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少女は夜会に毒を盛る-3

「彼女、ハメられましたね」


 突如、目の前で始まった騒動。

 主催の男が聞くに堪えない罵声を歌劇のように歌い上げる。

 吐き気がする情景だった。

 俺はすぐにこれを止めようと前に出ようとした。

 しかし、俺の腕を隣に居る彼女が押さえつけた。


「何故止める?」

「落ち着いてください。今、あなたが止めるのは根本的な解決になりません」


 俺は隣に居る女性に誘われてあるパーティーに参加していた。

 それが誰かと言うと、俺の元婚約者であり頼れる相談役であるリフィル・ラインズだ。


『後輩にパーティーに誘われまして、かなり強く頼み込まれたので出席してあげたいのですが男女のペアでの参加が必須との事なのです。パートナーの当ては無いし、下手な男性を誘えば誤解を招いてしまいます。あなたならば誤解を生む事もないでしょう。申し訳ありませんが付き合ってもらえますか?』


 下手な男を誘えば誤解を招くが俺ならば誤解されない。

 この俺、エクサス・カリニオンと隣の女性リフィル・ラインズ。

 俺達の関係性は一言で表すのが難しいのだ。

 紆余曲折悲喜交交右往左往と色々あったのだ。

 そんな二人なので今更どうにかなるなど誰も考えないので誤解はされない。

 だからあなたに頼む。

 そう言われたのだ。


 少し複雑な気持ちもあったが、それ以上に彼女に頼られるというのが嬉しく俺をこの誘いを喜んで受け入れた。

 それがこのような事になるとは思いもしなかった。


「エクサスさん。確かにあなたが出ていけばあの男の口は止まるでしょう。ですが、それだけでは駄目です」


 俺は言っては何だが国内屈指の大貴族だ。

 カリニオン家と言えば上流階級の社交界に少しでも顔を出している人間であれば知らぬ人は居ない。

 言葉は悪いがあの男程度の立場の者が逆らえるような家格ではない。

 だから、俺が出ていき一喝すればあの娘を助ける事ができる。

 そう思った。

 しかし、彼女の目には更に奥にある思惑が見えているようだった。


「少し妙だとは思っていましたが。この夜会自体がこのために開かれた物のようです」

「この見るに堪えない光景のためだと言うのか?」

「そうですね。本当に見るに堪えません」


 本当に嫌そうに彼女は呟く。

 普段、彼女は感情をあまり表に出さない。

 基本、クール系なのだ。

 そんな所も格好良く魅力的なわけだ。

 その彼女から見て取れるほどの嫌悪を感じる。


「以前も言ったかもしれませんが婚約破棄に限らずプライベートな事柄に対する追求を公衆の面前でする必要性はありません。どうなろうとも他人が関与するような物ではないからです。ですが目の前ではそれが繰り広げられている。何故かわかりますか?」


 嫌悪を隠そうとしない彼女が少しだけ珍しいと思いながらも続きを促す。


「あの男は彼女のブランドイメージに傷をつけようとしているのですよ」

「ブランドイメージ?」

「そうです。彼女は新進気鋭のデザイナー。私達と同年代、もしくは少し若い層から圧倒的な支持を得ています。個展を開けば大盛況ですし、彼女が携わった商品は売り切れ続出です。それは“彼女が生み出した”という付加価値があるからこそ売れるのです」


 あそこで糾弾されている少女は有名なデザイナーらしい。

 他人では真似できない圧倒的な感覚。

 奇抜なデザイン、考え抜かれた配色、キャッチーな広告戦略。

 一見なんという事が無い物も深く推察すれば元となったモチーフをリスペクトしている事が読み取れる秀逸さ。

 勿論、それが全てあの少女一人で行われた物ではないが中心に居るのは間違いがない。

 それを壊そうとしているのだという。


「婚約を破棄する事は恐らくは確定事項。こんな事をすればどう考えても関係は修復不可能ですからね。賠償を支払ったとしても破棄をする事は変わりがないのでしょう。しかし、それだけならばこのような見世物をする必要はありません」


