第35話 シャルの推理⑤
「国外逃亡した犯罪者を逃亡先である国の協力なしに捕まえる――、普通に考えれば難しいってわかるでしょ? 亡命者の場合はそこに国際法も絡んでくるからよりリスクが高いし、現実的じゃないわ」
考えるまでもないことだが、他国からすれば何の申請や許可もなく国境を越えてくる者は全て等しく密入国者である。
それはたとえ犯罪者であっても、警察組織や軍の人間であっても変わらない。
……いや、別の国の法における犯罪がその国でも犯罪になるとは限らないので、追われている者が難民や亡命者として受け入れられれば、むしろ追う側の方が立場としては悪くなる。
龍の国は島国であり、鎖国していた当時は貿易なども行っていなかったため、他国に目立たず密入国すること自体が困難だ。
仮にできたとしても大した装備も持ち込めずほぼ身一つとなるため、衣食住に関しては現地調達するしかない。
そうなるとどれだけ上手く立ち回ったとしても痕跡を残すことになるため、必然的に足がつきやすくなる。
仮に忍者が噂通りの特殊な技術を持つ暗殺者だったとしても、何の情報もなく土地勘もなければ隠密行動など不可能と言っていいだろう。
「まあ、当時龍の国は鎖国していたから厳密には国際法に従う理由はないんだけど、だからといって好き放題すれば当然反感を買うし報復も受けることになる。仮に拉致や暗殺が成功したとしてもバレた時点でアウトなんだから、流石にそんなリスクは冒さないでしょ」
さっき俺は「まず無理」と答えたが、なりふり構わずターゲットを殺すことだけを目的とするのであれば不可能ではない。
それでも成功する可能性は低いだろうが、自身の保全やターゲット以外の巻き込みなどを考慮しなければ、一割くらいなら成功する見込みはあるだろう。
ただ、それは暗殺などとは到底呼べない完全なテロ行為である。
……いや、テロ組織ではなく国家所属の組織がそんなことをすれば、それはもう宣戦布告に等しい行為だ。
メリダ王国は中立国であるため戦争をするための戦力を所持していないし、報復攻撃自体も国際法で禁じられているが、だからといってやられっぱなしになるなんてことはまずあり得ない。
なんらかの方法で、必ず報復は行われる。
「で、でも、龍の国は龍に守られているんですよね? 報復しようにも、できないんじゃ?」
「龍が出張ってくるのは、軍を動かすような大規模な侵略行為に対してだけよ。それ以外のアプローチなら、いくらでもやりようがあるわ。たとえば資源を汚染したり、疫病を持ち込んだり――ね」
トールの疑問にシャルはそう答えながらも、非常に不快そうな表情を浮かべる。
その表情から察するに、恐らくは過去の悲惨な事例を知ったうえで口にしたのだろう。
「っ!? そ、そんなこと、許されるんですか!?」
「当然、許されるような行為じゃないわ。でも、当時だったら多分だけど黙認というか、見なかったことにされるでしょうね」
今でこそ非人道的行為と見なされる兵器や作戦などは国際法で固く禁じられているが、昔は現代じゃ考えられないような凶悪な兵器が世界各地で使用されていた。
ただ純粋に殺傷力と効率を求めて開発された兵器――、中でも化学兵器や細菌兵器の類は全く後先を考えず作られたような性質であり、環境汚染を含む様々な二次被害を発生させ、今もなおその傷痕を残している。
そんな兵器を使用し続ければ未踏領域のような人が踏み入れられない地域を増やすことになるし、再び神々による天罰が下る可能性もなくはない。
だからこそ化学兵器や細菌兵器は使用だけでなく開発や保有も禁止する法が定められたワケだが、実際は兵器への転用が禁じられているだけで化学研究や細菌や病原菌の研究自体は今も各国で続けられている。
ただ、これに関しては人類の発展や未来のために必要だからこそ続けられているだけであり、別に悪意があってということではない。
そもそも化学や細菌、病原菌の研究は兵器開発のために行われていたワケではないのだから、ただ正常な状態に戻っただけである。
……とはいえ、たとえ兵器として開発されていなくとも、扱いを間違えば危険なものであることに変わりはない。
シャルの言うような化学物質や毒物の流出や菌類の持ち込みも、事故を装うなどすれば十分に可能と言えるだろう。
「ちょっと陰謀論じみた話になるけど、新種の流行り病が発生するとどこかの研究機関からウィルスが流出したんじゃ――なんて噂が流れたりするでしょ? ああいうのって大抵の場合は信じるに値しない内容ばかりだけど、絶対に違うと言える証拠も出ないものなのよ。まあ当然と言えば当然よね、機密に関わるような内容なんて表に出せるワケがないんだから」
陰謀論と呼ばれるもののほとんどは妄想の類だと思っているが、その妄想が膨らむ大きな要因は確たる証拠がなかったり、一般には公表できない情報が存在するからだ。
著名人の自殺、病死、事故死なんかが特にわかりやすいが、機密やプライベートな情報は基本的に公開されることはないため、様々な憶測や信頼性の低い噂話が入り交じることになる。
その結果、必ずと言っていいほど広まるのが他殺や暗殺説だ。
これは古今東西あらゆる場所で聞く話なので、誰もが一度くらいは聞いたことがあるんじゃないだろうか。
「まあ陰謀論を信じる信じないは個人の問題だから別にいいんだけど、国とか組織とかだと可能性が少しでもあれば看過はできないのよ。これについては龍の国について調べられた歴史書にも書かれているんだけど、当時は疑心暗鬼からくる意見の対立でかなり大変だったみたいよ」
陰謀論の多くは公表されていない情報がある以上推測の域は出ないのだが、逆に公表されていない情報があるからこそ否定できない内容も多々ある。
そういった少ないながらも残されている可能性を信じる信じないは個人であれば自己責任で済む話だが、組織であればその影響は組織全体に及ぶため、少しでも可能性がある場合決して無視できない要素となってしまう。
そのうえ龍に国は鎖国状態――つまり世間から隔離された環境であり、外の情報はほとんど入ってこないとなると、国の上層部からすればさぞ不安だったことだろう。
それに、国際連盟に入っていないということは国際法の縛りがないだけでなく、国際法に守られることもないということである。
シャルの言うように黙認される――とは少しニュアンスが異なるが、国連非参加国でなんらかの異変が起きたとしても、わざわざ他国が入念な調査を行うとは思えないし、行えるとも思えない。
余程のバカでもなければ、そんな状況で他国を刺激するようなことはしないハズだ。
「まあ他にも色々理由はあるけど、要するになるべく穏便に済ませたい龍の国としては追っ手を出したくても出せなかったってことね」
「……しかし、それならばトウセンは一体――」
「ミカド・トウセンが失踪した正確な理由はわからないけど、さっき5年前って言ってたわよね? 5年前だと開国後だから、流石に暗殺されたという可能性も否定できないわ。……ただ、意図的に身を隠したという可能性もあると思う」
「「っ!?」」
開国後であれば、密入国することも不可能ではないだろう。
まあ、それでもリスクが高いことは変わらないが……
「一応確認だけど、ミカド・トウセンが失踪したタイミングって、ルーキーズカップの直後であってる?」
「っ!?」
全く想定していなかった名前が出てきて、今度は俺が動揺することになった。




