第21話
王宮最深部、円形に広がる大会議場には、すでに重苦しい熱気が充満していた。
大理石の床に靴音を響かせ、諸侯や高官たちが次々と席を埋めていく。だが、一段高く設えられた中央の玉座は空席のままだ。背もたれの豪奢な彫刻だけが、主を失った宮廷の歪みを浮き彫りにしていた。
その玉座のすぐ傍らに、宰相グスタフが立っている。
豪奢な刺繍が施された深紅の礼服に身を包み、太い指先で金色の指輪を弄んでいる。国王が病に伏せているのをいいことに、彼はこの場の支配者として振る舞っていた。周囲を取り囲む貴族派の面々へ、傲慢な笑みを隠そうともせずに視線を配る。
「皆様、静粛に」
グスタフが低く通る声で告げると、議場のざわめきが一瞬で静まった。
「本来であれば国王陛下の御前で行われるべき会議ではあるが、陛下の御容態は今なお芳しくない。国政を停滞させるわけにはいかぬゆえ、この私が臨時に議長を務めさせていただく」
慇懃な言葉遣いとは裏腹に、その眼光は居並ぶ貴族たちを威圧するように鋭い。異論を挟む者は一人としていなかった。いや、挟めないのだ。宮廷の兵権の多くを握り、王室にすら圧力をかける男の前に、貴族たちはただ息を潜めていた。
「さて、本日の最重要議題に入ろう。それは他でもない、魔術師団長レオン卿の反逆についての処分だ」
グスタフはわざとらしく息を吐き、首を左右に振ってみせた。
「王国の治安を預かる身でありながら、あやつは禁忌に手を染め、魔獣の暴走を裏で手引きして王都を未曾有の危機に陥れた。さらに、その混乱に乗じて王権の簒奪をも目論んでいた形跡がある。これは明白な国家反逆罪だ」
議場に小さなどよめきが走る。あらかじめ示し合わせていた貴族派の議員たちが、次々と口を開いた。
「なんと忌まわしい……!」
「魔術師団長ともあろう者が、そのような大罪を犯すとは」
「謹慎処分などでは甘すぎる。即刻、断頭台へ送るべきだ!」
空気を煽るように声が高まっていく。グスタフは満足そうに口元を歪め、玉座の肘掛けに手を置いた。
「うむ。もはや弁明の余地などない。これ以上の審議は時間の無駄だ。国家の安寧のため、レオンの即刻処刑をここに提議する。法と秩序を守るため、全員一致での可決を望む」
絶対的な権力者の宣言。誰もが彼に従い、反論の声を上げる者などいないはずだった。
その時、会議場の重厚な両開き扉が、前触れもなく外側へと押し開かれた。
ギィィ、と鈍い金属音が響き渡り、室内の熱気が急速に冷めていく。
すべての視線が、逆光の差し込む入り口へと吸い寄せられた。
「弁明の余地がない、とは聞き捨てなりませんね。宰相閣下」
静まり返った議場に、私の声が明瞭に響いた。
一歩、また一歩と石畳を踏みしめて中へ進む。魔術師団長の制服を隙なく着こなし、私は冷徹な視線をグスタフへ真っ直ぐに向けた。
「な……レオン!? なぜ貴様がここにいる!」
グスタフ派の貴族の一人が狼狽した声を上げる。謹慎中の身である私が、近衛の包囲を抜けてこの場に現れるはずがないと信じ込んでいたのだろう。
「自宅謹慎を命じられていたはずだぞ! 衛兵、衛兵は何をしている! 不法侵入者を直ちに捕らえろ!」
喚き散らす男の声を遮るように、議場の後方から雷鳴のような怒声が轟いた。
「控えろ、小役人が!」
立ち上がったのは、無精髭を蓄えた歴戦の騎士――地方貴族の代表である領主バルドだった。筋骨隆々の巨躯を震わせ、彼は胸を張って前に出る。
「レオン団長は、この国の危機に際して自らの潔白を証明するために参席されたのだ! 国王不在の場をいいことに、一方的な告発だけで断罪を下すなど法が許さんわ! 我ら地方領主連合は、レオン団長の入場と発言の権利を全面的に支持する!」
バルドの力強い宣言に呼応するように、これまで沈黙を守っていた地方貴族や中立派の議員たちが次々と立ち上がり、賛同の意を示した。
空気が完全に一変する。
バルドは私と視線が合うと、顔の古傷を歪めて獰猛に笑ってみせた。これまでの理不尽な圧政に耐えかねていた彼らにとって、私の登場は反撃の合図に他ならなかった。
グスタフの額に、微かな青筋が浮かぶ。だが、彼はすぐに傲慢な笑みを取り繕い、鼻を鳴らした。
「ほう……地方の田舎貴族どもを抱き込んで、無駄な足掻きを。だが、どれほど吠えようと、この場を支配するのは厳格なる法と証拠だ。貴様が反逆者であるという事実は揺るがんよ」
グスタフが軽く指を鳴らすと、貴族派の列から一人の男が歩み出てきた。
神経質そうな細い目元に、一糸乱れぬ高級な文官服を着こなした男。宰相の腹心であり、数々の謀略を実務面で支えてきた側近ヴィクターだ。
ヴィクターは議場の中央に立つと、懐から一束の羊皮紙を取り出し、事務的で冷淡な声で告げた。
「証拠なら、ここにございます。魔獣暴走が発生した当日、魔術師団の地下倉庫から持ち出された特殊な誘引薬の調達記録。そして、その指示書に記されたレオン卿の直筆署名です」
淡々と読み上げられる偽りの罪状。
ヴィクターは抑揚のない口調を崩さず、周囲の貴族たちへ書類の写しを配らせていく。
「さらに、実行犯として捕縛された魔術師の供述書も揃っております。彼らは一様に、レオン卿から直接『暴走を引き起こせば相応の報酬と地位を約束する』と持ちかけられたと証言しています。すべては、王都の防衛網を麻痺させ、殿下方を危険に晒すための自作自演だったのです」
完璧に整えられた偽証の数々。
前世の私であれば、あまりの理不尽と用意周到さに言葉を失い、動揺を隠せなかっただろう。感情的に否定し、証拠がないと叫び、かえって自らの立場を悪化させていたはずだ。
だが、今の私は違う。
私は冷ややかな視線をヴィクターに向けたまま、微動だにしなかった。銀縁眼鏡の奥で、彼の呼吸、視線の僅かな揺らぎ、そして自信に満ちた表情の裏にある綻びを冷静に見極める。
ヴィクターの弁舌が終わり、議場に再び重苦しい沈黙が落ちた。
グスタフが勝ち誇ったように顎を上げる。
「聞いたか、レオン。これだけの証拠と証言が揃っているのだ。貴様に弁解の余地など微塵もない。国家を危険に晒した大罪人として、今すぐその場で首を差し出すがいい」
宰相の放つ重圧が、議場全体を押し潰そうとする。
しかし、私はただ静かに口角を上げた。
「大変見事な作り話でした、ヴィクター殿」
私の落ち着き払った声に、ヴィクターの眉が僅かにピクリと動いた。
「……作り話、ですか。公式の監査記録と証言を前にして、そのような子供じみた強弁が通用するとお思いですか」
「通用しないのは、そちらの方ですよ」
私は制服の内ポケットに手を差し入れた。指先に触れる、冷たく滑らかな紙の感触。
「その証言が偽りである証拠をお見せしよう」
そう告げて、私は懐から一通の書類を取り出し、高く掲げた。
それは、ヴィクターが裏で暗殺者や工作部隊に下していた、紛れもない直筆の襲撃指示書だった。




