第83話 月の女神
「クウリ! シスタークウリ! 何処ですか!? ここに居る事は分かっているんですよ!?」
修練三日目、夜。
もはや夜遊びする習慣は完全にバレ、抜け出す事は諦めた。
シスターオーキットに怒られるので。
でも夜食を食べたいのなら、今後は食材も自分で用意しなさいって言ったのだ。
だからこそ、自分で用意したのだ。
なのに。
「そこかぁぁ!」
スキルまで使って隠れていたのに、普通にバレた。
相手の気配察知能力が高いのか、それともこれらの隠蔽スキルが弱いのが原因なのかはわからないが。
「うぎゃぁぁぁ!?」
「今日こそは逃がしませんからね!?」
「でも自分で用意するなら夜食食べて良いって言った!」
「だからって人を集めて、更には聖堂で焼肉を食べる人が居ますか!? ホラ、他の隠れている人達も出て来なさい!」
「火! 火だけは厨房で使いましたから!」
「そういう問題じゃありません!」
イズに貰っておいたお肉と焼肉のタレを出して、大量に焼いてから広い所で集まり。
腹ペコたちと大いに賑わっていたのだが。
流石に感付いたらしいシスターのアイアンクローを頂いてしまった。
駄目か、やはり駄目か。
二日目に関しては、一人で昔のアイテムの牛丼を食べていたら人が集まって来てしまったので。
三日目に皆で集まる約束をしていたのだが。
どうやら、駄目だったらしい。
「俺、俺一人です!」
「嘘仰いなさい! 聖堂で一人焼肉する程、貴方だって肝が据わってないでしょうが! ホラ、出て来い!」
その声と同時に、両手を上げてチラホラと現れる訓練生。
仕方ないよ、だってご飯少ないんだもん。
健康的な若者や男子面子では全然足りないだろう。
だからこそ、今夜は焼肉で皆と盛り上がっていたのだが。
「シスタークウリィィィ……」
「違うんです! ホントに違うんです! アレです! 親睦を深める的な!?」
もはや持ち上げられる勢いでアイアンクローを頂いていれば、教会の正門がソッと開かれたではないか。
こんな夜更けに来るなんて、不届きものか? なんて、思ったりもしたが。
「ホラシスター! お客さん! お客さんが来ましたから! お祈りしてチップ貰うチャンス!」
「お客さんとか言わない! 教会にとっての訪問者は商売相手ではないんですよ!? あともう少し言葉を選びなさい!」
ペイッと俺を投げ捨てるシスターは、先程までの鬼の様な表情捨て去り。
微笑を浮かべて扉の方に笑顔を向けていた。
アレだ、絶対この人“鬼婆”って言葉が似合う。
結構な年齢だというのに、やる事がパワフル。
この身体がアバターでなければ、頭が握り潰されていたかもしれない。
何てことを思いつつ、ホッと息を吐き出していれば。
「あの、こんな時間にすみません。もう一度、“月の女神様”に会わせて頂きたくて……」
そんな事を言い放つ女性の後ろからは、二人の少年が。
おや? どっかで見た事ある様な顔な気がするが。
「月の……女神?」
「えぇ、彼女の治癒魔法を受けてから息子は……その、本当に良くなりまして。これまでいくら治癒魔法術師に任せても治らなかった足が、もうこんなに。でもまだ、痛みが残っているみたいなんです。だから、もう一度月の女神様に頼る他無いと……お願いです、コレでどうにか……お願いできないでしょうか?」
「えぇと……」
母親の方が、何やら金の入っているらしい麻袋をシスターに突き出し。
シスターの方は非常に困惑した様子で、首を傾げていらっしゃる。
いや、うん。
そんな御大層な人居ないんだけどね、ココには。
だって新人訓練場だし。
なんて思っていれば、少年達が俺の事を見つけたらしく。
「女神様!」
「昨日ぶりです!」
二人して、此方に向かって抱き着て来るのであった。
これはまた、どういうこった?
※※※
「いいか? 少年たち。身体の基本は飯だ、まず飯を食え」
「「はいっ!」」
「と言う事で、まずは肉だ。肉は正義、腹いっぱい食え。あ、お母さんもどうぞ? いっぱいあるんで」
「あ、えぇと……良いんでしょうか?」
そんな訳で、食事再会。
聖堂のど真ん中で、シスターの格好をした俺がひたすらインベントリから肉を取り出すというのは、非常におかしい光景だっただろうが。
でも、食える状況になったのだ。
であれば、周囲の隠れていた面々も姿を現し、皆揃って肉を受け取っている。
焼肉はやっぱりこうでなくちゃね。
とは言え時間も無く、料理スキルもないので本当に肉焼いてタレ掛けただけなんだけど。
「シスタークウリ、後でお話があります」
今だけは聞かなかった事にしよう。
耳を塞いで顔を逸らし、その後ソッと肉の乗った皿を彼女に渡してみれば。
相手は非常に大きなため息を溢しつつ、そのデカイ肉を頬張った。
はい共犯ー! シスターも食べましたー!
