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星を埋めた少女  作者: 神木ジュン
王都編1
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9話 成り上がりのお嬢様3

 気分転換になるはずだったのに。それがどうしてこうなった。

 馬車に揺られながら、レティシアは眉間に深い皺を寄せていた。


 今日はローレンス(あのおとこ)の領地ーー正確には、あの男の父であるハインカルツェ公爵が持っていた領地の一部だーーの視察に出かけている。領主の仕事を知らない令嬢はいても、自分の領地を見たことのない令嬢はいないから覚えろということらしい。それ自体はいい。自分の居住区やその周りがどのような環境かを知ることは、身を守る上でも大事なことだから。


 しかしどうして同乗しているのが侍女ではなく、家庭教師なのだろう。


「お嬢様は市井のことはご存知でしょうが、領主がどのような仕事をなさっているかはご存知ないでしょう」


 アニチェはそう言って、現場教育とばかりに横から口煩く説明してくる。おかげで土地を覚える気も、クズ男にこんないい土地を与えたハインカルツェ公爵に腹を立てる気すら起きない。


(貴族の仕事ならだいたいは知ってるっての)


 レティシアは心の中で吐き出した。


 貴族の仕事とは、大雑把にいえば領地経営である。領地内の市民が働いて収める税金が、貴族の収入なのだ。領地に住んでいるだけで課せられる税や、農地にかけられた地代、麦を引くのに使う水車小屋などを使う使用料。商人には通行税や嗜好税など、貴族は色々な税を市民に課して徴収する。その代わりというか、税金を安定的に得るために、貴族は己の領地を管理、修繕しなければならないのだ。

 例えば道や水路、井戸、粉を引くための風車などの施設の管理と修繕。揉め事や事件が起こったときには、その判決を下したり、取引や納税に不正がない調査したり。他にも天災が起こった際にはその対処をしたりと、領地に関する業務を行う。


 とはいえ、領地(げんば)であくせく働くのは優秀な役人たちだ。領主がするのは彼らの長に指示を出したり、彼らがまとめた書類や帳簿に目を通し、齟齬がないかを確認して印を押すことだ。一応、視察という名の現場仕事はあるが、あれは本当の現場仕事とはほど遠い。


(それに権力者が見る現場は、しょせんは表面上の領地だしな)


 貴族が見るのは町や商人、職人たちを取りまとめる、庶民の中でも力のある人間によって整えられた町であり、耳を傾けるのは彼らの話だ。だから町の裏側は決して見えないのだ。貧困層は奴隷扱いで問題だらけだというのに。


 レティシアが少々思い更けていれば、扉が開き、青年が顔を出す。従者として付いてきた邸の使用人だ。


「お嬢様、アニチェ様。ここで一旦休憩にいたします」


 いつの間にか二(じかん)近く経ったらしい。ちなみにこの休息は、人間のためではなくて馬のための休息だ。徒歩よりも早い程度の速度とはいえ、車体をずっと引いて歩き続けることはできない。だから移動中、何度か休憩させるのだ。そして当然ながらその度に人間も休むことになる。


(ここを休憩場所にってことは、面倒な予感しかしないんだけど)


 馬車を降りたレティシアは、その施設を見て半目になる。王都のそれよりも断然小さく質素だとはいえ、星堂(せいどう)は星堂だ。宿ではなく、わざわざ星堂で休みを取るということは、星詠(ほしよみ)の有難い説教を聞かされるはめになるのだろう。

 ああ、面倒くさいと思っていれば、


「お待ちしておりました」


 紺色のローブを着た星詠四名に仰々しく出迎えられた。思わず一歩引くレティシア。彼らの恭しさが、権力者や金持ちに対しての媚びじゃなくて、宗教染みた何かを感じる。


「お忙しいところ、お時間を頂戴して申し訳ありません」


 アニチェは四人の星詠の中の、司祭(しさい)と思しき男に挨拶をする。


「そんなことはございません。星の祝福を受けしお嬢様とお会いできるなど、こんな有難いことはございませんから」


(あ、ありがたい?!)


 あまりの言いようにレティシアがギョッとする。


「御年まで星を刻まずして、ご無事に育った方はこれまでいらっしゃいませんでしたから。お嬢様はよほど強い星の元にお生まれになったのでしょう」

「い、いえ、そんなことはありません……」


 それはもう朗らかな笑顔で言われ、声が裏返った。前にも同じセリフを聞いた気がするから、たぶん星詠は皆、思考回路が同じらしい。


「もしかしたら、お嬢様は長年、星導士(せいどうし)のそばで生活していらっしゃったようですので、星に仕えているのと同じ状況だったのかも知れませんね」


 最初よりは少し現実的なことを言っているが、それでもやはり星を絡めたいらしい。ただレティシアにはそれよりも気になることがあった。


「あの……司祭様は他の町の星導士様のこともご存じでしょうか?」

「ええ。もちろん、ノーツェルの星導士のことも知っております」


司祭はレティシアが聞きたいことを察してくれたらしい。ノーツェルは母が静養していた町の名で、母を世話していたのが星導士なのだ。


「あの方はお変わりないでしょうか? もう久しくお会いしていなくて」

「左様でしたか。季節の変わり目で少々体調を崩したようですが、お嬢様がお元気に過ごされていると知れば、彼もきっと元気になりましょう」

「あの方に何かあったのですか……?」


レティシアが心配そうに尋ねれば、


「年齢による衰えでしょう。彼は高齢でしたので」


 司祭の返事にレティシアは安堵と心配が混じった表情を浮かべながらも、やっぱりそうなるよなと思う。それが()()()()なのだ。ファンルドー卿に引きから、もう二年半が過ぎた。レティシアの身辺調査が全て終わったのなら、繋がりは全て消さなければならない。それが追跡を防ぐための()()()だから。


(……わかってはいたけど)


 いよいよ繋がりが消えていくのを知るとショックだった。あまりにもショックすぎて、その後行われた星詠の説教も、アニチェの煩い説明も、何も耳に入ってこなかった。

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