2nd Season - 1
今日は12月24日――クリスマスイブだ。
ある小さな児童養護施設では、そこで暮らす子供達がクリスマスパーティーの準備をしていた。
そんな中、幸介だけは、みんなの輪から離れて、一人でいた。
「幸介君、どうしたの?」
そんな幸介に声をかけたのは、ボランティアで手伝いに来ている由梨だ。
「ほら、みんなと一緒にクリスマスパーティーの準備しようよ」
「僕……クリスマス嫌い」
「え?」
由梨は驚いた様子を見せた後、すぐ笑顔に戻った。
「どうして?」
「だって……由梨お姉ちゃんも、サンタはいないって知ってるでしょ?」
「ああ、そういうことなんだね」
幸介の質問を受け、由梨は納得した様子だった。
「幸介君はサンタさん、信じてないのかな?」
「由梨お姉ちゃんだって、信じてないんでしょ?」
幸介の言葉に、由梨は少しだけ間を空けた後、口を開いた。
「私は信じてるよ」
「そんなの嘘だよ」
「ホントだよ。だって、この世界には魔法使いだっているんだから」
「魔法使いだっていないよ」
「ううん、ホントにいるんだよ。だから、サンタさんもきっといるって私は信じてるよ」
由梨は自信に満ちた表情で、嘘を言っているように見えなかった。しかし、幸介は由梨の話を信じられなかった。
「そんなの……絶対嘘だよ」
「ううん、ホントのことだよ」
「由梨、手が足りないの! 手伝って!」
「あ、はい! ごめん、行ってくるね」
由梨はそう言うと、慌てた様子で声がした方へ向かった。
「サンタなんていないんだ」
1人になった幸介は、そう呟いた。
クリスマスイブ。この日は、サンタクロース達にとって最も忙しい日だ。
「カイト、早くしないと間に合わないよ」
リナは慣れた手付きでプレゼントを包みながら、さっきから何度も包み直しているカイトに、そんな言葉をかけた。
「俺は、こういうの苦手なんだよ。出発まで、あとどれぐらいかな?」
「まあ、私の分が終わったら手伝ってあげるよ」
「ホント!? 助かるよ!」
カイトは嬉しそうに笑った。
「だからって、手を抜いたら承知しないから」
「ああ、わかってるよ……」
図星だったのか、カイトは困ったように返事をした。
「リナ、相変わらず飲み込みが早いね」
その時、自分の分をほとんど終えてしまったらしい、先輩のレイアがリナ達の様子を見にやってきた。
「先輩に比べたら、まだまだですよ」
「ホント、リナみたいな優秀な後輩を持って私は幸せだよ」
そう言いながら、レイアはカイトに目をやった。
「それに比べて、カイトはしょうがないね」
「リナの方が1年多く経験があるから……」
「去年のリナの方が十分役に立ってたよ。というか、カイトは去年、役に立たないどころか、騒ぎを起こしただけじゃない」
レイアに冷たく言われ、カイトは何も言い返さなかった。
「ほら、教えてあげるから、しっかり覚えな。カイトは去年もやってない分、遅れてるんだから」
「あ、はい」
「私も終わったら手伝いますよ」
「いや、リナはゆっくりしてて良いよ。あんまりカイトを甘やかせちゃいけないしね」
「そんなー」
「このままじゃ、いつまで経っても上達しないよ。少しは苦しみな」
「……はい、わかりました」
落ち込んだ様子のカイトを見て、リナは笑った。
そして、リナは最後のプレゼントを包み終えた。
「先輩、終わりましたけど?」
「リナ、手伝ってくれよ」
「ダメだよ。時間はたくさんあるんだ。リナはゆっくりしてなよ」
「はい、わかりました」
「そんなー」
「じゃあ、カイト、頑張ってね」
リナは困った様子のカイトをレイアに任せて、その場を後にした。しかし、そうして1人になったところで、リナは気付いた。
「ゆっくりしてろって言われても、何もすることないよ……」
