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3/3

昨晩はお楽しみでしたね

明朝。

嵐の如き一夜を終えた屍人骸は目覚めると布団の中で眠っていた。

荒れ狂った体は眠っている間に女中が身を拭ったのか行為を終えた後はすっかり消え去っている。


「……んあ?」


身体を起こして欠伸をする屍人骸は周囲を見回した。

妖しい空気を分泌していた木香は無く、新鮮な空気が常に肺を満たしている現状。

あの一夜こそ、今わの際で見た夢であるかの様な、儚い時間を連想させてくれる。

布団のすぐ傍には綺麗に折り畳まれた衣服が用意されていて、屍人骸は身を起こすと共に衣服に着替える。

衣服は全てが新品であり、屍人骸はそれを着込んだ際に下着のサイズまでピッタリである事に驚きつつあった。

学生服に着替え終わった所で、唐突に襖が開かれる。

其処には三十代後半程の、龍家に仕える女中が正座の状態で待ち侘びていた。


「屍様、いえ、旦那様」

「だ、旦那様?」


屍人骸は、龍家の女中の雰囲気が何時もと違う事に勘付いた。

基本的に女性優位である龍家の序列は古参の龍家家臣と同等の地位にあるのが女中達である。

それ故に基本的に男性を見下しているのが女中達なのだが、彼女達の視線は餌を追い求める獣が如く鋭い眼光を屍人骸に向けていた。

さながら、決して逃しはしない、最期まで姫様の責任を取れ、と言う硬き意思が目に見えた。


「お食事のご用意が出来ております、どうぞ此方へ」

「え?いや、俺、朝はあんまり食べないから……」

「どうぞ、こちらへ」


威圧感のある声に、屍人骸は従わなければならない、と気圧された。

本来ならば暴虐と言えば屍人骸と言う構図が出来上がる程の理不尽の権化である屍人骸が気圧されるのだ、女中たちの本気の出迎えは鬼気迫るものがあった。


「昨晩はお楽しみでしたね」

「話のタネにしては下世話過ぎない?」


その様な会話を交えながら廊下を歩くと、何時の間にか背後に三歩後ろに別の女中が屍人骸を挟み込んでいた。

決して逃がさない、と言う強い意思が感じ取れて、屍人骸は彼女達から逃れられない事を察し諦める他無かった。


「お食事ですが」

「ああ、俺朝食べるならパンが良いんだけど」

「お嬢様が手塩に掛けて作ったので決して残さぬ様にお願いします」

「はあ?」

「文字通り手塩です」

「文字通りなら俺、人が握ったおにぎり食べられないんだけど……」

「笑顔で食べて下さい」

「それ逆に無理して食べてるから失礼じゃない?」


会話を終えた後に、女中が襖の前に座り扉を開ける。

有無を言わさず、屍人骸が食卓の間へと入った時、割烹着を着用した龍艶媚の姿が其処にあった。

食膳の前に座り、屍人骸が来るのをずっと待ち侘びていたらしく、正座の状態で背筋を伸ばした状態で待機をしていた。


「あ……きたか」


屍人骸の姿を認識すると共に、龍艶媚は花が芽吹くかの様な満面な笑みを浮かべ、頬にそっと朱の色が混じり出す。

彼女の表情に、そこはかとなく乙女が恋する表情を思い出し、屍人骸はゆっくりと食膳の前に座る。

食膳には面倒な処理が必要な焼き魚や、味噌汁、漬物などが置かれていた。主食のご飯が無かったが、龍艶媚が大型のおひつを隣に添えており、茶碗を持ち出すと蓋を開けて、ご飯を山盛りに添えていく。


「あ、……俺、中盛で」

「遠慮するな、昨日は疲れただろう?沢山食べろ」

「話聞かねぇなこの屋敷の奴ら」


山盛りのご飯を盛られ、それを屍人骸の食膳へと渡す龍艶媚。

朝から腹が貯まる食事を出されたところで食欲が湧かない屍人骸だったが、周囲の女中からの殺意に近しい視線を受けた事で、仕方なく合掌を行い「いただきます」と食事を開始する。


