ取った。

天恵を蔑ろにし続ける世界に対する怒りに、全ての人間が怖れ慄いた。


もちろん、天罰じみた現象が実際に確認されたわけじゃない。それでも

ロナモロス教に関わる者たちは恐怖に怯え、自分たちの業に戦慄した。

世界は大きな恐慌に包まれ、不正を行っていた為政者も有力者も数多く

暴動や処刑などで命を落とした。


「デイ・オブ・ローナ」と呼ばれるこの出来事によって、恵神ローナの

存在を疑う者はいなくなった。単に概念的な存在ではなく、人間に対し

怒りを抱く存在なのだという事も。


否応なしに矯正された世界に、もうロナモロス教の居場所はなかった。

その後は衰退の一途を辿り、現在はほとんど存在の噂すらも聞かない。

ほぼ滅んだと言うべきだろう。


そして、聖職としての神託師の存在も純粋性を取り戻した。それ自体は

ローナの望みだったのだろう。が、同時に天恵宣告も廃れていった。


今のこの時代を、恵神ローナはどう思っているんだろうか。

少なくとも「デイ・オブ・ローナ」の教訓は決して忘れられていない。

名ばかりであるとしても、神託師の存在は今もなお確立されている。


この教会跡を目にするたび、そんな歴史がぐるぐると頭を巡る。

俺自身は別に信心深いわけじゃないけど、ローナの存在は信じている。


そして今のネミルは、神託師としてかなり型破りな存在だろう。


「どうしたの?」

「…いや、何でもない。」


ついつい目を向けてしまっていた。訝しがるネミルに言葉を返し、俺は

あらためて教会の建物を仰ぎ見る。ある意味、これは現代の縮図だ。


こればっかりはもう、爺ちゃんからアドバイスをもらう話じゃない。

死んでしまったからではなく、俺とネミルで答えを出すべきって事だ。

あの指輪が、これからネミルに何をもたらしていくのか。


…とりあえず、しっかり草むしりをしよう。

誰に対しても恥じる事ない生き方を目指そう。

なあ、ネミル。



日差しが暖かい、平和な日だった。

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