55話 帰郷1
(うそ! もう日が昇ってるじゃない!)
レティシアは目を覚ますなり、灯り取りの窓から差し込む強い日差しを見て、藁の山から飛び起きた。泥のように眠るなんて、いつ振りだろうか。リーズで命懸けの追いかけっこと、その前の誘拐の件でだいぶ疲れていたようだ。
レティシアがリーズで命懸けの追いかけっこの末に、第五区に辿り着いたのは昨夜。そしてこのぼったくり宿に駆け込んだ。ぼったくりと言っているのは、正規料金を取られたのに通された部屋が荷が散乱する屋根裏部屋だったからだ。麻の布を被せただけの藁の山をベッドというのはどうかと思う。これなら監禁されていた物置部屋の方がマシだった。
(凶賊盗人がそこら辺にいて野宿できないのをわかって足元見てきて!)
思い出してイライラしながら、下着の上から短く切ったコルセットを着け、胸部を締め付ける。本来コルセットとは男好みの体型に偽装するための装備品だが、今は胸を潰すために使っている。幾ら少年の格好をしていても、胸が豊かじゃなかろうと体のラインで女だとバレるからだ。
着替え終わったら腰まである髪を編み込み、頭の上で纏めると帽子の中に隠した。そうして支度を終えると、レティシアは足早にぼったくり宿を後にした。
舗装どころか整備もされていない道。秩序なく建てられた、石を積み上げただけの洒落っ気のない家。そんな殺風景な町を辛気臭くしているのは、行き交う人々のせいだろう。着ている服だけでなく、皆どことなく覇気がなく、それだけでこの町が貧しいことがわかる。そもそも初代国王が捨てたくらいの土地だから、市井の農村部よりもはるかに貧しいのだ。
(これが第五区の姿なんて、軍人どもは夢にも思わないだろうな)
第五区は凶賊の巣窟と言われているが、実際のところ、統治しているのが凶賊なだけで、人口の半数以上はなんの力もない庶民が暮らす町である。
そもそもここに集まってきたのは、犯罪者よりも生活困窮者や孤児の方が圧倒的に多い。その中から凶賊になる者もいるが、それはほんの一握りの人間だけ。だからそれ以外のごく普通の人々は、畑を耕したり機織りをしたりして生活している。市井と違うのは抗争や暴力脅迫誘拐殺人が日常茶飯で起こっているくらいだ。
(まあ平和ボケした市井の人間には危険な場所に思えるだろうけど)
誰がなんと言おうとここはレティシアの故郷であり、原点と呼べる大事な場所だ。あの人に助けられていなかったら、きっとレティシアは市井の片隅で母と共に無意味に死んでいただろう。家族というものも楽しいという感情も知らず、自分を取り囲む全てを恨みながら。
(私は第五区に来て、本当の人生が始まった)
あの人には返しきれないほどの恩がある。だから一家に戻ることが許されなくとも、あの人のために。そう決意し、第五区へ再び帰ってきた。しかしーー。
(ここどこ?)
レティシアは困惑する。門とは、離れた拠点同士を繋げる特殊な出入口。だからてっきりモンテアーノ家の支配地に繋がっていると思ったのだが、どうやら家とは全く関係ない場所に出てしまったらしい。
(三階層の中腹か?)
四階層は金も生きる力もない人々が流れつく場所なので、凶賊すら統治していない無法地帯だ。家も洞窟に等しいので、歪でもこうしてちゃんと家の形をしている時点で、この町は三階層以上の町だと確定している。あとは三階層の中のどのあたりかということだが、レティシアは山の尾根のように見える一階層をチラリと見上げた。
例え来たことがない町でも、上を見ればだいたいの位置はわかる。第五区は土地というか、ほぼ山だ。その山の頂上を一階層、谷底を四階層とする四つの階層で分けていて、一階層が第一区の一等地に当たる。つまり強い凶賊が治めるのは山の峰、上層階になるということだ。
そしてレティシアの記憶の限り、一家は三階層に拠点を持っていなかったし、門を作ってもいなかった。それが意味することは。
(リーズにあったからモンテアーノ家ものだと思ってたけど、敵の門だったとは)
ここは敵の支配地ということ。失敗したと思いつつも、来てしまった以上、元家族が支配する町まで向かうしかない。
(よかったわ。拠点を示す羅針盤はなくても、目指す場所が一目でわかって)
有力凶賊であるモンテアーノ家の縄張りは、当然一階層だ。つまりこのまま上に上がって行けばいい。関所とかは後で考えることにして、レティシアがすべきことは無事に敵地を抜けることだ。
ぱっと見た限り凶賊らしき人影はないが、市井で国営軍が巡回しているように、ここでは支配者である凶賊一家が、庶民に紛れて支配地内を常に監視している。奴らが敵だと思ったらシロクロ関係なく襲撃するし、敵でなくても、金目のものを持っていそうな人間や目についた女を捕らえ、略奪暴行誘拐していく。だからここを縄張りとする連中らの目に留まらぬよう、細心の注意を払って行動しなければならないのだ。
(この感覚、久しく忘れてたわ)
二年半の間に鈍ってしまった勘を必死に思い出しながら、レティシアは歩を進めた。




