69話 情報屋3
連絡鳥。凶賊同士の連絡手段として使われている第五区特有の鳥。この鳥が優秀だと言われているのは、飛行速度とその習性だ。警戒心が強く、届ける相手の周囲に人がいたら姿を現さず、けれど手紙を受け取ってもらえるまでしつこくつき纏う。しかし相手が死んでいた場合は、即座に送り主の元に戻ってくるため、決して敵に情報が渡ることがないのだ。
(いや、連絡鳥が戻ってきただけじゃ白黒の判断はできない。それにあの人は誰よりも強いんだ)
連絡鳥は戻ってきたのではなく、あの人が意図して送られた手紙を親父に戻しただけ。レティシアはそう自分に言い聞かせて平常心を取り戻す。
「……一体何があったの。知っている限りの全てのことを教えて」
息を整えると、改めて親父に尋ねる。
「家族の話もしたんだ。対価分は払っただろうが」
「じゃあ対価にもう一つ付け加えるわ。私を誘拐した連中の中に二人、貴族の使用人いた。しかも凶賊はそいつらの指示に従っていた」
レティシアは隠していた切り札を出した。情報が欲しいのは親父も一緒。そしてこの情報が持つ意味も価値も親父がわからないはずがない。すっかり酔いの冷めた親父はチッと舌打ちをしてから再び口を開いた。
「十六、七日前だったか、夜明け前に落雷とも落盤とも違う轟音が鳴り響いた。あまりの音で飛び起きたが、町じゃァ特に何も起きてねェし、他の町でも落雷や落石があったという話は聞かなかった。……だがそれからか。北と西の三階層と二階層の間に阻塞が張られたのは」
阻塞は常に三下が見張っていて、商人すら入れないのだという。
「阻塞内の様子はわからないが、見張っているのが支配者の奴らじゃねェことは確認している。最初こそ住民は抗争が起こるんじゃねェかとハラハラしていたが、阻塞を張った以外に動きがなくてな。上の街に行き来できなくなった以外、生活に支障がねェから、そのうちに話題にもあがらなくなった」
だから上の状況を確認しようと十三日ほど前、ヴァッセを含む顧客数名に連絡鳥を送ったのだが、その全てが戻ってきてしまったと親父は言う。
「ありとあらゆる伝手と手段を使って、ようやく上の状況を知る人物を見つけ出した。それが六日前だ」
情報の主は北の闇医者に運び込まれた男で、偶然一階層付近にいて巻き込まれたらしい。
「何があったのかというオレの質問に、そいつは息絶え絶えながらも喋りはじめたよ」
◆◆◆
俺は……隠れ家にいたんだ……。仮眠を取ろうとしたら、いきなり凄まじい音がして体に衝撃があって……気づいたときには俺は瓦礫の山ン中で伸びてた。
何があったのか……街は跡形もなくなってて……一緒にいたヤツがどうなったかも……わからねェ……。……仲間のことを気にする前に遠くで怒声がして……それで俺は敵襲に遭ったんだと気づいた。このままじゃ殺される……。俺は必死で瓦礫の山から抜け出したんだ……。
◆◆◆
「……この話を聞き出すのに三刻近くかかった。もっと詳しく聞きたかったが、残念ながらそいつは翌日、治療の甲斐なく死んでしまった」
闇医者でさえ顔を顰めるくらいの有り様だったから、むしろ生きていて話せたことは奇跡だったと親父は呟く。
「……その攻撃があったのは北だけ?」
「情報があったのは北だが、一階層の地形からして、建物を壊すくらい派手にやるなら他のところもやってねェとおかしい。それはおめぇがよくわかってんだろう」
レティシアは返事はせず、代わりに唇を噛みしめた。第五区は五つの山をギュッと寄せ集めたような形で、中央の森と大きな湖を囲うように五家の領地がある。だから五家は両隣だけでなく、湖を挟んだ家のことも監視していた。文字通り、睨み合いだ。
そういう環境だから、もしもどこかで大きな争いがあれば他の家がすぐに気づき、そこから五家全体での争いに発展していたはず。しかしどうにもそういった気配はない。それが意味するのは、一階層全体が攻撃に遭ったということだ。
「モンテアーノ家の拠点も阻塞が張られているの?」
「わからん。今それを確認していて、確認ができているのは西と北の一部の街だけだが……モンテアーノ家の拠点と東側も同じようになっているだろうな」
ここまで言うと、親父は盃に残る酒を一気に飲んだ。
「本来、裏づけも取れていないから情報じゃァねェんだが、おめぇがもたらした情報はこれと繋がっているだろうから話した。……ルタ。悪いこたァ言わねェからおめぇは手を引け。おい、アビ」
「ちょっと待っーー」
「貴族が関与している時点で気づいてんだろう? これはただの抗争じゃァねェんだ。何も死に急ぐこたァねェ」
まだ聞きたいことはあったが、アビとヴァスバード侯爵が入ってきてしまったため、話は強制的に終わりにされてしまった。
◆◆◆
「一体どんな情報を聞いた?」
宿の部屋で簡単な食事を追えると、ヴィンセントはレティシア嬢に尋ねた。
情報屋と彼女の話が終わったとき、夕刻だったためにヴィンセントはすぐに宿を取った。いや、夕刻でなくても同じことをしただろう。情報屋では体よく部屋を出されてしまったから、情報を把握する必要があったのだ。彼女の様子に違和感があるからなおのこと。
「一家のことが聞けないのなら、第五区で起こっていることを聞いているだろう?」
ヴィンセントの問いに、レティシア嬢は青紫色の瞳を鋭く光らせる。
「まぁね。……十六、七日前に北側の上で交戦があったらしい。らしいっていうのは、その情報源は一人だけで親父も確認できてないから。北と西の二階層に阻塞が張られていたうえ、見張りもいたから上に行くのは諦めたって」
「モンテアーノ家の本拠地がある南側については?」
「知らないって。追求しようとしたんだけど、これ以上売れる情報はないって強制終了されたわ。というか交戦があった話も不確定情報だから売るつもりがなかったらしくてね。なかなか言わないものだから、一発触発になったわよ」
ため息交じりに答えるレティシア嬢。今の言葉は嘘ではないだろう。
(だが何かを隠している)
彼女の表情をじっと見ていたヴィンセントは確信していた。普通の人間なら見落とすだろうほんの少しの変化。だが長年軍人して生きてきたヴィンセントが見逃すはずがなかった。
情報屋との話が終わった直後の彼女の顔は少々青ざめていたし、今もその表情は固い。それに何より、ヴィンセントが早めに宿を取ったことに彼女が一切文句を言わなかった。例えここが二階層に近い場所とはいえ、これまでのように進むと駄々をこねなかった。そこから考えられることは、彼女にとっては不都合な情報が入ったということだ。王都へ連れ戻されると思って口を閉ざしているのかもしれないし、上で交戦があったというのが一階層全体の可能性がある。戦争となれば、どんな強靭な戦士でも命の保障はない。
「……他に言っていないことはないか?」
「ないわ」
平然とした顔で即答するレティシア嬢。これは断固として言わないだろう。
本当ならば今すぐにでも連れ戻したいが、王都へ戻った後のことを考えると、強硬には出られない。幸いにもこの街は二階層に近い。ヴィンセントはもう一日だけ街の様子を見てから判断を下すことを決めた。その決断が過ちだったと後悔するとは思わずに。




