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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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本当の天恵を

よっぽど慌てていたのか。

それともやっぱり、看板や店の中の表記が地味過ぎるからか。

セルバスさんもロナンさんも、この店に神託師がいるという事には全く

気付いていなかった。まあ、それは別にいい。


ともあれ、ネミルの言動は明らかに怪しい。だからこそ俺たちは二人に

事情を説明した。


ネミルが爺ちゃんから神託師の職を受け継いだ事。

俺たちが許嫁として、ここで一緒に喫茶店をする事になった顛末。

爺ちゃんの遺した指輪の持つ能力。


もちろん、俺の天恵が魔王だという事実については言及しなかった。

正直、これ以上話がややこしくなるのは勘弁して欲しいから。


ネミルが見たのは第一段階、つまり天恵を知っているかどうかだけだ。

もし、本当にシュリオさんが自分の天恵を知っていれば「赤」になる。

結果はほぼ予想通りだった。


「…怪しいとは思ってましたけど、やっぱりペテンでしたか。」


セルバスさんも、さすがにこの事実にはショックを隠し切れなかった。

隣に座るロナンさんも、むっつりと黙り込んで兄の寝顔を見ている。


「残念ですけど。」


そう言うしかなかった。


================================


流浪の神託師。


もはやこの時点で怪しい。これは、俺たちだからこそ持ち得る疑念だ。

神託師という聖職に就いた人間は、国に申請した住所に定住する義務を

課せられる。よほどの事情がないと引っ越しもできない決まりだ。

こんな規制があるのに、流浪なんて出来るはずがない。仮に長期に渡り

旅をしたとしても、その間に神託師の仕事をするのは絶対にご法度だ。


ただ、これだけで天恵を「嘘だ」と言い切る確証はなかった。だから、

実際にネミルが確認した。結果は、いたって予想通りで残酷だった。


飄々としていたセルバスさんたちの表情も、さすがに暗くなっていた。

ペテンかも知れないという疑念は、どうやら以前からもあったらしい。

ただそれを確かめる術がなかった。しなくてもいいという思いも少しは

あったのかも知れない。


「…すみません、余計な事して。」


思わず、そんな言葉が口をついた。しかしセルバスさんは小さく笑い、

首を横に振る。


「いいえ。やっぱり真実を知るのは大切です。私たちとしても、本当に

シュリオを思うならば認めないと。ねえロナン?」

「………………うん。」


口を尖らせつつ頷くロナンさんは、うっすら涙を浮かべていた。ああ、

やっぱり納得いかないんだろうな。でも、受け入れるしかないだろう。



気まずい沈黙の中に、能天気な寝息がかすかに聞こえていた。


================================


「…それにしても、どうしてそんなペテンをしたんでしょうね。」


誰にともなくネミルが問い掛けた。もちろん、答えなど誰も出せない。


そう。

もちろん、お金を巻き上げるという目的は明確だ。実際シュリオさんも

払ったらしいから、それなりに稼ぐ事は出来たんだろう。


しかし、ハッキリ言ってその行為はリスクが高過ぎる。嘘の天恵宣告は

それほどに重罪であり、下手すれば死罪すらもあり得る。小遣い稼ぎで

手を出すのはあまりにも危険だ。

色々と緩かったカチモさんでさえ、この事への念押しは厳しかった。

文字通り、シャレにならないのだ。


もちろん、この事でシュリオさんに落ち度や罪は何もない。定住義務の

事は知らないのが普通だし、相手がペテン師なら言葉巧みだったろう。

騙されても仕方ない。幼い頃の夢が天恵になったなら、変になったのも

無理なかったのかも知れない。悪いのはそのペテン師だ。


ただひたすら、モヤモヤする…ってだけの話だった。


================================


長い沈黙ののち。


「…ねえ、ネミルさん。」

「はい?」

「ちゃんとお代金は払いますから、この子の天恵を見てもらえます?」

「え?」


セルバスさんの言葉に、俺たち二人の間抜け声がまたも重なった。


「それって、つまり…」

「私たちも悪かったんです。ずっとこの子の夢に付き合ったりして。」


言いながら、セルバスさんは未だに寝ているシュリオさんの髪にそっと

指を添えて撫でる。


「でも、もうそろそろ覚めないと。自分の現実を知った上で、しっかり

前を向いて生きて欲しい。今の私が望むのはそれだけですから。」

「………………」


黙って母のその言葉を聞きながら、ロナンさんはぽろぽろと大粒の涙を

落とす。悔しいのか、悲しいのか。それとも全く違う感情の涙なのか。

俺なんかには分からなかった。


「…承りました。」


迷いない口調でネミルが答える。

それでいいんだろうな、きっと。


================================


「ホラ起きて下さいシュリオ様!」

「…む?ああ寝てたか…って、何だ体が軽いな…おぉ!?」


ようやく目を覚ましたシュリオさんは、そこで初めて鎧を脱いでいる

事実に気付いた。


「鎧はどうした!?」

「ご心配なく。あちらです。」


ロナンさんが指し示した先に、皆で苦労して脱がせた鎧があった。

目を見開いたものの、シュリオさんは特に怒る様子も見せなかった。


「…まあよいか。幸い今は、魔王の気配も感じないしな。」


鋭いのか鈍いのかどっちなんだよ。魔王はあんたの目の前にいるぞ?

ってか多分、ずっと着てるのかなりしんどかったんだろうな。何となく

清々したって気持ちが顔に出てる。…まあ、それはどうでもいい話だ。


「シュリオ様。」

「何だ?」

「こちらのネミル・ステイニー様は神託師であらせられます。」

「…何と!?」


びっくり顔は、ごく普通の若者だ。


「せっかくのご縁です。シュリオ様の崇高なる天恵、今一度この場にて

顕現させてみてはいかがでしょう。きっと語り継がれます。」

「おお、なるほど悪くないな。」


スラスラと出任せでシュリオさんを誘導するセルバスさんに、俺たちは

呆れに似た感服をしていた。さすが母親といったところだろうか。


「ネミル殿とやら。」

「はい。」

「では、よろしく頼みます。」


深々とネミルに頭を下げるシュリオさんの姿に、俺は初めて彼の事を

応援したいと心から思った。

何もかもおかしな人ではあるけど、紛れもなくいい人だ。尊大な口調で

話すものの、人にものを頼む時にはちゃんと丁寧に頭まで下げる。


思い込みでおかしくなっていても、きちんと育てられているという事は

しっかり伝わる。たとえ言動が少し変でも、領内で慕われているという

話は素直に信じられた。少なくとも俺は、この人と友達になりたい。


だからこそ、今この場で彼の天恵をはっきりさせる。



しっかり頼むぜ、ネミル。

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