39話 偶然とクセ1
「遠いところようこそ。ファンルドー卿」
「お招きいただき、ありがとうございます」
「お変わりないかな?」
「ええ、お陰様で」
当主同士の挨拶が終わると、レティシアも「お久しぶりです」と挨拶をする。
(本当に久しぶりだな)
目の前の三人を見て、改めて思う。養父一家とは書簡ではやり取りしていたけれど、直接顔を合わせたのは二ヶ月ほど前のシェンス家に呼ばれた時だったし、義兄のリベルトに至っては養子に出された時以来だ。
「レティ! 元気だった?!」
「義姉様もお元気そうで」
相変わらず人懐っこい笑顔で抱き着いてくるクラリスに、いつも通りの対応するレティシア。
「クラリス嬢はまた一段と綺麗になったね」
「まあ」
クラリスが綺麗になったのは確かだが、ローレンスが言うと反吐が出そうだ。レティシアがいつも以上に仏頂面になっていれば、ファンルドー男爵が、心配そうな顔で「レティシアは変わりないか?」と聞いてきた。どうやら強制的にレティシアを養子に出したことに、心苦しさがあるようだ。
「ええ、特には。義兄様は少しお疲れのようですけど」
レティシアは養父の隣にいるリベルトに顔を向ける。義兄はどことなく疲れた顔をしていた。
「少し厄介な仕事があったせいかな?」
曖昧な返事がくる。仕事というのはきっと国営軍での任務のことだろう。リベルトはファンルドー領を継ぐことが決まっているが、現在は国営軍の東部隊にも所属している。これは軍人になりたかったからではなく、人脈づくりのためだ。真面目で誠実なのに身分が低いだけで、こうも苦労するなんて、世の中理不尽なものだと思う。
養父一家を招いての晩餐会は、ローレンスがいたことを除けばとても和やかだった。話がクラリスに集中していたから、レティシアに話が振られなくて済んだのもある。
「レティ、明日ちょっとだけ街に行かない? お祭りをやってるみたいなの!」
「祭り? この時期にですか?」
レティシアは首を傾げた。この国には星祭という建国を祝う大きな祭典があるが、あれが行われるのは数か月先だ。
「祭りではなくて、月はじめの市だよ」
ファンルドー男爵が教えてくれる。王都には大星堂があるので大勢の巡礼者が街を訪れるが、月はじめは特に集中するらしい。そこに商売魂たくましい商人たちが目を付け、普通の市場がどんどん拡大し、時間を延長し、月のはじめの三日ほどは小祭り状態になったのだという。
「義姉様は結婚式を控えていますから、あまり出歩かない方が……」
「ちょっと見るだけだから、大丈夫よ! ねえ、いいでしょう?」
「そうだなあ」
クラリスに同意を求められたファンルドー男爵は眉を下げ、困ったような顔をする。止めた方がいいとは思いつつ、娘の願いを叶えてやりたい気持ちとで迷っているらしい。
「レティシアと一緒にいれば、お忍びの言い訳は立つんじゃないかな」
「?!」
予想外のところから飛び出してきた、予想外の言葉に、レティシアは半目になる。
「ドレスならレティシアのお忍び用のものがあるし、行くのなら侍女だけでなく、護衛を付けよう。朝だから酔っ払いはいないと思うけど、護衛がいた方が安心だろう」
「まあ、本当ですか?! 嬉しい!」
ローレンスの提案に、クラリスはそれは大感激している。なんでお前が提案すんだよ。そもそも注意すべきは他の貴族に見られることでも、酔っ払いでもない。
(義姉様のちょっとがどれだけ大変だと思ってるんだよ!)
一番の理由はこれだ。天真爛漫な義姉がふらりと突然どこかに行かないように見張るのは非常に難しいのだ。
とはいえクラリスは既に行く気になってしまっている。これはもう諦めるしかない。
(これもお祝いだ。義姉の付き添いをしよう)
大雨でも降って市が中止にならないかなと思ったのは、ここだけの秘密だ。




