「一日目」6時間目:お風呂が出来てますよ
それは奔放な高校生か、或いはそれとも
「随分と遅い御帰宅ですね、正子先生?」
鍵を開けて貰って、一発目の母親の皮肉に、流石に不服げな表情を見せる正子だったが、ともかく帰宅の報告をし、家の中に入った。既に10時を廻ってしまって、事前に連絡はしたにしろ、流石に少しバツの悪い気はした。大学の頃は寮があった、その感覚はつい出ていて。アパートに部屋を借りている、と言う舞が少し羨ましくも有ったが、自分の部屋から出る、気には、今の所は成らなかった。家に入れば直ぐに父親の声も聞こえる、予想通りと言うよりいつものリピートに、話半分で同意しつつ、着替える為に、正子は二階への階段を上がって行った。母親の涼子が溜息を付く。
「全く、何時まで学生気分が抜けないのかしらね」
「…上手くやったのかね、正子は」
「知るもんですか」
父親の謙三の心配に、母親は冷たくか言い放つ。色々と、あまり親の期待には応えられていない正子ではある。それでも教員免許試験には一発で通ったのだ、競争倍率が下がっている現状とは言え、そこは評価して貰っても良かった。
最も、先生に成る、と言う選択に、両親はあまり良い顔をしなかったのも事実ではある。当時で無くても教師と言えば苦労話ばかりで、そんなに良い職場と言う評価は無かったのもあったし、「お前が先生?」と言う、父親の期待感の無さ、には?いささか自身の今までを振り返りもした。誇らしい話はほぼ無いまま、高校生から大学生になり、何となく、そうだろうか?ともかく、先生に成る事にした。東京第二文化大学、と言いつつ神奈川に有ったその学校は、もちろんそれほどは知名度も評価も無かった、”一般的な”大学ではある。選択理由は東京に近かった、その位だ。
学生の頃から慣れ親しんだ正子の、6畳ちょっと広めのその部屋には、今も当時からの遺物が、まるで時の止まったかの様に置いて有って、実際正子もそれを今も、時々手にしたりしていた。苦笑しつつ服を脱ぎ、真新しいスーツをハンガーにかけて。今年は9月と言えど暖かい、締め切った部屋は少し蒸していて。下着姿のまま、クーラーのスイッチを入れた。
ベッドに雑に寝転んで、クーラーの風を感じつつ、少し天井を見上げる。
…多分これは、幸運ではある。優秀な生徒、優秀な学校、馴染みの地域、既知の友人、そこに赴任できた…、それは大きい。とは言え、大泉校長先生から言われた言葉は、親の評価を思い出すと、いささか重さは有った。
〈一本100円でも、お給料無いと買えないからね〉
舞の言った言葉が少し、不意に重みを持った気はした。これから自分は、或いは趣味が高じて?蓄積した知識その他を用いて、お金を貰って、子供らに世界史を教える訳だ。大泉校長先生が育てた?優秀で良識的な生徒らに対して自分が教えるべき事は、或いはでも、一応は…教科書にはある。大丈夫、何ともなる、そう自身に言い聞かせつつ、ともかく彼女は少しして体を起こし、部屋着に着替え、部屋を出た。
「しょーこ、お風呂入れるわよ」
「はーい」
「おい、上手くやれたのか?」
父親のその問いに、「まあ、何とか」と苦笑はしつつ、そのまま茶の間にも入らず、彼女は風呂場へ向かった。謙三にしろ、24の一人娘にとやかく言うのもどうかとは思っていたが、とは言え今、あの子は先生、ではあり。
「大丈夫なのか?」
「何とかなるでしょ」
母親の涼子は、そう言って茶の間の戸を閉めた。
「しょーこの証拠」一日目:了。
取りあえず、第一話、ではあります。
状況として続くかどうかは…、ちょっと解りません。