周りのサンタクロースを手伝うこともできるが、それではカイトを手伝うことと何ら変わらないため、リナはどうしようか考えてしまった。
「そうだ!」
そして、リナはあることを思い付いた。
サンタクロースも人と同じように学校に通い、卒業して初めて1人前のサンタクロースとしてプレゼントを配ることができる。そして、リナは学校にいる時、周りから優等生と呼ばれていた。飲み込みは早く、性格も素直で、何の問題も起こさなかったからだ。
そして、サンタクロースとしてプレゼントを配るようになってからも、リナは周りから優秀だと言われている。何十年と経験を積んだベテランのサンタクロースもいる中、3年目のリナはまだ新米サンタクロースだ。それなのに、リナは周りから大きな信頼をもらっていた。
しかし、リナがこの時、思い付いたことは、そんな信頼を裏切るものだった。そのため、リナは少しだけ迷いを持った。
「時間はあるし……うん、決めた!」
しかし、リナは迷いを捨てるようにそう言うと、誰にも見つからないようにトナカイとソリを出し、静かに移動を始めた。
「由梨、ちょっと良いかな?」
由梨と一緒にボランティアをしている、梓は子供達に聞こえないよう、由梨に声をかけた。
「何?」
「幸介君のことなんだけど……」
梓はそこで言葉を詰まらせた。
「どうしたの?」
「みんな、プレゼント何が欲しいか、紙に書いてもらったでしょ?」
「うん」
「寄付してもらったお金で、さっきプレゼントも買ったんだけど……幸介君だけ、何が欲しいか書いてなくて、買えなかったの」
それは、サンタクロースにお願いするためと言って、子供達に書かせたものだ。プレゼントとして、ラジコンを頼む子もいれば、ぬいぐるみを頼む子もいた。
しかし、幸介だけはその紙を白紙で出していた。
「どうしようか?」
「……私に任せて」
先程、幸介とクリスマスについて話をした由梨は、何とか幸介の心を開こうと手を打つことにした。
「幸介君、ちょっと良いかな?」
由梨が呼ぶと、幸介は素直にすぐ来てくれた。
「この前、サンタさんにプレゼントお願いしようって、この紙を渡したでしょ?」
そう言いながら、由梨は白紙の紙を見せた。
「幸介君、何も書いてないから、何が欲しいのかなって思って」
「僕、欲しいものないよ」
「え?」
意外な言葉を言われ、由梨は困ってしまった。
「サンタさん、何でも持ってきてくれるよ?」
「サンタなんていないもん」
「でも、幸介君、欲しいものあるでしょ? ラジコンとかプラモデルとか……」
「そんなのいらない」
幸介はそう言うと、みんなのところへ戻ってしまった。
「珍しいね」
幸介と由梨の様子を見ていたのか、梓は物陰から出てくると、困ったようにため息をついた。
「幸介君、いつもは素直なのにね」
「うん……」
「でも、幸介君って自分から何かをすることないよね」
「そうだね」
幸介はどこか引っ込み思案な部分がある。頼まれれば、すぐ言う通りにするが、自分の考えで何かをしようとしたことはほとんどない。
そのことを、由梨と梓は以前から心配していた。
「まあ、少しずつ話すよ」
由梨はどうしようか考えながら、そう呟いた。
「1年ぶりだね」
リナは華やかな街を見て、笑顔になった。
人が住む世界とサンタクロースが住む世界は1本の道で繋がっている。普段、その道は塞がっていて通れないが、クリスマスイブとクリスマスの日だけは自由に行き来できる。しかし、特別な用事がなければ、サンタクロースは人が住む世界に行ってはいけない。それは、去年のような問題が発生する危険があるからだ。
このことは学校でも教わったため、当然リナも知っている。知っていながら、リナは人間界にやってきた。