だったら俺だけ怒られるのは筋が通りませんー!
なんて、子供みたいな事を思っていたのだが。
「ありがとうございます、月の女神様……」
そう言って、相手のお母さんがめっちゃ頭を下げて来たんだが。
いや、だから何。
本当に何。
それから月の女神って何?
ウチには既に一人“性女”が居るんだけど、これ以上勝手に変な存在増やさないで欲しいんだが。
とか何とか思っていると、少年の一人。
足を怪我していた方が此方に近寄って来て、裾をまくり上げた。
すると。
「おぉ? 前より随分と良くなったみたいじゃないか。新しい治療法でも始めたのか?」
彼の足は、一見普通と変わらない程度に治っていた。
前に見た時は、変な方向でくっ付いてしまった、みたいな状態だったのだが。
今では、そんな印象も受けない程に修正されている。
俺のイメージでは、もう一回骨を砕いてダイラに治させる、くらいしないと駄目かなぁとか思っていたんだが。
上手く行ったのなら良かった、なんて一人ウンウンと頷いていれば。
「もう一回、“詩”を聞かせてくれませんか? まだ、寝る時には痛いって感じて……」
「歌? あんなモン大したものじゃないぞ? 本当におまじないだ。言っておくけど俺が治した訳じゃないからな? まだローヒールだって使えないくらいだ」
何てことを言いながら相手の頭をワシワシと撫でてやれば、再び母親の方が勢いよく頭を下げて。
「お願いです、もう一度お願い出来ないでしょうか? 私も信じられない様な内容でしたが……貴女の詩を聞いからなんです、息子の傷がどんどん良くなっていって。昨日と今日の二日間で、他の術師様は関わっていないんです」
いやいや、んな事言われましても。
たかが鼻歌で、歪に繋がった骨が治ったら苦労しないでしょうに。
きっとアレだな、辻ヒールしてったヒーラーが居たんだろう。
そういうのを楽しむプレイヤーだって居た事だし……つまりあれか?
ダイラがたまたまこの子を見かけて、コソッと治療したとか。
何かそんな気がして来た。
「シスタークウリ。その“詩”というのを、我々にも聞かせて頂けませんか?」
シスターまでおかしな事を言い始めたではないか。
勘弁してくれ、こんな大勢の前で鼻歌謳えとか、どんな羞恥プレイだ。
ていうか間違いなく俺が治した訳じゃないから。
「あのですね、世間には辻ヒールというものがありまして。相手に気が付かれない様にコソッと治療して、そのまま姿を消す。いったい誰が治してくれたんだー!? っていうのを好むヒーラーが――」
「要る訳無いでしょう、そんな存在。回復術師はそれで生計を立てているんですよ? そんな事をする人間が居たら、逆に仕事としてやっている回復術師から反感を買います。無償の善意というのは素晴らしいですが、それは周囲の人間に迷惑が掛かると覚えておきなさい」
「あぅ……」
この世界での辻ヒールは、どうやら御法度らしい。
確かにね、そんな奴居たら怪我しても商売している人達の所行かなくなっちゃうよね。
そしたら医者……とは違うのかもしれないけど、そう言う人達の仕事無くなっちゃうわ。
「どうか……お願い出来ないでしょうか?」
相手のお母さんにも再び頭を下げられてしまい、周囲の訓練生達も興味津々。
これはちょっと、逃げられないか。
「いや、えと……ホント、特殊効果なんか無いですからね? ちょっとばかしリラクゼーション効果の高いメロディーってだけで、魔法とか発動しませんからね?」
そんな訳で、とてもとても恥ずかしいが。
皆の前で鼻歌を披露する事になってしまった俺。
見られていると恥ずかしいので、やっぱり目を閉じておこう。
なんだこれは、これが聖堂で焼き肉を喰った罰だとでもいうのか?
などと考えながら、前回と同じ様にちびっ子を支える様な体勢でメロディーを口ずさんでいれば。
子供、寝ました。
秘儀、“寝落ちの詩”。
今日も効果は抜群の様だ。
「シスタークウリ、貴女は……」
やけに驚愕した表情のシスターオーキットが、震える指でステンドグラスを指さしていた。
色とりどりのガラスの向こうからは、やけに強い月の光が差し込んでる様だが……え、何? 別に変った所無いけど。
綺麗だねぇーって言えばOK?
まさかマジでなんか起こったの?




