~Aynu rakkur~
大地に咲く花のよう、その美貌は月が霞む。
神は神かと疑い、創造の手は止む。
雷鳴降り注がん大地に、その春楡は咲き他は絶える。
地を蔓延る魔を焼き、爆ぜる炎は新たな命を紡ぎ人に似て非なる神を生む。
焼けた大地は神の子と引き換えに六の時を経て消え、尚絶やされぬ炎は命を焼き、命を繋ぐ。
誰に教えられでもなく、いつの間にか私の記憶に焼きついていた詩。
他人の記憶かもしれない、過去の出来事。
私は幼い頃、炎に包まれた大地にいた。
肌を焦がすような熱気の中、私は大きな龍の手のひらの上で、自分と同じほどの大きさをした剣と横たわっていた。
「白夜さん、朝です。起きてください」
「ん……ぁ……あと五分……」
私の朝はキッチンに立つ所から始まる。
平日は学校があるので、白夜さんが起きるまでの時間を計算して、私が起床するのは六時だ。
「もう、中学生じゃないんですから、早く起きてください。チームリーダーとして示しがつきませんよ」
「どうせなら愛梨ちゃんが〈tutelary〉のリーダーをやればいいのに……」
「ダメですよ私なんかじゃ、まだまだ力不足です。ほら、シーツを洗いますから、起きてください。じゃないと……また雷貫の刑ですよ?」
「いッ……!? お、起きる、起きるよ。だ、だからあれだけはやめて……」
皆さんが集まる時間は平均で八時。
ベッドのシーツを剥ぎ取り、部屋の換気をする。
この時すでに、六人分の朝食を作り終えていなければならない。
新しく覚えた料理を試す時以外は、週の献立はほとんど決まっている。
今日の朝食は簡単なサラダとオムレツ、そしてトーストだ。
「今日もすっごく美味しそ! 流石は料理長!」
「コロナ、料理してくれるの元から愛梨さんしかいない……」
私達六人には家族が存在しない為、基本的には自由だが、皆私の時間にあわせてくれる。
お皿の片付けも優ちゃんがやってくれるから、後は転移魔方陣を潜って学校に行くだけだ。
「それじゃあ行ってきますね」
「じゃあ僕も行こうかな」
「行ってらっしゃい、二人とも!」
白夜さんは私の通っている学校の高等部二年、私は中等部三年の教室に向かう。
来年からは私も高校生になり、白夜さんと同じ高等部に行くことになるけど、白夜さんはその時三年生。
一年しか同じ高校にいられないと言うことだ。
「なーんて、毎日一緒にいるんですけどね」
「どうしたの? 深影君のことかい?」
「ふぇっ、な、にゃ、にゃんで深影さんがっ」
「うわー、分かりやす……」
「ほ、ほんとに違うんです! 何だか、人として当たり前の生活を送れてることが不思議で……」
本当なら毎日が死と隣り合わせの世界なのに、仲間と一緒に毎朝ご飯を食べて、お喋りしたり、笑ったり。
そんな極々当たり前のことが、とても幸せに感じる。
「私、契約者として生まれてきましたけど、契約者でよかったです。だって契約者じゃなかったら、皆さんに出会えなかったから」
「そうだね、僕も契約者になってよかったよ。こんな殺伐とした世界でも、仲間と笑い合えるからね」
……今、おかしい所を見逃した気がする。
白夜はその違和感が何なのかは分からなかった。
中等部と高等部を分ける坂道で二人は離れ、愛梨の姿が見えなくなった所で白夜は顎に指を添えた。
「何だったんだ、さっきの違和感は……」
『白夜……前見て歩いて……』
「ああ、ごめん。遅刻しちゃうね、早く行こう」
白馬の王子様と言うものが実際に存在しているならば、それは白夜のような青年のことを言うのだろう。
誰にでも分け隔てない優しさを振り撒く好青年。
成績はトップ、おまけに運動神経抜群、だめ押しとばかりに生徒会長と来た。
「おはようございます、紅嶺会長!」
「うん、おはよう」
ほんの少し目があっただけで、倒れる女子生徒が続出。
まさに絵に描いたような王子様っぷりである。
『愛梨、最近疲れているように見える』
「そうかな? でも大丈夫、疲れるくらい毎日が楽しいの」
『それならばいい。あまり気負うなよ』
「ありがとう、カンナ」
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と言うことわざがあるが、それはまさに愛梨の為にあるようなことわざだ。
男女ともに人気もあり、信頼が厚く、正義感も強い。
清楚で頼まれると断れず、皆を引っ張る先導力もある。
高等部の貴公子と中等部の花は、この学校の関係者ならば誰もが知っている。
「おはよう、愛梨」
「あいりんは今日も美人さんだね~♪」
「おはようございます茅野さん。浅倉さんセクハラですよ」
いつも友達に囲まれていて、少しでも微笑むものなら男子は卒倒。
それほどまでに愛梨の人気は高かった。
「では今日も一日を始めましょう」
雷のように慌ただしく過ぎていく一日を、私は生きる。
〈tutelary〉のドラゴンとして、橙色の神龍の異名を背負う者として、そして一人の少女として。