第93話 シスター、卒業
「シスタークウリ。知っている事を述べなさい」
「……黙秘」
翌日、爽やかな朝を迎え。
本日も修道女らしく聖堂の清掃を~なんて、とても良い笑顔で他の皆にも挨拶を済ませたのだが。
相も変わらず、シスターオーキットに捕まった。
「貴女が出て行った後、それはもう大きな地震があったんですよ」
「へ、へぇ……でも建物とか倒壊して無いし、震度2とか3程度じゃ……」
「その基準は知りませんが、街中が騒ぎになる程度には揺れましたね。そして、物凄く月が輝いて、外に居れば白夜と見間違える程に明るくなったそうです」
「ほ、ほぉ……ソレは凄い。記録的な観測ですねぇ~?」
ヘ、ヘヘヘと苦笑いを浮かべていると。
シスターは此方に顔を近付けて来て。
「そして、昨夜に街の外へ駆け出していく銀髪のシスターを見た。という目撃例と、更には何やら空飛ぶ人影を見たという目撃例が上がっているそうです。被害報告は“まだ”受けていませんが、それらしいシスターは居るかと早朝に取り調べを受けました」
「うぐっ!? それで……シスターオーキットは何と……」
「ウチに居るのは訓練生ばかりです、その様な大事に関わる修道者は居ないでしょうと答えておきました。例え貴女が原因だったとしても、貴女はココの訓練生。だからこそ、そんな他人様にご迷惑をお掛けする程の大魔法など使わないだろうという予測の元、そう答えておきました」
こ、心が痛い! 滅茶苦茶痛い!
新しい奥義キタッ! 試し打ちイヤッホォー! とか思っていた俺、懺悔しろ。
その奥義、滅茶苦茶他人様にご迷惑をお掛けしているぞ。
「シスタークウリ」
「……あい」
「正直に仰いなさい」
それだけ言ってシスターは周囲を見渡し、周辺に人が居ないのを確認してから。
スッと此方に顔を寄せ、耳元で小さな声を上げた。
「そんなに凄いスキル? とやらだったんですか?」
「えぇ、それはもう……試しに撃ったら、凄い事に……」
そう呟いた瞬間、俺の頭にはゲンコツが降って来た。
「やっぱり貴女ですか!」
「ひでぇ! 誘導尋問だ!」
「試し打ちにしてもやり過ぎです! 被害をちゃんと考えなさい! というか、衛兵に報告しなかっただけでも、ありがたく思いなさい!」
と言う事で、再びシスターオーキットのお説教が開始された訳だが。
凄かったなぁ、アレ。
流石シークレットスキル。
近い所までスキルツリーを開いていたから、フレーバーテキスト自体は多少読めたが。
まさかあそこまで殲滅力が高い代物だとは。
俺のMP総量じゃ無ければ、スキルの途中で魔力が空になるのが目に見えている。
今回は途中で止めたし、全部撃ったら俺でもどうなるか分からないレベル。
ダイラの奥義とかは、無条件にMPを空にされるが。
アレは神様に献上って意味もあるらしい。
闇魔法は基本的にその辺りキッチリしているから、無条件にMP全部空とかは無いが……あの威力で、ゴリゴリとMPを削られるのは流石に恐怖を感じたモノだ。
いやはや、まさにロマン砲。
あのスキルの為にキャラを作らないと、絶対失敗するだろってレベルの超高難易度の取得制限が掛かったスキル。
ソレを、習得してしまったのだ。
「フ、フフフ」
「シスタークウリ、聞いていませんね?」
にやける口元が戻らなかったのは、正直許して欲しいと思うんだ。
※※※
そんなこんなありながら、一ヶ月という期間はあっと言う間に終わった。
結局ローヒールくらいしか使えなかったし、怒られる事の方が多かったが。
でも、終わりましたぁ!
