41話 偶然とクセ3
邸に戻ったレティシアは、着替えもせずにクラリスを庭へ案内する。庭を見るだけだと思っていたクラリスは、庭の一角に設けられた青空茶会席を見て「まあ、かわいい」と目を輝かせた。
「せっかくですから、花を見ながらお茶にしましょう」
あたかも自分が考え出したように言っているが、花を見ながらお茶という提案をしたのは侍女である。レティシアは同意しただけだ。
(やっぱりこういうのは女子力高めの女子に任せるに限るわー)
単に小さなテーブルと椅子を置いただけの即席会場ではあるが、周りには色とりどりの花々が。テーブルには白いレースのクロスが敷かれ、白い陶器の茶器、そして砂糖菓子と巷で話題の焼き菓子が入った皿が並んでいる。なので曇っていても彩りは十分だというのが、レティシアの感想だったが、クラリスの乙女心に大いに響いたらしい。
次何かあったときも侍女にお願いしよう。
椅子に座ったところで、レティシアはクラリスに小さな包みを渡す。先日王立庭園に行くための口実で買った、星型に加工された輝星石のチャームだ。宝石の質としてはガラクタ同然だったが、クラリスが好きそうな売り言葉があったので購入した。
「かわいい!」
「幸運のお守りだそうですよ」
「本当⁈ ありがとう、レティ」
女だけのお茶会は、一方的にクラリスが喋り、レティシアが聞くといういつも通りのスタイルである。結婚式を控えているからか、クラリスにしては珍しくその準備の話がほとんどだ。と思いきや、
「ところでレティは運命のひ」
「運命の人とやらには会ってませんし、そんなものは物語の中の存在ですよ」
キラキラした目を向けられたレティシアは、被せ気味に答える。やはりクラリスには恋愛話は外せないらしい。
「義姉様は特別なんです。ケビック様のように直接求婚してくる男性はごく稀で、そんな相手に出会う確率は、雷に打たれるよりも低いんですよ」
「そうなの?」
「そうです」
貴族にとって結婚とは個人のためではなく、家のためのもの。だから利益のためではなく一目惚れで、それもクラリス本人に直接求婚したケビックはとても珍しいのだ。それに結婚式後にもクラリスのために労いの何かやろうと考えているというのだから、今のところ、クラリスは大事にされていると思う。いや、クラリスの性格を考えると大事にされるだろう。
「義姉様はきっと素敵な家庭を築きますね」
「うふふ、ありがとう」
クラリスははにかみながら笑う。その顔はどことなく亡き母に似ていた。
◆◆◆
母の言う『いい子』というものが存在するとは思っていなかったレティシアにとって、クラリスは衝撃的な存在だった。突然現れた得体の知れないレティシアに対しても優しく、本当に心の底から綺麗だと思った。
もしも自分が娘でなかったら。義姉が娘だったら、母の人生は違ったのだろうか。
幼い頃から幾度も思っていたことが脳裏を過る。たらればの過去を考えても無意味だとわかっているのに。
(あー、感傷的になってるな)
柄じゃないのにと自嘲しながらちらりと窓を見て、もう日が暮れはじめていたことに気づいて、ソファから上半身を起こした。養父一家が帰宅したのは昼過ぎだから、どれだけ物思いに耽っていたのだろう。
(よし、明日朝一で領地へ戻ろう)
感傷的なのはきっとストレスのせいだ。早くストレス源から離れなければ。
そうと決まれば、マクシミリアンに早く話をしよう。レティシアは立ち上がり、スカートのポケットから何かが落ちたのに気づいた。
(紙切れ?)
それを手に取りながら、そういえば今朝スリをやったことを思い出した。ゴミだから捨てるだけなのだが、なんとなくそれを広げて、途端に目を見開いた。
綴られていたのは文字ではなく、見慣れた記号ーー第五区で使われている暗号のうちの一つーーだった。
「ネービス、制圧。次、進める。援護、要求……」
レティシアは息を飲んだ。これは反乱を示唆する密書だ。いや、すでに五老院の一つであるネービス家の中で内部反乱が起きたのだろう。俄かには信じられない話だが、右下に血で描かれた、印璽と同じ意味を持つ固有の印があるので、このメモが事実だと判断できる。
(スファンが言ってたキナ臭い動きって、これのことか)
嫌な汗が出る。これを持っていた男はあちら側の人間ではなかった。つまりネービス家で反乱を起こした人物に、資金提供をしている表側の人間がいるということだ。金と人脈を考えれば、貴族か富豪だろう。
(だとしたら『次に進める』の意味はなんだ)
レティシアは混乱している心を落ち着かせ、思考を巡らせる。表側の連中と手を組むという、凶賊魂の欠片もない野郎はともかくとして、第五区の均衡が崩れるようなことに加担した表側の連中が考える次のこととは。
(まさか、五老院に取って代わる気か……?)
第五区は五老院が統治している。五老院を押さえれば、実質的に第五区の土地と凶賊をすべて手中に治めたも同然で、第五区の新たな支配者になるということだ。
とにかく皆に知らせなければ。レティシアは急いで紙とペンを出し、元家族に危険を知らせる短い文を書く。そして裁縫道具から針を取り出すと、左の人差し指に刺し、溢れた血にペン先をつけて、メモの右下に紋様を描いた。これはレティシアがあちらにいた時に使っていた印血だ。
それを盗んだメモとともに小さく折りたたむと、鳥かごから出した連絡鳥の腹にある袋に突っ込んだ。
「スファンのところへお願い!」
窓から連絡鳥を放つと、小さな鳥は目にも止まらぬ早さで、赤く染まり始めた空に消えていった。
雷に打たれる確率は 1/77万分から1/100万分 らしいですね。




