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ほぼ会話回。
アプフェル王国宮殿のとある一角に政務室がある。そこでは円卓の周りにこの国の政務を司る財務、内務、外務、軍務、農務、宮内を司る担当の者と、まとめ役の国王が日夜喧々諤諤とだされた意見を吟味している。
その日はこの半年間で悩まされていたとある里での問題が解決し、さらには王国の使命であるべき世界樹の精霊顕現化がその里で起きたため、祝賀のムードで溢れていた。部屋の端に控えている秘書官、書記官、庶務官とそれぞれの補佐達もいつもとは違う雰囲気に戸惑いながらもくつろいだ表情を見せていた。
「いや、それにしても軍務卿の末妹殿はよくやってくれましたな! 卿も耳が長かろう! ボルドウィン家はますます覚えめでたくなりますな! 」
「いえ、一度は失敗しています故、どうなることかと冷や冷やしておりました。これも陛下と諸卿らの導きの賜です」
「最終的にきちんと功を立てたのだからよいではありませんか! 」
「そうだな、ボルドウィン卿。送り出すときはなんの式典もしてやれなかったのだ。迎え入れるときは豪華に祝賀行進と謁見式としゃれこもうぜ! なんせ、二つ名も付いたことだしな! 」
「ほう、末妹殿にどのような二つ名が付いたのですか? 確か軍務卿殿は”青天霹靂”でしたな。弟君は”青嵐”、青に関する名前になるのでしょうか? 」
「さすがに財務卿は頭が切れる! いや、遠くの音がよく聞こえると言ったところですか。そら、教えて進ぜなさい、軍務卿」
「私も先ほど知ったのですが…… なんでも”晴天乱流”と言うそうです。不遜な名と思いますが、こればかりは…… 一体何をしたのやら? 問い詰める必要がありますな」
「ほう、”晴天乱流”…… 晴れた空に起きる天の乱れ、ということでしょうか…… 確かに」
「まぁ二つ名などという物は本人にはどうしようもないですからなぁ」
「そんなことより、あの里は世界樹が精霊顕現化したと報告がありましたが、ヴァイスハイト・オープストはどの程度の量になりましょうな? その辺はどなたか報告を受けましたかな? 」
「やはり農務卿はそちらが気になりますか。どなたか報告を受けた方は? おや、どなたもいらっしゃらない? 」
「正確に数を把握できてないのではないですかな? 不正確な報告では、数が少なすぎたらがっかりだし、多すぎたらどこかで搾取が行われるかもしれません。いやいや、これはただの例えですからな。どなたかが不正をしていると思われてはいけませんぞ!」
「ヴァイスハイト・オープストも気にはなりますが、それよりもですな、軍務卿殿の末妹の報告にあった従魔! これこそが一番問題にすべきではないですかな? 話によれば光の世界樹の場所を発見したとか! しかもそこに住み着いていた従魔らしいではありませんか! なぜ、そやつを引きずってでも王里まで連れてこないのか? 」
「妹は従魔術や隷属魔術は使えません。なので、妹の話が真実ならば…… 」
「どうした? ボルドウィン卿? 」
「いえ、これ以上憶測を重ねても埓がないと思いまして、お耳汚しご無礼しました」
「そう言えばボルドウィン卿、卿の妹御から任務中にも関わらず献上品が届いていたのだ。これはどうすればいいのかな? 皇后や妻があの全身写る姿見をいたく気に入ってな。王家で私的に晩餐会を開きたいと言っているのだが、妹御は受けてくれるだろうか? 」
「…… まず、そのような献上品があったとは聞いておりませんが?」
「姿見の他にも…… 巨大な蜂のアルコホール漬けがあったと聞いていたが…… 内務卿?」
「私も確認はしております。五斗は入ろうかと言うくらいのクリスタルの容器に蜂の魔物が入れられておりました。あまりに見事なため、物品資料庁の方から連絡がありぜひ標本として欲しいという請願がはいっております」
「待て! 蜂の魔物で五斗の容器に入るような奴というと…… 呪種大蜂の女王ではないのか? 」
「農務卿はご存じなので? 」
「そのものは見ておらんが、その大きさの魔蜂はこの辺りだとそれくらいしかおらん! まさか女王本体だけではあるまい! ロイヤルスープは献上品になかったか? 」
「いや、そのような物はなかったが…… なんですかな、そのなんとかスープというのは? 卿がそれほど夢中になるような物なのか? 」
「ゴ、ゴホゴホ! 失礼した…… ロイヤルスープというのは呪種大蜂の女王が自分らの子供を育てるために作り出す半液状の食物…… まあ我らで言うところのミルクのような物でして、それを食しているせいか、通常の野生生物の蜂とは異なり体の大きさが大きく、さらには魔法を使えるようになるのです。我ら人族がそれを食すると魔力回復の効果がとてつもなく上がると言われています」
「して、その魔物のアルコホール漬けにはどのような意味が?」
「毒の部分を除いてあれば、それは滋養強壮になるものだったと」
「添えられていた書状には毒部分は除いた、とかいてあったか…… そこの者、大至急私の書状官を呼んでくれ」
端に控えていた者のうちの一人が部屋から出て行った……
「して、討伐任務にもかかわらず、なぜその場違いな魔物の標本を送りつけたのでしょうね? その辺書状には説明してありましたか? 」
「いや、きちんと確認はせなんだが、そこら辺は本人を呼んでその意図を問いただせばよいのではないか? 」
「呪種大蜂はその名の通り呪術を使う。その中には付与毒術もあるそうだ。つまりは」