 醜悪な劇団が行う演目はまだ終わらない。

 人の輪の中に取り残された少女にはあらゆる辛辣な言葉が投げつけられ続けている。

 それを彼女は絶対零度の目で見つめ続ける。


「あの男の隣の女性。私の記憶が確かならばあちらも売出し中の職人だったはずです。それだけで推察できます」

「なるほどな……」


 そういう事に疎い俺でもそこまで言われればわかってしまう。


「恋人を乗り換えた。新しい恋人のためにライバルを潰したいという所か」


 あまりに露骨。

 だが、それでも構わないのだろう。


「そうですね。ここから先、あの二人は完全な敵対関係です。報復される事も考えなければいけません。だから叩けるだけ叩くわけです」


 新しい恋人のために商売敵となる少女を傷つける。

 その行為の是非はともかく理屈はわかる。

 しかし、俺には一つ疑問があった。


「しかし、嘘で良いのか?ここ数日、あの娘はお前の家に泊まり込んでいたのだろう?」


 そう。

 あの娘は仕事の関係でリフィルの家に泊まり込んでいたというのだ。

 ならば、あの男が言う“ここ数日も家に帰らずに男と密会していた”というのは嘘だ。

 あれだけ大々的に掲げている罪状が大嘘なのだ。


「嘘で構わないのですよ。どうせ止める人は居ないのですから。そうなるように出席者を選んだんでしょう」

「どういう事だ?」

「不自然なのですよ。“主催の家と同格の人間が居ない”という事は」


 参加者の服装や立ち振舞を見ればある程度は家の力が読み取れる。

 それに俺は実家のパーティーに参加する事もあるので名のある貴族の顔と名前くらいは覚えている。

 そして彼女は大商会の娘だ。

 商人側の有力者は当然認識しているだろう。

 その俺達から見て、このパーティーの参加者は言ってしまうとあまり大きい力を持っていない者ばかりに思えた。 


「この夜会には名家の貴族や大商人の関係者がいません。通常はこういったパーティーが開かれる場合は一人二人は主催者と同格、または格上の家柄の物がいるはずです。参加者が有意義な繋がりを作る事が目的なのですから中々お目にかかれない人物が居ればそれだけ傘下の者への力の誇示になりますので」

「だが、ここに招待されている人間に高位の者は居ない。だから誰も止めに入る事は無い……か」


 主催者の男が何をしても意義を挟む事ができない力関係だ。


「本来はこの騒動はあの男にとっても醜聞なのです。はっきり言って品が無い行動ですからね。良好な関係を築いている者だったとしても、この光景を直接見たらどう思うでしょうか?」

「確かにな。付き合いを考え直すレベルの醜悪さだ。なるほど、出席者からして調整されているわけだ」

「そうです。ここにはあの男が重要視するような家柄の者は居ないのです。そして、あとに残る噂では詳細は伝わらないでしょう。残るのは“人気デザイナーはとんでもない悪女であり、それが原因で婚約を破棄された”という事だけです」


 全てが仕組まれていたのだ。

 このパーティーが開かれた目的はただ一つ。

 あの娘を陥れるためだけに用意された場がここなのだとリフィルは語る。


「大多数の方は戸惑っています。この流れを知っていたのは中心に居る彼等だけなのでしょう。しかし、この場の参加者は口を挟めません。不興を買えば自分が危ういと考えてしまいますし、こう言っては何ですが……所詮は他人事ですからね」


