31話 疑惑の親子2
「まったく、一体どこで寄り道してたんだ?」
「ああ、急な仕事が入ってな」
劇が終わるなり、ヴィンセントは弟のサミュエルから呆れた視線を寄越された。三歳下の弟は母親に似た顔立ちだから物腰柔らかそうな青年に見られがちだが、中身は真逆だ。特に兄であるヴィンセントにはなかなか手厳しい。
「少しはお休みにならないと、いくらお義兄様が丈夫でも倒れてしまいますわ」
困ったような顔で忠告するのは弟の妻だ。
「気にしなくていいよ、リリア。兄上が忙しいのは趣味だからさ」
趣味ではなく仕事なのだが。それを言ったところで口達者な弟には敵わないので黙っておく。そうして個室を出ると、廊下は既に多くの者がいた。
「兄上もいい年なんだから、もっと社交の方にも力を入れて出てくれないと」
サミュエルに小言を言われながら廊下を歩いていれば、前方が突然ざわついた。そして吹き抜けから階段を見下ろしている。
「なにかあったのかしら?」
「役者でも現れたかな? それにしては反応が妙だけど」
弟は首を傾げているが、ヴィンセントには予想がついていた。漏れ聞こえてくる声の中に「奇跡」という言葉が混ざっているので、恐らくは彼女だろう。
そう思いながら吹き抜けに辿り着けば、大階段を降りていく数名の中に、予想通りの星のように輝く髪が見えた。
「ハインカルツェ公爵にラインベール公爵……ということは、あそこにいる女性がレティシア嬢か。同じプラチナブロンドでも女性だと印象が変わるなあ。儚げな感じがする」
レティシア嬢は公の場にはほとんど出ていないため、皆食い入るように彼女を見ている。
「プラチナブロンドの髪のお二人が並ばれていると、なんだか神秘的ですわ」
「本当だね」
弟夫婦の目にはレティシア嬢が特別な令嬢に映っているようだ。いや、自分以外の全員の目にはそう見えているのだろう。
(……あれだけではまだ、第五区と繋がりがあるとは断言はできないが)
ヴィンセントが一昨日の大星堂でのことを思い返していれば、
「……不安じゃないのかしら?」
リリアが呟く。
「暮らしが変わっただけじゃなくて、こんなに注目を浴びることになってしまったんですの。私だったらきっと、耐えられないわ」
「不安だろうけど、そこはラインベール公爵とハインカルツェ公爵がしっかり支えていると思うよ」
弟夫婦の会話を聞きながら、ヴィンセントは静かに眉間に皺を寄せた。
(彼女は何を隠している……?)
休憩室で呪陣を記したメモを見せた時、彼女はわずかだが反応していた。以前は呪陣を知らない様子だったので、あの後に何か思い出したのか、あるいはあの中の陣のどれかに心当たりがあったのだろう。そして呪陣が挑発や事件の予告ではないと予想した。
そう推測したのは、ラインベール公爵と共に狙われている可能性を告げたときの彼女の態度だ。彼女は不安がったり動揺することなく、むしろ理由を尋ねてきた。恐らく彼女は呪陣の意図や犯人に心当たりがあるのではないだろうか。そうなるとますますレティシア嬢と第五区の人間との関係が疑われるが、果たしてラインベール公爵の目を盗んで、あちら側の人間と交友関係を持てるものなのだろうか。どうしてもそこが引っかかっている。
(……直接聞くか)
「すまないが、本邸に行くのは延期する」
ヴィンセントは弟に告げる。本当ならこのあと本邸に戻る予定だったが、今、ちょうど王都にいるのだ。頭の中であれこれ考えるより、ラインベール公爵の様子を窺った方が早いかもしれない。




