82話 モンテアーノ家3
カイが使っている部屋はボスの代理の人間の部屋にしては、長椅子と小さな机があるだけのずいぶん殺風景なもので、それがこの場所が隠し拠点ではなく、避難場所であることを物語っていた。
レティシアはドスンと長椅子に寝転がる。
(なんで私は放置なのよ! カイのバカ!)
レティシアは苛立つ心のままに手足をじたばたさせる。堅物軍人とおしゃべりしている部屋に突撃したかったが、そんな勇気はなく、だからその代わりに部屋でカイを待ち伏せすることにしたのだ。
レティシアはしばらく不貞腐れていたが、ふと、突然蘇った記憶を思い出す。
(あの場所……私は知ってる)
あの場所ではないが、似たような場所に行ったことがあった。ヴァッセと一緒に。そしておぼろげな記憶通りならば、あの日渡されたものは宝物として手元にあるはず。
レティシアが思い出したことを頭の中で整理していると、扉が開いた。
「あ? テメェ、なんでここにいんだ」
「なんでいちゃいけないのよ」
カイのドスの効いた第一声に、レティシアは唇を尖らせた。約三年ぶりの再会だというのに、この兄貴分は薄情すぎる。
「やっと会えたのに、なんで私じゃないのよ!」
「なんでもクソもねェ!」
レティシアの後ろの襟首を持つと摘み出しにかかるカイ。レティシアはカイの腕にしがみ付いて抵抗する。
「テメェの処分は解けてねェ」
「解けてなくても帰らないから! スファンは殴ってないし、あの鳥の仮面のジジイに文句言わなきゃ気が済まない!」
「仮面のジジイ?」
それまで取り付く島もなかったカイが、わずかに瞳孔を揺らしたのをレティシアは見逃さなかった。
「さっきの遺跡で思い出したの。鷲だか鷹だかの半仮面を被った変人をね。あのジジイは何? ボスが信頼していたくらいなんだから、ただのイカレたジジイじゃないんでしょ?」
「んなことオレが知るか。取引してたのはボスだ」
カイからはもう動揺は見られなかった。だからこそこれは隠し通したいことなのだと確信した。ジジイのことを聞かれたくない理由はわからないが。
もしかしたらそれが忘却されていた、あの日のことと繋がっているかもしれないと思い、レティシアは口を開いた。
「カイはあの遺跡が何か知ってるでしょう? もしかして昔、カイが私に渡してくれた小箱の中身ってーー」
「……お前。あれは誰にも教えてねェだろうな?」
「もちろん」
それまでとは打って変わり、カイから強い圧を感じたレティシアは背筋を伸ばした。
「なら、災厄が起こるまでは全部言った通りにしとけ」
「!!」
具体的には何も言っていなくても、言い回しだけでカイが言おうとしていることが理解できた。そして決して口には出してはいけないことだということも。
「……だったら」
カイはレティシアを見下ろす。その目はいつもの目に戻っていた。
あ、と思ったときには遅かった。抵抗空しく、カイに広間らしきところまでずるずると引きずられる羽目になった。
「いーたーいーっ!!」
「テメェ、護衛ならこの跳ねっ返りをちゃんと監視しとけ」
まるで荷物のように放り出されたおかげで足がよろついて、ヴァスバード侯爵にぶつかった。カイに文句の三つや四つ言ってやろうと振り返ろうとして、突然体が宙に浮いた。ヴァスバード侯爵がレティシアを肩に担ぎ上げたのだ。
「ちょっ!」
「これは私の落ち度ではないだろうが」
「何すんの! 下ろせっ!」
ヴァスバード侯爵はレティシアの声を無視してずんずんと進む。担がれたまま振り向けば、向かう先には不気味に光る穴、門があった。
「ヴィンス! 離せって!」
焦ったレティシアは拘束されている足をバタバタ、彼の背中をバシバシ叩きながら、助けろとカイを見る。が、完全に無視してくれた。レティシアは成す術なく、門の向こうへ連れて行かれた。
◆◆◆
周りの景色が市井の拠点らしき家屋に変わって間もなく、それまで見えていた拠点の景色はただの石壁になった。あちらで門を閉じたのだ。もう向こうへ行くことはできない。
「……何てことしてくれたのよ!」
やっと降ろされたレティシアは、ヴァスバード侯爵に詰め寄った。カイとはほぼ喋っていなくて状況はわかっていないし、アビから渡された鍵もカイに取り上げられたままだ。
「一家の状況を確認できた。もう目的は果たしただろう?」
「果たしてない!」
予定が狂ったのは、この男がレティシアを差し置いてカイと密談していたことが原因だというのに、偉そうな態度に怒りを覚える。
「あれ以上あちらにいるのは危険だし、彼らの邪魔になる」
「だから私が戦力に!」
「君が一人追加されたところで状況は何も変わらない。それに君は追放された身だ。戦力になるどころか、あの場所に閉じ込められるだけで何もさせてもらえないだろう。先ほどは監視が甘かったようだがな」
「……!」
図星を突かれたレティシアは歯を食いしばった。確かに彼の言う通り、状況は変わらないだろう。
(だけど肝心なときに何もできないなんて)
己の無力さに拳を握りしめる。
「言っただろう。君は黒幕と接触した唯一の証人だと」
「……わかってるわよ」
だから自分にしかできない方法で仇を討つのだ。軍を利用して家族を、そして故郷をあんなことにした連中に。それと調べることや、やらなければならないこともできた。
どの順位でどう進めて行くべきか。そんなことを思っていると、強い視線を感じ、顔を上げた。
「レティシア。私は君の約束を守った。ならば今度は君が私との約束を守る番だ」
薄い緑色の瞳と目が合った途端、なんとも居心地の悪さを感じた。見透かされているのとは違う、別の何かを。
「これから駐屯所に移動し、そこから王都へ向かう。おそらく八日前後かかるだろう」
「はいはい」
レティシアは適当に答えながら視線を逸らした。今は余計なことを考えたくない。
「では行こうか」
小屋を出る彼の後に渋々ついていく。そして扉を出る直前に振り返り、ただの落書きとなってしまった門の跡を目に焼き付けた。
第五区編はここで終了です。