 壇上では男の一人舞台から集団の劇団へと変わって行っていた。

 権力者に色目を使っていた。

 デザイン案を盗まれた。

 不当な圧力をかけられた。

 嫌がらせに色々な事をされた。


 目の前で行われる悪趣味な演劇。

 裏で卑劣な事をしていた悪女が断罪される様を見せつけるショー。

 それは何よりも明日の大きな話題になるゴシップだ。


「彼らは今後、面白おかしくこれを口にするでしょう。そして話題になればなるほど彼女の看板は傷つきます。それが嘘だとしてもです」


 居並ぶ男女から出てくるのはどれもが少女を糾弾する言葉ばかりだ。

 そして、それらの起点となっている少女の不貞。

 それが嘘だという事を俺達は知っている。

 だが、他の者はそんな事を知りはしない。

 いくら少女が否定しようともその声は掻き消されていく

 どうしても声が大きく人数が多い方が信憑性があると感じてしまうのだ。


「しかし、調べればすぐにわかるぞ。それでも良いと言うのか?」

「それで良いのです。この場であの娘を悪者にできればそれで良いのです。真実でなくとも既成事実化させてしまえばティピカのブランドを傷つけられます。一度広がってしまった悪評を拭うのは難しい。それをあの男はわかっています」


 今までは人気のデザイナーの作品だからという事で商品は飛ぶように売れていた。

 勿論、一定の品質はある。

 だが、それ以上に大きい付加価値が彼女の商品にはあったからだ。


 “あの人の新作だから買おう”


 そうやって商品を手に取る人間が数多くいる。

 それがブランドだ。

 あの人気者が作ったから、使っているから良い物のはずだという信頼。

 だが、この話が広がってしまったらどうなるだろうか?

 数々の悪行をしていたと噂されたデザイナーの作品を見て購買意欲が湧く人がいるだろうか?

 逆に“あの悪人が関わった物なんて買いたくない”と考える人が出てくるだろう。

 それが真実ではなかったとしても悪評というのはいつまでも付き纏うのだ。

 騒いでいる男はそれを狙っているのだと彼女は言う。


「どうせ婚約は破棄するのです。最大限に傷をつけてやろうと考えたのでしょう。責任を彼女に押し付けられれば万々歳。それができなくとも人気の無くなったデザイナーがどれだけ騒いでも叩き潰せるとも思っているのかもしれません。そして、そのための手段が嘘塗れの悪評で彼女の看板に泥を塗る事という訳です」


 理由を聞けば聞くほど吐き気がする。

 貴族社会にも悪意はあるが、それは平民でも同じという事だ。

 利益に貪欲だからこそむしろ醜悪さが増しているように感じた。


「この場はそのために用意されたのでしょう。誰も口を挟めない状況を作り、口を揃えてあの娘を糾弾する仲間を用意した。あぁ野次を飛ばす者も現れました。あれも一味でしょう」

「そして、無責任に話を広げるであろう多数の者達か……」


 遠巻きに見る彼等に悪意は無いが善意も無い。

 明日の話題になるのであればそれが真実かどうかは関係が無い、とまでは考えてはいないだろう。

 だが、彼等はあの男の言葉が嘘だという事を知らないのだ。


「俺が止めるだけでは駄目なのか?」

「そうです。それではあの男が嘘を吐いている事を証明できません。それはつまり、男の言葉に一定の信憑性が付いてしまうという事です」

「それは……そうなっては本末転倒だ。あの娘を助ける事ができないではないか」


 俺は隣の彼女を見る。

 なんとかしてやる事はできないのかと目で問いかけてしまう。

 その視線を受け止めた彼女は表面上はいつもどおりだ。

 後輩が不当に貶められている光景を前にして憤る感情があるだろうがそれを表に出すような事はしない。

 しかし、腹の中では俺と同様の怒りを感じているはずなのだ。

 彼女は優しい人なのだから。

 それは珍しく怒気を含んだ彼女の言葉からも察する事できた。


「そうです。やるならば徹底的に。あの男が嘘を吐いている事を周囲に理解させる必要があるのです」


 彼女が深く息を吐く。

 それは彼女が真剣になる合図だという事が最近わかってきた。

 優しく穏やかな姿の奥に隠れたもうひとつの顔。

 “図書室の魔女”とあだ名される彼女の叡智が俺に授けられるのだった。


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