40話 偶然とクセ2
星の都と言われる王都の街は一段と活気づいている。広場やその近くの通りには露店がいくつも出ていて、そこを人が蟻のように群がっている。今日はあいにくの曇りだったため、約束通り、義姉と出歩くことになったのだ。
「なんだかあっちで楽しそうな声がするわ!」
「きっと旅芸人の一座が来ているんでしょうね」
「旅芸人⁈」
なんか余計なことを言ってしまった気がする。クラリスは時々領地の街に遊びに出ていたはずだがあったが、この様子だと旅芸人の一座と出会わしたことはなかったようだ。
「義姉様。変な噂を立てられたり変な人に絡まれると大変ですので、見るなら遠くからにしてください。何か面白いものを見つけても、一人でどこかに行かないでください。方向転換するときは、右左を見てください。散策できるのは半刻だけです」
「わかってるわ!」
本当にわかっているのか怪しさ満点の返事をしたクラリスは、レティシアの腕を引っぱって人混みの中へと向かった。
(エドモンも連れて来たのは正解だったな)
人だかりの中に入ったレティシアは心底そう思った。ちなみにレティシアがこういう場所に来ることに乗り気でない理由は、クラリスの監視が大変だということもあるが、もう一つは危険だからでもある。
(こういうところは狙いやすいんだよなあ)
これだけ人がいれば盗みやすいし、逃げ隠れもしやすいから盗みをする盗人にはうってつけの場所なのだ。そしてそういう連中にとって、レティシアとクラリスは恰好の獲物。商人の娘っぽい装いをしていても富裕層の人間だとわかるし、側にいる男が一人ときたら、それは目を付けないはずがない。悪党によってはより金をせしめようと、誘拐することもある。こういう事情は街の上辺だけしか知らない貴族たちにはわからないだろう。
レティシアはクラリスの付き添いをしながら、常に周囲に気を張り続けた。結婚前の義姉に何かあったら目も当てられない。
「お嬢様、そろそろ」
「ですって。戻りましょう、義姉様」
侍女に促されたレティシアは義姉にも伝える。今のところ怪しい人物はいないが、長居すればリスクが増えるからだ。クラリスも十分に祭りの気分を味わえたらしく、すんなりと同意した。
そして踵を返し歩き始めーー後ろから複数人が騒ぐ声と、何かが落ちるような音が聞こえて立ち止まった。振り向くと、こちらに向かってズカズカと足早に歩く小太りの男が見えた。どうやら露店にぶつかったらしく、男の通ってきた道には花とバケツが散乱していて、店主が怒鳴っている。
それを全く気にせず、人ごみを掻き分けるように大股で歩いてくる男の顔を見て、ピンときたレティシアは男の進路上にいたクラリスの手を引いて自分の背後に下げながら、自分が前に出た。男が避けずにぶつかってくるとわかって。
案の定、男はレティシアにぶつかってきた。レティシアは小さく悲鳴を上げながら男の方へ倒れ込み、それと同時に男にはバレないよう、素早く右手を動かした。
「お嬢様!」
エドモンがレティシアが倒れないよう、体を支えてくれる。
「レティ?! 大丈夫っ?!」
「お嬢様っ! お怪我は?!」
二人は悲鳴のような声をあげ、エドモンは立ち去った男を睨んでいる。
「ええ、平気よ、エドモンがいてくれたから。それより義姉様! 怪我してませんか?」
「私は大丈夫よ。レティが手を引いてくれたから」
レティシアは体勢を戻しながら、右手の中のモノをさりげなくスカートのポケットに入れた。実は男とぶつかった瞬間、レティシアは男のコートのポケットから中にあったものをスったのだ。
先ほどのあの男の挙動や表情で、男が何かやましいことーー例えば麻薬を買ったとかーーをしたのだろうと察した。だとするとブツは手では持たずに、どこかに隠すはず。その隠し場所が素人ならばコートのポケットで、右利きなら右側だろう。そう思ってやってみたら見事に当たったのだ。
なんでこんなことをしようと思ったのかは、自分でもよくわからない。強いて言えば勘というのか、昔のクセというのか、そんなところか。
(麻薬じゃなかったか)
手の中の感触的には質の悪い紙のように思える。まあ麻薬だったところで、今のレティシアにはそれをどうにかする術はないし、手土産にできるような情報でもないので、全く残念ではない。
「それより早く帰りましょう。あまり目立つのはよくないわ」
今の騒ぎを聞きつけて近くの巡回兵が来るだろう。これ以上ここにいるのは面倒なので、不躾な男だと憤慨している侍女とエドモンを宥めながら、その場を離れた。




