№003 そもそも異世界に名前は無い 【誰が名付けてるの】
異世界人「この世界は『~~』と呼ばれています」
転位or召喚被害者「誰に」
「北方に【世界の端】と呼ばれる大山脈が連なり、この国が治めておるのはその手前まで。 しかし地図で解かる通り、城下を中心として東方と南方に2,000キロは支配域が広がっております。 北方と西方は僅か1,000キロほどですが、それぞれの地区を治める領主がおりますので……」
卓上に大きく広げられた、あまり緻密とは言い難い羊皮紙製の地図を見下ろしてボクらは説明を受ける。
大雑把に計算して3,000×3,000の支配地域、900万平方キロ程度、かな?
それはそうと、なんで元の世界での距離単位が採用されてるのかな。
別に世界が変わってないことを指すのか、はたまた何か関係性でも備えているのか。
「……サハラ砂漠とほぼ同じ大きさやんか」
「サハラ?」
「だいたい、日本の24倍の広さやね」
「なるほど、わからん」
広いことは把握できたけど、それがどれだけ広いのかが解かり辛い。
それって東京ドーム何個分?(小学生並みの感想。
そんな会話をこそこそと遣り取りするボクとカイチョーを気にも留めず、王様は説明を続けた。
「東方は砂漠が延々と広がっており、西方は氷河の海。 我らの生きられる土地など高が知れているのです。 森の伐採も執り行われておりますが、木々が減れば狩猟もままならぬ者たちが出てきます。 結果として、この世界は広大な森林地帯を点々と開拓した、幾つかの都市を経由させることによって物資の流通を維持し――」
東の方向に当たる場所は地図上では曖昧だが、砂漠と王様が呼ぶ地点との境界線は地図にも描かれていた。
そこを国境と認識するなら、この国の形は伊豆半島と同じような形に伺える。熱海は完全に『アヴィオル』とかいう山脈に埋もれているが。
王様が示した城の位置は、回想の中の伊豆よりは少し下。浄蓮の滝かも知れない。天城越えしなきゃ(使命感。
そこから周囲へ点々と、伺える都市の場所がそこかしこにある。
森も多いが、大陸全土を隙間なく人類圏として確保できるくらいには、都市間流通も発達しているのだろう。
……ああ、今理解が追い付いた。
全土がサハラ砂漠並で、その外側へ開拓できないぽいってことは、確かに其処が全世界だと認識できる。
国家レベルでの交流がないから、世界の外が『自分たち以上』かも知れないっていう認識も及ばないだろうし、言葉の齟齬が起こることにだって思いつくはずもない。
……いや、それでも日本語が通じている点は奇妙としか言いようがないけども!
ていうか、そんな広大な土地があって流通だって追い付いているはずなのに世界の危機って何?
普通そこまで発展してるなら、よっぽど凶悪な存在に駆逐されてでもいない限り危機なんてそうそう陥ったりしなくない?
それともこの世界ってファンタジーな技術や解決法は言うほど無いの?
どれだけヤバい事情に巻き込まれてるんだろう、ボクら。
「魔族というのが元々、この世界のあちらこちらに点在していた少数民族なのです。 肌の色はカラスマ殿と同じ褐色で、ただ目は金色で瞳孔が縦に長く、髪の色もまた漆黒である点が我らとの違いです。 奴らは姑息で卑しく、我々の糧を翳めるようにして生きておりました。 それを私が王に就任した初期に世界の端へ追放したことが、恐らくは恨まれている理由でしょうな。 そ奴らが崇めておるのが【魔王】、この世界に危機を齎したと推測される、人知では及ぼせそうにない存在でございます」
『レヴェリオ』と『ベリアー』、それを敵だと王様は言う。
意訳的に、魔族とか魔王とか、そんな感じ?