と言う事で教会を出てから、のびーっと背骨を伸ばしていれば。
「シスター……」
ズビズビと鼻を啜りながら、何やら女の子が此方を見上げているでは無いか。
そんでもって、膝からはどうやら血を流している様で。
覗き込んでみれば、どうやら派手に擦りむいてしまったらしい。
まぁったく、子供ってのは何処の誰もヤンチャなモンだね。
「ホレ、こっち来い。治してやっから」
困った笑みを溢しつつ、教会に頼って来たちびっ子を膝の上に乗せて。
相手の足に水をぶっ掛け、消毒液を少々。
そんでもって、清潔な布で傷口を拭ってから。
「ローヒール」
ココで唯一普通に使えるようになった聖魔法を発動させるのであった。
ぶっちゃけポーション使った方が早いし、こんなの俺の柄ではない。
でもまぁ、今はシスターの格好をしているので。
などと思いつつ、ゆっくりと彼女の怪我を治していれば。
「お? シスタークウリ、早速善行か? 手伝う?」
「うんにゃ、これくらいだったらローヒールでも何とかなるよ。一ヶ月お疲れぃ」
俺に続いて教会から出て来た研修生達が、何だ何だと集まって来た。
何だかんだ、さっぱりとした付き合いではあったものの。
結構皆と仲良くなれた気がする。
やはり飯は偉大だ、仲良くなるなら飯と規則違反。
皆でこっそり夜食食って、更にはイズから貰った焼肉のタレがあるのなら、どんな奴とだって仲良くなれた。
そんな影響もあり、窮屈な思いはしなかった一ヶ月となってくれた訳だが。
「シスタークウリ、アレ謳ってよ。むしろクウリの得意分野は“ソレ”でしょ?」
「ふざけんな、マジで。なんでこんなに集まってくんだよ、もう研修も終わったんだから帰れ帰れ。つぅかこんな人前で謳うか、恥ずかしいっつの」
「いいじゃんかよぉー、俺等も歌うからさぁ。つってもやっぱり鼻歌だけど。なぁ歌詞とかつけないのか? 結構覚えやすい歌だし、普及しようぜ?」
「絶対嫌だね、そもそも俺が考えた歌じゃねぇし。てか治療の邪魔だから帰れっての!」
などと叫んでいると、研修生がほぼ集結しているんじゃないかって程に集まって来てしまった。
腕に抱いている女の子はポカンとしているし、道行く人は何かあるのかと此方に視線を向けている。
あぁもう、また変な感じで目立っちゃってるし。
「ねぇお願い! クウリってそもそも聖職者になるって目的で此処に来た訳じゃないでしょ? 攻撃術師だって言ってたし。だったらもう会えないかもしれないし……ね? あれ落ち着くんだってば」
なんて、最初の研修からずっと一緒のシスターから懇願されてしまった。
此方としては、大いにため息を溢す他無い事態なのだが。
「あの、シスター……さっきから、皆、何言ってるの? 歌って、何?」
ほらぁぁ、ちびっ子まで興味持っちゃったじゃん。
思い切り溜息を溢してから、少女には笑みを向け。
「大したもんじゃないよ、ただのおまじないだ。というかリジェネだ、詠唱みたいなもんだよ」
「聞きたい!」
あ、はい。
もはや傷口なんぞ完全に塞がっていそうな少女が、キラキラとした瞳を此方に向けて来るではないか。
そんでもって、周りの仲間達も。
あぁ、コレはもう……やるしかないのだろうか?
“向こう側”の俺だったら、絶対恥ずかしくて出来なかった事だけども。
でもこれは詠唱、リジェネを使う為なんだと思えば吹っ切れるというか。
俺の身体自体は、歌う事に違和感を抱いていないというか。
「まぁ、良いか。難しく考えて、リジェネが使えなくなっても困るしな」
「素直じゃないねぇ、シスタークウリ?」
「うっせ」
そんな事を言いつつ、彼女の傷跡……があった場所に手を振れ、鼻歌を歌い始めた。
こんなもん、聞いたって面白くもなんともないだろうに。
少女はもちろん、研修生の仲間達まで耳を傾けている。
しかも、教会の目の前で。
ったく、こんな光景絶対シスターオーキットに怒られるだろうに。
なんて事を思いながらも、歌い続けた。
不思議なモンだ、詠唱ってのは。
一度紡ぎ始めてしまえば、終わらせようって気にならない。
だからこそ、結局最後まで歌い終わると。
いつの間にか、周囲にはいろんな人が集まっていた。
「え、えぇと……」
「シスタークウリ、シー」
研修生の一人からそんな事を言われ、騒ぐなと制されてしまったのだが。
視界を落としてみれば、腕に抱いた女の子が居眠りをかましているではないか。
「リジェネって言うより、スリープだなこりゃ。流石は“寝落ちの詩”」
「馬鹿言ってないの、教会内に運ぶよ?」
そんな事を言いつつ、先程卒業したばかりの建物内に再びお邪魔するという情けない光景が。
いいのかなぁ、コレ。




