第32話 シャルの推理②
龍の国に未踏領域が存在していることは、衛星写真などから確認されている。
情報がほとんど入ってこないため詳細はわからないが、記録によると明らかにそうだと思われる場所が三か所あるとされていたようだ。
しかし数十年前、その未踏領域と思われる場所が二か所に減ったというニュースが世界に広まった。
何者かの手により厄災の要因であるデウスマキナが破壊されたか、あるいは自然災害などで解放されたか……
理由はわからないが、とにもかくにも未踏領域が解放されたということは、ほぼ間違いなくデウスマキナ本体かその残骸が手に入るということでもある。
厄災の原因が神代のデウスマキナであることは一般的に知られていないが、国の中枢に関わる者であれば当然それを知っている。
結果、龍の国は様々な国家から開国を迫られるようになり、酷い場合は侵略の対象となってしまった。
……しかし龍の国は、そのことごとくを全て退けてみせたのである。いや、厳密には――
「もし【土蜘蛛】が龍の国のデウスマキナであれば、十中八九は亡命者が持ち込んできたものよ。……でも、亡命者の情報なんて一般には公開されないし、国のデータベースにも一切情報はなかった」
「では、何故――」
「だから、開拓者協会の登録情報よ。一度登録された開拓者の情報は基本的に消されないからね。……それがたとえ、亡くなっていたとしても」
「っ……」
開拓者の登録情報は、ギルドに所属している者であれば誰でも閲覧可能だ。
チームを組む際の参考情報とする目的があるようで、名前と年齢とランクが必須情報として記載されている。
任意でデウスマキナの情報なども記載できるが、更新する際は自分で行う必要があるため情報の確度はあまり高くない。
そしてシャルの言うように、開拓者が既に故人であってもデータを削除することはないようだ。
……だからこそ、俺は親父の開拓者時代のデータを閲覧することができた。
「父さん、まさかそれで……? なんで……、そんな迂闊なことを……」
「多分だけど、それしかなかったからじゃないかしら? その辺の事情は、マリウスなら理解できるでしょ?」
「……まあ、な」
亡命者である俺には、亡命の際にいくつかの条件が課せられている。
実はそのうちの一つに、『デウスマキナを使用した仕事についてはならない』というものがあるのだ。
俺はガキの頃から軍で育ち、特技といえばデウスマキナの操縦くらいしかなかったため、この条件は非常に厳しかった。
もしトールの父親がデウスマキナ乗りであり、龍の国でも特殊な立場だったのであれば、同じような条件を課せられた可能性は十分にある。
そして、俺と同じようにデウスマキナの操縦以外に突出したスキルがなかったのなら……、仕事として扱われない開拓者になるしか生きるすべがなかったのかもしれない。
「亡命者は色々と事情があるから、開拓者として登録されている可能性は十分にあった。だから10年前以上前に登録された開拓者のデータを片っ端から確認したのよ」
「っ!? 片っ端から、だと?」
「そうよ? 一番確実だしね。まあ、確認する量が多いだけで別に大したことじゃないわ」
「……」
開拓者にプロ制度はなく、仕事としても扱われないため、ギルドに名前を登録するだけであれば安価な手数料しかかからない。
年齢制限も緩いため、たしか年間数千から万単位の登録者がいたハズだ。
つまりシャルは、下手をすれば10万人以上の名簿を一つ一つ確認していったということになる。
それだけでも気が遠くなりそうな作業で想像したくもないが、問題はいつそれをやったかだ。
ここに来てから、俺とシャルは風呂とトイレを除けば常に一緒だった。
その間シャルは、熱心に調べ事をしている様子などなかった――と思う。
もしあるとすれば会話中に端末を操作していたときか、デウスマキナの操縦中くらいしかないが、そんな時間で調べきれる内容とは到底思えない。
確かに順番に確認していくのであれば単純作業ではあるし、時間さえかければ誰にでもできる作業と言えるだろう。
しかしシャルは、それを隙間時間やながら作業でやってのけたのだ
……正直、畏怖の念すら覚える。
「ちょっと!? そんなドン引きしないでよ!? ほ、本当に大したことじゃないんだからね? まず、龍の国の情報については10年前の開国時に世界中に広まったでしょ? 龍の国については私もずっと興味あったし、ネットで情報収集したことがあったのよ」
シャルの言うように、龍の国の情報は開国と同時に世界中に広まった。
それまでほとんど情報が入ってこなかった国だったこともあり、興味本位で調べた者は実際数多くいたことであろう。
しかしシャルの場合、年齢から計算すると恐らく当時は4歳か5歳だったハズだ。
子どもでも趣味が高じて大人顔負けの知識を有する者はいるが、さすがに5歳程度でそんなことを調べる少女はあまりいないと思われる。
「だから、龍の国における姓の命名規則も知ってたの。これだけで大分探すのは楽だったわ」
「そんなに特徴的なのか?」
「ええ。まず、龍の国は基本的にほぼ全ての国民が姓を持っていて、それが少し特殊なのよ。たとえばアクタガワとかクサナギとかイザナミとかだけど、どこの国でも聞いたことないでしょ?」
「……ないな」
帝国は色んな国々と争っていたため、各国の主要人物の名前は俺も何人か憶えている。
その記憶を掘り起こしても、そんな特徴の姓は存在しなかった。
そもそも一般層に姓がない国もあるため、それだけ特徴的な姓であれば確かに目立ちはするかもしれない。
「さらに言うと、姓と名が一般的な順番と逆なの。これはメリダ王国を含む東方の国に多い特徴ね。つまりミカド・トウセンの場合『ミカド』の方が姓ってことになる。正直ミカドって姓は聞いたことなかったけど、これだけ条件が揃えば違和感バリバリよね」
だとしても10万人以上の名簿からそれを探し出すのは至難の業だと思うが、シャルからすればそれだけ情報があれば十分ということなのだろう。
……とんでもない話だが、今はそれで納得するしかない。
「で、そのミカド・トウセンが開拓者として活動し始めたのが約20年前」
「20年前……、となると開国前か」
「そう、つまりトールは亡命後に生まれた子ってことになる。年齢に偽りがなければ、だけどね」
「……そう考える方が自然、か」
冷静に考えてみれば、トールの年齢で亡命をするというのはかなり不自然だ。
仮にトールが自身が亡命してきたのなら、今よりもさらに幼い頃ということになる。
いくらデウスマキナの操縦技術が卓越しているといっても、子どもが長時間操縦するのは体力的に厳しいだろうし、亡命せざるを得ないような事情も目的も想像ができない。
人身売買で売られてきたという方が、まだ説得力がある。
その点、亡命してきたのがトールの父親ということであれば、色々と背景が思い浮かんでくる。
「卓越した操縦技術の割に意識が甘いのは、軍か何かの組織で学んだのではなく、父親の指導だったから――ということか」
もしトールが何らかの組織に所属しており、そこで操縦技術を学んでいたのであれば、同時に組織に所属する者としての立ち回りや周囲への意識のし方などについても学んでいるハズだ。
しかし、そういった意識面については学ばず、父親から直接操縦技術だけを学んだのであれば、あの素人臭い立ち回りにも納得がいく。
「恐らくはね。そして私の推測では、ミカド・トウセンは軍人じゃない。……ズバリ、忍者よ!」
っ!?
忍者……、だと……?