そして彼らが自分たちではどうしようもない、と判断したから『世界の外』から『他人の力』を当てにした、というのがそもそもの発端になるようだ。
……うん、勇者召喚モノのジュブナイル小説は大抵そんな感じだけどね。
云いたいことは烏丸くんが割と言い切った感じもあるから追及する気はないけど、そもそもRPGとかでもだけど、魔王っていう種族の代表を個人で討伐に赴くって、それ普通に『暗殺』とかに値するよね。
こういう解釈は最近も何処かで見かけた気もするけど、そういう役割に充てられる人たちって国家からすれば何時でも切り捨てられる立場の人が多いよねぇ。
元より、世界の外側から引き寄せた人材ならなおさら切り捨て易いだろうし。
うん。良い度胸してるよねぇ……。
◇ ◆ ◇ ◆
「――以上が、この世界の通念となります。何か、質問などがありますればご随意に」
と、作物の取れ高に主要な産業、物資の流通とそれを支える経済、貨幣換算を伴った金銭感覚に、技術水準の程度、更には宗教観。
崇拝観念が存在しないのは驚いた。要するに、彼らは崇めるカミサマを持っていないらしい。
神殿とか聖域とかの王家とはまた別の『民の上』を造ることはせず、国民にとっては貴族や王家が最上位の崇拝対象。
ボクらのところでは神職が執り行っていた冠婚葬祭は『臣祇官』と呼ばれる者たちの仕事らしく、そちらは上流階級には見做されないとか。
ファンタジーにしては随分と殊勝な世界だと思わなくもない。
だけど倫理観とか、まかり間違ったら程よくズレていそうだなぁ。
奴隷は近年廃止されたそうだけど。
言うほど文明の停滞した世界観ではなさそうで精神衛生上に安心できるが、しかしそれとはまた別に気になる問題点が。
「技術水準が妙に低迷している気がするんだが、魔法の開発はされていないのか?」
手を挙げて問う烏丸くんの質問の通り、この世界には【魔法】がある。
それに関しては『技術』の段階で王様から語られた話であるから特別の秘匿技術、ってことでもなさそうだけど、其処が彼にも気になったらしい。
そりゃあね。
技術として確立されて、別段秘匿もされていないだろうに、それを生活に役立てようとする気配が城の中だけでも見当たらなかったからね。
というか、烏丸くんもまた『魔法らしきもの』を扱っていたことに関しては、まだ語られる気配は伺えない。
まあ、其処は後でもいいか。
「魔法に関しては、専門の研究者か軍事関係者のみに教導が許されます。そして技術を得たものは在野へ下ることは許されておりません」
「……国の上層だけで独占してるのか。そんなに使い勝手が悪いのか?」
「っ、其処まで見抜きますか……」
ん? どういうこと?
二人の遣り取りに話を聞いていたボクらに疑問が浮かぶ。
その点を気遣われたのか、烏丸くんの許可で王様からの魔法講義が始まった。
「まず、我々が魔法と呼ぶ技術は、勇者様方を召喚した術式に『ほぼ』似通います。 その場に【呪紋】を刻み、空気を【香】で満たし、術者の【魔力】と同調させます。 そうして【呪文】を唱えることにより、予め記しておいた【指令】に則り術が成立するのです」
日本語でおk。……ああ、日本じゃなかったっけ……。
いや、それにしたって説明が難解。
なんていうか、ルビが多すぎて意味合いが今一つ頭に入ってこない。
これ、覚えなくちゃダメ?
「召喚に関しては今はさておき、魔法そのものは述べた通り手順が要りますし、予め決定していた事象を『発生させる』技術です。 一時的ですが、火なり水なりを指示した場所へ造り出し、事象として対象へ干渉させる――。 無論、その干渉は結果として残ります。 一時的に発生させた事象は立ち消えますが」
……幻想殺しに掻き消される魔術みたいな感じ?
例えがメタいけど、聞く限りはそんな感じかな。
さて残りを割愛するが、王様が言うには要するに、魔法は発動に手間が掛かるが充分以上の効果を齎せる兵器としての側面が強いらしい。
だからこそ在野にはばら撒けず、それ故に研究と進歩は一定以上を抜け出せない。
技術の発展と成長は日々の不充分を満たすことから始まるけど、そもそも成長するには芽が出なくてはならず、種が無ければ芽は出ない。
生活様式がやたらと低い文化水準にあるのは、そうして技術革新を留めてきた弊害だろう。
刀狩みたいなものかな。
民が満足することはないけど、武力蜂起させる下地も造らせない政策だし。
「……あれ? そうすると貴族が尊厳を保てる理由って、恫喝と脅迫以外で何があるんだろー……?」
「いや、此処でさっきの崇拝対象の話に繋がるんやろ。国民の拠り所を他に造らせん、正直上手い手やな」
カイチョーと再び小声で囁きあう。
推定すればするほどロクでもないね、異世界。
「俺からも質問いいですか? 誰も訊こうとしないのが不思議なんだけど……」
と、手を挙げるのはカナちゃん。
なんだか久々に声を聴いた気がする。
「その、……俺たちは元の世界に帰れるのか?」
え? 帰れないんじゃないの?
こういうモノのお約束だから、ボクは割とそう捉えたままだったのだけど、改めてカイチョーやパッションピンクを見るとはっとしたようにカナちゃんと王様を見ていた。
どうにも、気にはしていたような気配は伺える?
