79話 地下の奇跡2
「カイーーーーッ!」
レティシアは唖然とするカイに思いっきり飛びついた。
確かに筋肉の固い感触がある。心音が聞こえる。生きてる。生きてた。
レティシアがカイの胸で喜びをかみしめていれば、突然後ろの襟首を引っ張られ引きはがされた。
武器を構えていた家族は戸惑いながらレティシアを見ていた。
「お前、なんでここに」
「心配だからに決まってるでしょ!」
カイは口を開き、しかし何も言わずにレティシアの背後を睨んだ。視線の先にいたのはヴァスバード侯爵だ。
「ああ、あれは私の護衛みたいなものね。今のところ害はないわ」
「……お前ら、引き上げるぞ。誰かそこの男を引っ張ってこい」
カイの一言で皆が一斉に動き始めた。
(もーー! なんなのよ!)
レティシアは一人憤慨する。家族と会えた感動の余韻に浸る間もなく、みんなで地下施設から移動し始めた。それはいい。それはいいが、レティシアの後ろにはぴったりとヴァスバード侯爵が付いているし、前を歩く仲間に喋りかけたら、カイに「黙れ」と一喝された。せっかく会えたというのに、なにこの態度。
レティシアが頬を膨らませているうちに、目的地に着いたらしい。岩を削っただけの出入り口の一つに入れば、左右に木の扉が並ぶ道が続いていた。
廊下みたいだと思っていれば、
「客人はここの部屋だ」
「私?!」
「お前の処遇は解かれた訳じゃねェ」
カイは真横にあった扉をカイが開けるやいなや、レティシアの腕を引っ張り、中に放り込んだ。そしてレティシアがバランスを崩して尻もちをついている間に、扉を閉めた。
「ちょっと、何すんーー」
外からガタンと音がして、慌てて扉に体当たりをしたが、開かなかった。外からつっかい棒をされたらしい。
「ちったァ大人しくしてろ!」
「ーーっ! カイのバカ!!」
レティシアは怒り任せに扉を蹴った。
◆◆◆
「テメェはこっちだ」
ヴィンセントはカイという男について歩き出す。武器は全て取り上げられたうえ、レティシアとは離された状態だが、全く焦りはなかった。雑な扱いをしていても、彼からは悪意を一切感じなかったからだ。どうやら彼女を気に掛けていたのはボスだけではなかったようだ。
スファンはレティシアの身元を知っている人物は四人いると言っていたが、「兄貴」と呼んでいた人物が彼なのだろう。
二人は無言のまま扉が並ぶ道をさらに進み、突き当りの部屋に入った。宿よりも狭い空間には荷箱と、小さいテーブルと椅子があった。
「ヴィンスだっけか? アイツの護衛とか言っていたが……その腹の据わり方、どこの部隊のモンだ?」
カイは椅子に腰掛けるとヴィンセントに対して鋭い視線を送る。赤茶色の瞳は、獰猛な獣を思わせた。
「中央だな」
答えながらヴィンセントも座る。
「へぇ。中央部隊でテメェくらいの年齢で人の上に立ってる奴なんざ、そうそう居やしねェ」
カイは口元を歪ませながらヴィンセントを見る。まるで正体を知っていると言わんばかりだ。
「私が何者なのかは想像にお任せしよう。それで呼んだのは私だけでよかったのか? 彼女を同席させた方がよかったかも知れんぞ」
「アイツはボスが追放した人間だ。本来ならここに足を踏み入れることすら許されねェ」
カイは吐き捨てるように告げる。しかしヴィンセントにはそれが彼女を突き放すための演技のように見えた。
「で、テメェの目的は何だ?」
「彼女の保護だ」
「ハッ。アイツがいくらどうしようもない跳ねっ返りでも、部隊の頭が出て来る訳がねェだろう」
やはりヴィンセントの正体を見抜いていた。そして自分の裏に国営軍を見ている。
既に戦力を削られているところに軍の手が及べば勝ち目がない。ならばヴィンセントを殺すかといえば、それはそれで軍と全面戦争になるためにできず。けれど素直に王都に帰す気もなく、というところで考えあぐねているのだろう。
「婚前の令嬢の誘拐というのはかなりの醜聞だ。特に身分が高ければ高いほどな。それで確実に彼女を保護するために、スファンの案内でこちらに来た」
カイは表情こそ変えなかったが、一度だけ瞳孔に変化がみえるところがあった。レティシアが誘拐された下りのときだ。これは彼も予想していなかったらしい。
「スファンは仲間の状況を確認しに行くからと、途中で別行動になったのだが……スファンはいないのか」
「さァな。ボスの命令で表に行ってからの動向は知らねェ」
「この場所に来た形跡もないのか?」
「ここは異常事態が起きた場合の最後の砦。知ってるのはごく一部の人間だけだ」
緊急でも非常でもなく、異常事態。それがどういう意味か問いたかったのだが、カイはダンと机に足を乗せ、話を強制的に終わらせた。
