さん
「アレクセイ。すっごいんだって? お前の婚約者」
「お? アレクセイが隠しまくってる噂の姫君の話かい? とうとう婚約したのか! 」
「イアン、今更なんだい? 私が婚約したのはもう随分前なんだが? 『すっごい』ってなにがだ? 」
「すっごい美女だって聞いたぞ? 」
「別に普通」
「今の社交界一の花といったら、アナスタシア様だろ? だが、お前のラリサ嬢は、ここだけの話、王女も足元にひれ伏すほどの美しさだって聞いたぞ? 」
「あぁ。流れ落ちる髪はまるで月光を紡いだ銀の糸。同じく銀の瞳は謎めいた輝きに満ち、扇の隙間から覗くその瞳に自らの姿を写してほしいと願う男たちの列が後を絶たないらしい」
「ワシリー。それはまた噂に随分きらびやかな尾びれ背びれがついているようだね。ラリサはあまり公の場に行かないから、扇のウンタラはただの空想、いや妄想だね」
「社交界にまったく姿を現さない深窓の美しき令嬢と、社交界の花という花を食いまくってる美貌の次期侯爵が婚約。話題沸騰、数多の花たちが泣いたらしいぞ? ったく。羨ましい話だ」
「別に羨ましがられることでもないよ。誰のことも食ってないし」
「嘘つけ。あっちの令嬢、こっちの未亡人と侍らせまくってるじゃないか。それよりアレクセイ、勿体ぶらずに、ラリサ嬢にひとめ会わせてくれよ。俺もそんな美女と…… んふふふふ」
「君たち…… 」
「お。イアン気をつけろよ。ラリサ嬢のこととなると、アレクセイの心はパンキシ渓谷のクレバスよりも小さくて狭いからな。そして陰湿だ。夢想しただけで刺されるぞ? 」
「やれやれ。彼女と私の婚約は普通の政略結婚だぞ? 幼い頃に決まり、当然ながらそこに当人同士の意志がないというのは他と同じだ。婚約、婚約、煩いが、君らにだっているだろう。婚約者の一人や二人」
「いや、まぁ、一人はいるし、それなりに可愛いとは思うけど、絶世の美女だと噂のラリサ嬢に興味シンシンなのは男として普通だろ? 」
「ふん。じゃあ、さっきのに答えておこうか。彼女の名誉のためにも他言しないでくれよ? 銀の髪と言われているが、実際はただの陰気くさい灰色の髪だし、銀の瞳? 虚しくさせてくれるなよ。ただ色素が薄いだけで、神秘的でもなんでもない。彼女の前に並んでいる男たちだって? 見たことがないな。父親ぐらいじゃないか? ようは、アナスタシア王女と引き合いに出されるほどの容姿じゃない。かたや太陽の光を集めたような金の髪、エメラルドよりも輝く鮮やかな緑の瞳、男を惑わす蠱惑的なスタイルの持ち主だぞ? ラリサが夜会などにあまり出席しないのは、そんな王女と比べられた我が身の不運を嘆き、怖気付いているだけなんだよ。そこはかわいそうに思うが、べつに私も連れ歩きたいと思っているわけじゃないし、ちょうどいい。あぁ、ついでに言うとドレスの新調が難しい懐事情もあるかもしれないな」
「お前、言うなぁ。じゃあなんでそんな令嬢と婚約したんだ?お前なら外見といい、爵位といい、持参金といい、選びたい放題じゃないか」
「別に。女なんてキャーキャー耳に煩わしいだけだし、香水臭いだけだ。結婚は義務だが、あのハイエナ共の群れから選ぶぐらいなら親が決めた娘でいい。それにオボレンスキー子爵家ならば、我が家の内情にあれこれ口を出してくることもないしな。しかもラリサがいれば、それなりに虫除けぐらいにはなるだろう? 」
「…… アレクセイ、お前の毒舌は婚約者どころかその家にまで及ぶのか」
「まぁ、そうか。そうだよな、そんな美女なかなかいないよな、あぁ、男の夢そのものの美女はいずこに」
「私にとってはどうでもいいけど、いないと思うよ。そんな都合のいい美姫」
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「…… ですから、その時、アレクセイ様がアナスタシア様のことをお好きだってことがわかりましたの」
グウの音も出ないはずですわ。あっさり婚約解消してくださると思っていましたのに、こんなふうに追い詰められたら、猫だって虎を噛みますわ! あら、なにか違いましたかしら?