「それは、その……」
答えに詰まり、烏丸くんへと視線を彷徨わせる王様。
言うべきかを迷っている感じだ。
まあ、答えによっては命の危機だから仕方がない。
「……俺が見た限り、『召喚』の仕組みは王様が言った『魔法』と確かに『似ている』」
王様が答えないまま、烏丸くんが口を開く。
その説明の意図は読めないけど、聴くべきことなのだと誰もが耳を傾けた。
「陣を描き、刻まれた指示に則り、目的のモノを『取り寄せる』術式に見えた。それだけの『こと』が出来る動力は、恐らく易々と貯まるモノでもないのだろ? 出来ていれば、お前らはもっと色々と活用出来ているはずだからな」
やっぱり既に把握していたらしい。
ひょっとしたら、彼もまた『魔法』を扱えるモノなのかも知れない。
転生者だって言われても納得できそうだ。
「そのうえで、俺からもうひとつ質問がある。正直に答えろよ? ――俺たちみたいなモノを、今まで何回呼び出した?」
――それはカナちゃんと同じようで、もっと穿った質問だ。
そして、その答えに先ほど問いかけたカナちゃんも、王様の言葉に耳を傾ける。
同じようで、もっと深い、暗い疑問の『答え』に。
「つ、使われておりません! これが、最初で、一度だけなのです!!」
◇ ◆ ◇ ◆
おいおい冗談だろ、奴隷制のあった国だろ、上手い事使い潰せて後顧の憂いも無い労働力を呼び出せる便利なモノを、使ってないなんてことも無いだろ、さあ答えろよ、何を何回犠牲にしてきたんだ? と、その後で問い詰めたのがお話のすべて。
悪魔かキミは。
なんていうか、もうそうとしか呼べないような悪辣な表情で、泣いて『真実ですぅ~!』と言い募る王様があまりにも可哀想に思えるほどだった。
悪魔か、彼は。
その後、王様が言うには件の『召喚魔法』は創世以来この城に代々伝わり残るモノで、製作者に関しては一切不明であるらしい。
初代創世王と呼ばれる王様のご先祖が言い残した、決して使ってはならない、という言葉に則りその規則は遵守され、研究はさておき使用を控えられてきたのだが、国家の危機ということで藁にも縋る思いで『召喚』に手を出した………………それが運の尽き。
まさか初手でこんな大外れを引くとは……!
ガチャ運最悪だな王様! カナちゃんといい勝負なんじゃないの?
今説明した通り、『召喚』の術式は研究はされていても使用にまでは至らなかったらしい。
結果わかったことと言えば、その術式が齎す結果は『遠方のモノを其処まで引き寄せる』代物で、発動のために必要な動力は自然に貯まることを待つほか無いのだとか。
自然に貯まるエネルギー……なんだろう、地殻変動なんかの熱とかを取り出してるのかな、鋼の錬●術みたいに。
ああ、そうなると他の魔法みたいにホイホイ使ってもいられないから、今回みたいな『特別な状況』の『改善のため』に使用を考えられるというのも納得のできる理屈だね。
いや魔法の方もそんなホイホイ使ってねーよこいつらは、というツッコミが聞こえた気がするけど、幻聴だよね。
帰還に関しては引き続き研究してもらうことに言質を取り、その日の会合はよく締まらないままにお開きになった。
こちらからすれば願ってもいないが、向こうからしても必要な研究だから、其処に困窮している費用を充てたとしても遣り遂げてくれるだろうと信じている。
いや、だって国家の危機にこれしかないと引いたガチャで大爆死だよ?
それを容易く捨てることもできないのだから、せめて元居た場所か別のところに押し付けたいと思うのは誰だって思うことだよ。ボクだってそうする。
存在の移動を相手の了承を得ずに取り決められる、という技術は使えて損は無い。
今回はそれが一方的に引き寄せるだけで手酷い結果を齎したけど、上手く使えるようになるのなら、そのチャンスがあるのなら『この国』はそれをやるべきなんだ。
……できるならそれが帰還の術式になって成功してほしいけれどね。
そしてそんなノスタルジーな一幕で一夜明けた朝食の席にて、王様は再びロクでもない爆弾を落としてくれるのであった。
「そういえばカラスマ殿、昨晩はお楽しみでしたな?」
「………………あ?」
――人を殺せそうな目をしてた。
~異世界名称
随所に名付けられるネーミングメーカーなるモノも存在するが、『現実』にある言葉で意味合いと関連付けるならば製作者のセンスが煌めく所存。折角作るなら魔法のルビが英語なのに意味合い通らず「造語です」と後付けの言い訳するよりも、それなりの法則性を読む側に推理させてもらいたいよね!
登場人物の名前と現地言語の意味合いの紐づけ、町の名前や都市の名前は元より、貨幣単位や重要そうな言葉の単語なんかを考えるだけで製作時間の3分の2を削る作者が居るという
ちなみにそこまで心血注いでも読む側からすれば一瞬で済むのであまりモチベーションは向上しない。クソァ!
~天の上にヒトを造らず
諭吉せんせーの言い切りポージング
大体『他人を躍らせよう』という意図がある人ほど断言系の言葉遣いを多用する
特に小説家なんかはよくやる。まあそうしないと拙い言葉遣いじゃ届くもんも届かないっていう悲しい理由が潜むわけだけど
此れが中々莫迦に出来たモノでも無く、数を躍らせられれば相応以上のパフォーマンスが見込まれるので宗教なんかもよくやる手口。サクラを配備したのにサクラが呑まれることもあったりするので、それくらい『個人』の思惑なんてモノは『空気』には逆らい難いのです
~ルビなんかについて
・聴く側に馴染みの『意味』が在れば翻訳される
・云う側に説明の意図が在れば『理解』が通じる
・互いに適切な『言語』で表わされる法則性がある
後で説明入るけれども自分でも纏めたいのでこの場で後記