「陛下に毒を飲ませるつもりで送りつけたと申したか! それは聞き捨てなりませんな!」
「そういう意図で言ったのではありませんよ。間違って毒入りがないかどうか、きちんと確認された方がよい、と言っただけですよ」
「失礼します! 先ほどご確認依頼のあった書状をお持ちしました」
「おう、早いではないか」
「いえ、本日の会議に関係する書状は全部用意しておくと書状官殿に言われておりましたので! 渡された物をお持ちしました!」
封はすでに解かれてはいたが、封印外しの署名がされていた。
「ふむ、二通あるの。一通は……2週間前か…… 開けたのは宮内省次官か。軍務卿は知らなかったのだな? どれどれ? ノルトオステン王国ブレスロー郊外にて、練兵のためツァオパーベスペ駆除を冒険者ギルドより受諾、成功。獲得素材は軍資金に回したが、王家にその一部を献上することを報告。献上品はツァオパーベスペ女王蜂のアルコホール漬け、毒針と毒腺部は除外済み。封印してすぐのため半年ほど冷暗所にて保存、その後は少量ずつ服用するべし……。 先ほどの話とほぼ変わらないようだな… ノルトオステンのブレスローという場所はどの辺りだったかな? 」
「…… 確か、フロスパラレル街道の…… ノルトオステンとエッセン連邦の境界にある町ではなかったかと 」
「ずいぶんとグラニーラムゼースミスから離れているようだが…… 妙な場所で練兵を行ったのだな。まあよい、確認はとれたな。して、もう一通は…… グラニーラムゼースミスの里からか。これは届いたばかりのようだな。内容は…… フハッ! ハハハハハ! アーーーーーハッハッハ! 」
「陛下! どうされましたか?! 」
「何か珍妙なことでも書いてありましたかな? 」
「まあみなさん、陛下が全部内容を確認するまでお待ちしましょうぞ」
一頻り声を出して笑った国王は、書状を円卓に置いた。
「まあみなも読んでみよ。今回顕現されたマルス・プミラは精霊より起きるのが遅かったため、過大なるヴァイスハイト・オープストの実りを得たそうだ。そのうち一万を王里に送るので、カーゴを寄越してほしいとの知らせだ。な?! 馬鹿げてると思うだろ? 」
その数字に円卓を囲む者たちはみな息をのむ。
「しかし虚報を知らせているとも思えません…… ここはひとつ、要求通りにカーゴを向かわせるべきかと」
「しかし、一柱に一万など、前代未聞! 空前絶後! マナに愛され、マナを愛していないとそのような実りは得られぬ! 」
「20の里すべてで二万をようやく超える感じなのに、一里で万越えだと? ありえん!」
一呼吸の静寂な時が過ぎた後、再び会議は騒がしくなる。が、その中にあって秘かに下を向き口元をゆがめる男がいた。
(それが本当なら、我らの計画に十分な量を得ることができるな。本当ならな……)
…会議中…
声の大きさはいつもとは変わらないがそれは怒声や罵声と言った感じではなく、会議は和やかに進行していた。そこへ部屋の外から合図のベルが鳴る。急報のベルだ。皆、一斉にドアの方を向いた。
「失礼します! 」
「うむ! 入室を許可する! 何事があったか! 」
「コクラン神殿からの要請がありました! 」
「要請? ただの要請ではないのだな? 内容は? 」
「神託が降りた模様です。内容は魔王が発生した、とのことです」
「発生した? もう、なのか? 」
「魔王が発生したので、勇者召還を行いたい。つきましては」
「ヴァイスハイト・オープストを寄越せと言ってきておるのだろう。数は? 五千か六千といったところか? 」
「そ、それが…… その数3万! 」
「「「「「「ハァ?! 」」」」」」
「さらに結晶石をあるだけあちらに輸送して欲しいとのことです!」
「要請とは名ばかりの強奪ではないか! このような要求など答える必要はないですぞ!」
「然り! 魔石が必要なら冒険者ギルドを使って集めればよい!」
「そうだ! 農務卿のおっしゃる通り! 」
「まあ待て、皆熱くなるな…… 外務卿はどう思うかね? 」
「…… は。皆が言うことに私も共感いたしておりますが…… それをやらなければエンデ条約の誓約破棄と言われることになるかと…… 」
「クソ! 忌々しい! 千年前の約定など結ばねばよかったものを! 」
「しかしあれがなければ火と土の世界樹まで我らは失い、王国という我らが民の乗り物をなくすことになりかねなかったのだ! 」
「国を失ってしまえば民は救えませんからな。ドワーフの前例もある」
「いっその事、召喚魔法ごと神殿を潰すのはどうだ? 」
「それも一つの策かもしれませんな…… 」
「それで、陛下。此度の要請、いかがなされますか? 」
「…… うむ。要求通りにしよう。ただ、多大な要求のため調整が必要だ。時間がかかる旨、あちらに連絡を入れておくように」
「どこまで待たせますか? 」
「そうさな、2ヶ月…… は無理だろうな。 だが、今はその魔王とやらはそれほど力がないのだろう? ならばそれくらい猶予があるのではないか? 」
「陛下、生まれたばかりだからこそ、討伐の好機と言われたらどうされますか? 」
「むむ。その魔王とやらの情報もなしに討伐の好機かどうかはわからないだろう。とにかく他の神殿からも情報を集めるのだ! それと冒険者ギルドだ! 魔王の情報は神殿から入っていると思うが、それ以外の情報があるかもしれない! 最近変わったことがなかったか、魔物の討伐依頼やそれらの達成記録の情報を入手しろ! 」