当然、サンタクロースの格好というのは目立つため、通り過ぎる人達はリナに目を向けてきた。しかし、クリスマスイブのため、それほど気にしている人はいないようだった。
「お兄ちゃん、待ってよ!」
「寒いから、さっさとケーキ買って、家に帰るよ」
「色んなお店行こうよ!」
「良いけど、暖房が効いてない店はダメだからね」
そんな声が聞こえ、リナはそちらに目をやった。
「とにかく、早く行くよ」
「もう、待ってよ!」
そこにいた兄妹は、リナに気付くことなく、行ってしまった。そんな2人を見送ると、リナは2人が行った方向とは別の方向に歩き出した。
リナは特に行きたい場所があるわけではなく、普段行くことのできないこの世界のことを少しでも多く知りたいと思っていた。そのため、特に目的もなく、歩き回ることにした。
リナがこんな行動を取っているのは、いつも真面目でいたからだ。まだ若いリナは、カイトのように自由でいたいと思う時が頻繁にあった。しかし、これまでリナはそういったことを我慢していた。
その結果、特別な日である今日だけは我慢しなくても良いと、リナは考えてしまった形だ。
「サンタさんだー」
時々、自分を指差す子供に対して、リナは手を振った。
そうして歩いたところで、リナはある建物の前で止まった。それは、庭を挟んで、子供達がパーティーの準備をしている姿が見えたからだ。
その子供達の姿に、リナは自分が幼かった頃の姿を重ねていた。
「サンタさん?」
いつの間にか近くに来ていた少女に話しかけられ、リナは笑顔になった。
「うん、私はサンタクロースだよ」
「サンタさんはおじいさんじゃないの?」
「サンタクロースってたくさんいるんだよ。私みたいに若いサンタクロースだって、たくさんいるんだから」
気分が良かったこともあり、子供相手なら大丈夫だろうと、リナは自分のことを話した。
「そうなんだ」
「みんな、パーティーの準備をしてるの?」
「うん、そうだよ」
リナは少しだけ考えた後、どうするか決めた。
「私もお手伝いして良いかな?」
「うん、良いよ!」
その子は嬉しそうに言った。
「それじゃあ、みんなのところに行こうか」
リナはその子の手を握ると、他の子供達の方へ向かった。
カイトはレイアに叱られながら、プレゼントを包んでいた。
「ほら、そこも違うよ」
「あ、はい」
なかなか手順を覚えられないカイトに対して、レイアは厳しい態度だった。
「全く、リナを見習いな」
「でも、プレゼントを配るのは、俺の方が早かったですよ」
「そんなこと言ってないで、ちゃんと覚えなさいよ」
また、レイアに怒られ、カイトはどんな顔をすればいいかわからなくなった。
「カイトとリナって、ずっと前から一緒なんだよね?」
「え?」
そこで、不意にそんなことを聞かれ、カイトは反応に困った。
「はい、そうですよ」
「リナって前からあんな感じだったの?」
「えっと、あんな感じというのは?」
「すごい真面目で、しっかりしてて、カイトとは大違いだから」
「そんな、ひどいこと言わないでくださいよ」
カイトが泣きそうな声で言うと、レイアは笑った。
「たまには息抜きをさせてあげな。リナは真面目過ぎるよ」
カイトはこの時、レイアがリナに手伝いをさせなかった理由に気付いた。
「いつまでもリナに頼っちゃダメだよ。カイトだって、学校を卒業した1人前のサンタクロースなんだから」
「はい、わかりました」
レイアの言葉を聞きながら、カイトは作業を進めた。先輩のレイアから、1人前のサンタクロースと言われ、カイトは少しだけ嬉しいと思いつつ、だからこそ頑張ろうと心に決めた。
「そういえば、カイトは留年したんだっけ?」
「ちゃんとやりますから、黙っててくださいよ!」
大声で笑うレイアを前に、決心がすぐ揺らぎそうになりつつ、とにかくカイトはプレゼントを包むことに集中した。