「んで? テメェがここでかき集めた情報は?」
「お前たちも知っていることがほとんどだろうが」
そう前置きして、情報屋から得た情報を掻い摘んで説明する。
「それと昨日、南側の街でお前たちのボスの短剣を見つけた。レティシアがボスのものだと確認している。それを持っていた男の話が真実ならば、一階層で落ちていた右手首から奪ったそうだ」
「……そうか」
既に覚悟はできていたのだろう。赤茶色の目に驚愕も悲観の色もなかった。
「さて私から提案があるのだが」
「テメェ。余裕こいてねェで、自分の身の心配をした方がいいんじゃねェのか?」
いかにも悪党という顔で、ドスの聞いた声で脅しに掛かるカイ。
「それなら問題ない。お前は私を殺せない」
ヴィンセントは口元に笑みを浮かべる。
「私を殺すと彼女を市井に返せなくなるからな。それに私を殺したところで、軍は既に第五区で反乱が起きたことを知って動いている。門という存在を知った以上、昔のように軍を撒くことはできんぞ」
カイは睨みこそ効かせているが、考え込んでいる。ならばチャンスは今しかない。ヴィンセントはゆっくりと椅子の背に身を預け、両手を組んだ。
「お前たちは今、窮地に立たされている状態で、私たちは敵の情報が欲しい。……我々と手を組まないか? もしも軍に協力すると言うのなら」
「ハッ。命惜しさにオレらが助けを求めるとでも思ったか? 寝言はくたばってから言うんだな」
「軍に協力するくらいなら生き残った一家郎党、犬死にすると? 意外と感情的な男なのだな」
「テメェ」
カイは殺気立った。けれどカイは苛立ちこそ見せているが、ヴィンセントの挑発に乗ることはなかった。このままでは無意味に散るだけの未来が予想ができているのだろう。
「もし我々に協力するのであれば、食料や医療、貴族内での不審な動向の情報を提供をしよう。必要ならば当面生活するための住居も用意する。当然、身の安全も保証しよう」
ヴィンセントの提案に、カイは肉食動物のような鋭い目を光らせる。
「そんな都合良い話を真に受けるとでも?」
「信じるかどうかはお前次第だが、私はお前たちは他の凶賊と違い、信頼できると思っている。レティシア嬢を王族だと知って、保護した功績があるからな」
「……あの跳ねっかえりが王族とは、世も末だなァ」
王族と言われてもカイの態度や表情に動揺はない。やはりそこまで知っていたのだ。だったらなおのことわからない。そう思いながら話を続ける。
「お前が何を言おうと、レティシア嬢と彼女の母を助けたことは事実だ。だからお前に取引を持ち掛けている。間違いなく敵は冬に仕掛けてくるはずだ」
数多の凶賊を買収し、五老院を崩壊させた黒幕の目的は、五老院が押さえている門などの特殊な力を利用するため。そして全てを手に入れたうえで国家転覆をするつもりなのだ。それはなんとしても防がねばならない。しかし今から黒幕を突き止めるには時間が足りないのだ。
「敵は有象無象の寄せ集めだ。ならば下っ端を手当たり次第潰すよりも、上にいる凶賊を潰した方が賢明だと思わないか?」
ヴィンセントがカイに求めることは、情報の提供ーー黒幕が抱え込んでいる凶賊の情報と、その連中と繋がりがあった貴族などの情報ーーだ。効率よく黒幕を炙り出すためにも、連中の手下となった凶賊と接触のある者から情報を得て、犯人を絞り込む方が早い。
カイは険しい顔でヴィンセントを見ていたが、不意に口を開いた。
「……その様子じゃァ、王サマの仕業じゃねェんだな」
「そう考えていたのか」
大量の凶賊を買収できるだけの資金力を持ち、さらに大量の武器を他の人間に怪しまれずに提供することができる人物となれば、相当な権力、財力を持っている者になる。そして門を軍の監視が厳しい王都周辺で作っていた状況から、カイは黒幕が最大権力者である国王陛下だと考えたようだ。
「それはないな。色々理由はあるが、特にレティシア嬢が領地で発見した呪陣の異様さを考えると、王族の仕業はあり得ない」
「呪陣?」
「ああ。二年前から呪陣を使ったいたずらが度々起こっていたのだが……ラインベール領で彼女が見つけた呪陣の野犬だけ、腹を切り刻まれていたんだ」
ヴィンセントはこの事件かラインベール公爵が社交界に現れてから彼に由来する場所で起こっており、かつ彼の領地で見つかったものだけ悪意が見てとれたことから、彼らと何かしら関係しているのではないかと告げる。
「……それが本当なら、黒幕は奴しかいねェな」
カイは顔を険しくして呟く。
「心当たりがあるのか?」
「心当たりも何も、お前らが一番よく知ってるんじゃねェか?」
ーー古の一族。
カイの口から出た言葉に、ヴィンセントは息を飲んだ。




