第95回 アイノースメイド業務日誌:わたしが似た人
メイド服を着替え、小ざっぱりとした格好になります。特にしゃれた格好をすしているわけではありません。どこにでもいる15歳。鏡に映ったわたしの姿はそう表現するばかりです。きっと、誰がみてもそう思うでしょう。
それでも、前島さんはどこかリンカお嬢様に似ているとおっしゃり、首をかしげられます。
そうかもしれません。それはわたしがお嬢様に似せようと思っているからに他なりません。お嬢様と一緒にいて4年になります。その間にわたしは航空隊の副隊長という職務を担いました。重責です。世界の命運と、隊員の命を預かります。
わたしは断りました。しかし、リンカさまはおっしゃいました。あなたはわたしの考えていることを、同等、それ以上に対処できる数少ない人間よ、と。
わたしはリンカお嬢様を行動を見て学び、そして思考方法も何度となく繰り返しました。11歳の少女には、リンカさまはとてつもなく学びの多い方だったからです。
こんなとき、お嬢様だったらどうするか。
そうしているうちに、わたしのなかではお嬢様の人格が作り上がり、わたしはその人格の考えに従っているのです。
ですが、それもわたしが作り上げた、お嬢様とはまったく別の人間でした。お嬢様はいっそう思慮深く、わたしの預かりしらぬばかりの世界を担う大きな方でした。それを、あの現世界事件で、わたしは知らしめられました。
わたしと、わたしのなかのもうひとりのお嬢様は、戦争という時代のなかにぽつねんと取り残されてしまったのです。そして、いま、その戦争でのこされた大きな傷痕が、わたしをぱっくりと飲み込もうとしていました。
ですが、時の運、というのは不思議なものです。それは決して幸運ではなく、不幸に重ねて不幸を呼び込みます。
わたしが政府公安に引き連れられていたその最中、軍隊が公安の車を取り囲みました。
日本では過去、自衛隊と称していた組織は、防衛機能だけでなく、魔王軍との戦いにおいて、能動的な戦闘力を行使するようになりました。曰く、対国家、対人間に対するものではなく、恒常的にモンスターに脅かされる国民を国家緊急権に紐付く「積極的」防衛手段を以って防衛することを目的とする、という理由によってその銃把を取ったのです。
それを軍隊と他称、そして自称するようになったのは当然の帰結でしょう。
「アイノース航空隊、片桐メイの身柄をこちらに渡してもらおう。これは国家緊急権特別法に基くものである」
後部座席のパワーウィンドウ越しに、軍隊の代表者がA4用紙に記載された令状を広げると、となりに座った公安の刑事さんは怒りの視線をその軍兵さんに向けました。
「ふざけるな。この被疑者は先の戦争で日本国民の惨殺に関わった組織の重要参考人だ。貴様らに渡すことができるものか」
「繰り返す。これは国家緊急権特別法に基づくものだ」
「こっちも令状はある! そちらばかりと勘違いするな」
「モンスター討伐の必要のためだ」
「何?」
公安の刑事さんに動揺が起こります。
「◼️◼️地区にモンスターが発生した。われわれはアイノース航空隊の助力をもとめる。これは、政府の判断だ。人命に関わる事案だ」
「わかっているのか。おれたちはその航空隊の犯罪を暴く必要がある。それなのに航空隊の機動要請をするとは。それはあんたら軍隊の仕事だろう」
軍兵さんが黙ります。しかし、それは言い負かされたものではなさそうです。車を取り囲む軍隊のみなさんの密度がいっそうつまります。
対策本部がマオウ熱のパンデミックで閉鎖され、討伐の稼働はできません。
対モンスター討伐部隊……旧・特別対策転生本部、現・復興対策本部は軍隊から官僚組織と合わさり、独立した部隊です。軍隊の実効武力を軽減させることを目的とした施策でした。軍部の抵抗は激しかったと聞きます。全世界的にも、緊急時に部隊を分離させることなど考えられません。ですが、日本はやはり、武力を一局に集中させることを嫌っているようです。
武力の一部を名目上分離させるだけ。そう考えていたこの対策ですが、政府の意向は強行でした。戦争開始から集結していた戦力を根こそぎ奪い取り、軍隊に残ったのは旧来の自衛隊の防衛機能を維持するものだけでした。公安のひとの発言は、その裏側を知った上でのものでしょう。
侮辱。
軍隊の方々の気持ちのすこしは、わたしにはわかります。人はいる。けれども戦うための武力がないのです。
軍隊の方々が詰め寄ると、後ろについていた車から公安の刑事さんたちが出てきます。わずか4人。軍隊と向き合います。一触即発の状態です。
「聞いていないのか。巨竜型、それも20体だ」
「に、20体だと?」
公安の刑事さんの顔に動揺が走ります。
竜型はモンスターのなかでももっとも凶暴な部類にあたります。巨竜型はサイズが6メートル超のものを指します。ティラノサウルスが暴れている、れも20体も、というとわかりやすいかもしれません。討伐が困難なモンスターです。
「佐倉ユウタも対策本部に隔離されている……われわれでは対処しきれない。だから……アイノースの力を借りるしかない」
令状の端が、指のちからでゆがみます。
公安の刑事さんの目にも、揺らぎが浮かびます。
終末戦争では時に命令も法規も超越して、魔王討伐にむけた動きがありました。みなさん、命をかけて、世界の危機を救おうとしていました。
ですが、平和なこの世界で命令も、ましてや法律も飛び越えて行動をするなんてことはできませんし、許されません。それが最適解でないとしても。ルールを守ることもひとつの戦いなのです。
ユウタさんも、かえでさんもルールを飛び抜けた存在です。だから、このようなしがらみにとらわれるようなことはありません。はちゃめちゃです。
では、リンカさまならどう考えるでしょうか?
わたしのなかのリンカさまが、ちいさく頷きます。
「独り言です」
視線がわたしに集まります。
「アイノース航空隊はすでに解体され、撤退も進んでいます……ですが、困ったことにB県の軍備施設には、空輸前の対モンスター迎撃の装備がまだある。あれは早急に撤去しなければなりませんが、幕僚長が日本防衛にはまだ必要と、撤去を渋っているんです。人命に関わるのでしたらやむ方ありませんが……あら、失礼」
ぺこりと頭を下げます。
公安の刑事さんの目が鋭さを増します。しかし、
「正式な取り調べを行なわなければ、捜査をすることができない。だが、こいつは強情そうだ。時間がかかる」
そう言って、窓の外の軍兵さんに視線を向けます。
軍兵さんが頷きます。
「ああ、そうかもしれない」
「行け」
公安の刑事さんが運転する警察官さんに命じます。
車はゆるやかにスピードを上げ、東京の公安局へと向かいます。
「これっきりだ」
「なんのことでしょう?」
ちっ、と舌打ちです。
「クソガキが」
あら、お行儀の悪いこと。
わたしのなかのリンカさまがけらけらと笑いました。久々のことでした。