「あぁ、君、あれを聞いてたの」
「…… 」
ア、ア、ア…… アレクセイ様。流石ですわ。あの会話を聞いてしまったとき、驚きましたし、悲しくも思いましたけど、あっさりバッサリと女性を切り捨てる様が、素敵すぎて…… しばし、呆然としてしまったことを思い出しましたわ。そして、今も証拠を叩きつけられましたのに、言い逃れるどころか、またまたあっさりとお躱しになるなんて。
「なんて素敵なの…… 」
あ、また口に出してしまいましたわ! 失敗ですわ! えっ? アレクセイ様のご尊顔が、ち、近づいて? え? 近い! 近すぎます!
「キャッ! あ、違いましたわ。ギャーッ! 」
目がハートだの、モチがどうたらと仰りながら、アレクセイ様がわたくしをひょいっと抱き上げられたではありませんか。その足で隣の部屋へと連れていかれました。え? ここは? そっと降ろされたベッドが2人分の体重で音を立てていますわ! 小説で言うところの朝のスズメということなのでしょうか!まだ午後のお茶の時間にもなっていませんが。
あら、このシーツ、アレクセイ様の匂いがしますわ。なんていい匂いなのかしら。クルリと反転して嗅いでみましょう。あぁ、素敵な香り。いつまでも嗅いでいられますわ…… すーはーすーはー……
すー? そういえば背中がすーすーしますわね。窓が開いて? ませんわね…… 開いていたのはわたくしのドレス?!って、どうしてですの!
つっーっと冷たい指が素肌を滑り降りましたわ! 擽ったい!
「あんっ」
なんですの?いまのは。だれの声でしたの? わたくし? いえ、わたくしではありませんわ。貧乏でも淑女。そんなはしたない声のようなものは出したことがございません。
「可愛い声」
ギャーッ! 間違えました、きゃーっ! もうっ! どちらでしたかしら? どちらでもかまいません。アレクセイ様、耳元で喋るのやーめーてー。えっ? 今、舐めました?
「うん? 舐めたよ? これから齧るし、食べるけど? 君も声、我慢しないでね? 」
舐められるのも、齧られるのも、食べられるのもイヤーっ!
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「んんんっ! 」
我慢しないでって言ったのに、恥ずかしい声を押し殺しているラリサは、今まで見たことないぐらい可愛い。いや、昨日も今日も明日も可愛いんだけど、これはけしからん可愛さだ。
ベッドに降ろした途端、反転してくれたおかげで、背中のファスナーを下せば、はい、いただきます。指の跡を辿り舌を這わせてみた。美味い。ラリサの香りがする。
「ああんっ! キャッ! いえ、ギャッ! 」
別に言い直さなくていいんだけど。なるほどね。女はキャーキャー煩いって言ったからギャーなのか。
「ヤダヤダヤダヤダヤダっ! 」
その割に背筋舐めただけで、ぐったりしちゃって…… 抵抗なく脱がせやすいよ? このまま頂いちゃうけどいいのかな? っと…… 泣いてる…… 本当に嫌なのか?
「ラリサ? 」
「わたくし、アレクセイ様の…… 愛人になりますの? 」
いつもは無邪気に輝く銀の瞳でムダに信望者を増やしまくっているくせに、こんな狂おしい女の色も浮かべられるのか…… 唇が震えている…… ごめん…… そんな顔をさせたかったわけじゃない。
「いや、妻になる」
ギャーッと言われる前に塞いだ。プロポーズした途端にあの悲鳴は頂きたくないからね。
唇を重ねた途端、ラリサの想いが流れ込んできた。この私に婚約破棄を申し出た仕置に、快楽に溺れさせ、懇願させて、めちゃくちゃにしてやろうと思っていたのに…… こんな捻くれた男に真っ白な真心を差し出してくれるのか……
ラリサ、ラリサ、ラリサ……
「ラリサ。愛している、愛している…… 愛しているのだ。私の妻になってくれ」
どうでもいいことばかり口にする君。見惚れられているのは知っていたが、その唇で私への愛を紡いでくれたことがないことに、傷ついている男がいることを知っていたかい?
あぁ、でもそんなことはもうどうでもいいな。君に愛を告げることが許されるのは私だけだ。
君に言われるよりも先に、君に言おう。何度でも。
お読みいただきありがとうございました。これで完結となります。