焼き魚は丁寧に、一本一本骨を引き抜かれ、舌触りの良い魚の身を堪能する。

漬物を口に放り、ご飯を掻き込み味噌汁で流し込む、数分足らずで茶碗を開けると、そそくさと龍艶媚が近づき茶碗に向けてご飯を盛り出した。


「遠慮をするな、食え」

「拷問でしょコレ、初夜で怒りを買ったレベルじゃん」


初夜、と言う言葉に反応した龍艶媚は恥ずかしそうに目を背ける。


「食事の前で、その様な下世話なことを言うな、バカものめ」


しかしその口調は柔らかく、決して屍人骸に対して憤りを感じる様なものではない。

けれど屍人骸にはどうでも良い話であった、とにかく、恥ずかしさを紛らわせる様にしゃもじでご飯を乗せ続けるのだけは止めて欲しかった。

総量一キロを超える大盛を超えた富士山盛りを前に、流石に屍人骸は食えないと思ったのだが、周囲の女中が咳払いをしたと同時に歌を歌い始めた。


「ちょっと屍くんの良いとこ見てみたい~」

「み~た~い~」

「そおれ、いっき、いっき」

「ふぉ~」


「大金払って酒買うバカにやって下さいよそんなの」


何気に一番苛立ちを覚えたのが合いの手であった。

そして、飯を喰らいながら、龍艶媚の熱い視線を受ける屍人骸はばつが悪そうな表情をしながらも、これは決して言わなければならないだろう、と、仕方なく龍艶媚に向けて溜息と共に声を掛ける。


「……あのさぁ、艶媚ちゃん」

「な、なんだ、人骸」

「なんつうかさ……重い、張り切り過ぎた新妻かってくらい、面倒臭い」


正直に屍人骸がそう言うと、龍艶媚では無く、周囲の女中の殺意が一斉に屍人骸に向けられた。


「に、新妻、など……私はまだ、貴様を夫と認めたワケじゃないんだからな」


そして、恋に盲目と言うべきか、愛を前に馬鹿になった龍艶媚の照れた表情に対して屍人骸は味噌汁を飲み干したと同時に言う。


「恋人面超えて夫婦面が厚かましいって言ってんですけど?」

「……貴様は、そっちの方が良い、と言う事か?」

「ああ、ダメだ、バカになってやがる……」


龍艶媚の重たい恋愛感情を向けられた屍人骸は箸を食膳に置いた。


「ごちそうさまっした、んじゃ俺、これから学校あっから」


一刻も早く、この場から逃げ出したかった。

彼女から向けられる感情は決して悪いものでは無かったが、流石の屍人骸は、その愛を受け止める程に硬派な性格はしていなかった。

少なくとも、十代の頃から束縛される気など無かったのだ。


「お待ちください、これから本格的な結納の儀をしますので」

「朝の8時15分から化粧直し、8時45分からご両親に挨拶、9時00分から親戚を呼んで宴会」

「人気俳優みたいなスケジュールっすね、全部白紙に戻しておいて」


屍人骸が屋敷から出ようとした時に、振り返り龍艶媚に向けて告げる。


「艶媚ちゃん、昨日も言ったけど、俺と、艶媚ちゃんの関係は一夜だけ、それを過ぎたら元の俺達で居ようって言ったでしょ?これ以上は俺も、艶媚ちゃんを拒絶しなくちゃならなくなる、だからさ、俺に対しておのぼりすんの、止めとけよ」


厳しい言い方だが、これが正しいと屍人骸は思った。

少なくとも、彼女は高貴な存在であり、血統書付きの貴族の様なものだ。

それを、雑種に等しい元一般人が相手など、共に一緒になるには相応しくない相手だ。

一夜限り、それが遊びの関係ならば、まだ許せる範疇だろうが……少なくとも、屍人骸は彼女と一緒になる気など無かった。


「……そ、それくらい、分かっている、私にだって、矜持がある」


と、龍艶媚は気づかされた様で、屍人骸を突っぱねる様な言い方をする。

その物言いに屍人骸は反感を覚える事無く、むしろそれで良し、と安堵の息を漏らすのだった。


「そんじゃ、俺ァ学校行くから」

「旦那様のご出勤です、皆のモノ、御見送りを」

「あんたらさっきのやり取り見て無かったんか?」


屍人骸は女中達にそう言った。










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