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[改稿前] 喫茶店のからくり  作者: 和深ゆう
その先には誰がいる。
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2/13

祖母の話と喫茶店

 

 幼いころ、今は亡き祖母からいろいろな物語を聴いていた記憶が鮮明に残っている。



 例えば世界のどこかにつながっている扉の話。

 よくあるローファンタジーとミステリーが混ざったような奇譚だ。


 とある家の奥には不思議な扉がある。それは主人公と限られた人しか気づくことができない不思議な扉だ。

 つまり他の人には壁か何かにしか見えず、不思議とその存在を感じられないという。


 その扉は何なのか。


 開くとその先は隣の部屋なんかではなく、世界のどこかに繋がっているのだ。

 そして主人公は扉の先の訪問先で観光を楽しむこともあれば、時折トラブルに巻き込まれて大変な展開になることもある。1日で帰ることもあれば、ときには数週間も彷徨うこともある。


 そんな冒険譚にも近い物語だった。



 祖母はいつも喫茶店の隅の座席で、扉を開けた先の世界の話をしてくれた。とても鮮明に覚えているのは、何かとぶっ飛んだ話が多かったからかもしれない。

 例えば1ヶ月間ずっとコロンビアの山奥と扉が繋がっていた話、ふいに開けるとタンザニアのサバンナで野生動物と遭遇した話、あるいは扉を開けた瞬間にブリザードが吹き込んだ話。枚挙に暇がない。



 そんな話ばかりだったのだから、当時の僕は幼少期特有の好奇心に駆られたのは言うまでもない。色々と質問をしたのを覚えている。


「その物語の本を読みたい。」と尋ねてみたことが何度もある。両手の指では数え切れないほどに。ただ祖母はその度に「とうの昔に捨ててしまったからねえ。」と言うばかりだった。

 ただそれで収まらないのが好奇心の怖いところだ。僕は諦めきれず「だったらタイトルを教えて。」とせがんだこともある。けれど祖母は「もう昔すぎて覚えてないねえ。」とお茶を濁すばかり。


 そんな質問を幾度となくせがんだけれど、結局はその物語の書籍については聞けずじまいのまま、数年前に亡くなってしまった。最後にくらい教えてくれても良かったのに、本当に墓場まで持って行かれてしまったのだ。



 だから本は残っていない。

 だけど祖母が話してくれたあの席は今も残っている。今も喫茶店の隅で現役だ。ウォルナット材のテーブルに赤いクッションのついたカフェチェアが4つ。

 祖母は奥の方の座席でよく読書していて、僕は向かいの椅子に座って床に届かない足をせわしなくバタつかせていた。そして最近はあまり見ないけど、時折僕の隣には祖母の姉もいたことを覚えている。


 今は祖母や大叔母に代わって、読書好きな人が時々腰掛けて寛いでいる。

 あの席には物語を浸れるまじないがあるのかもしれない。

 

 

 

 

「語(かたる)、たまにはコーヒーでもお願いしてもいい?」

「紫苑(しおん)がコーヒーを飲むなんて珍しいね。」

「そうね。折角だから語のおすすめでお願い。」


 そう言って紫苑は、カウンター越しにアールグレイの入っていた口広のティーカップを渡してきた。

 いつもは紅茶ばかり飲んでいるから、コーヒーのオーダーには驚きだ。僕はカップを受け取ると、隣のシンクにそっと置いた。


 そう、僕は喫茶店のカウンターに立っている。

 とはいっても僕はお手伝いであって、このお店のマスターは祖父だ。


 基本的にコーヒーを淹れるのは手慣れた祖父の仕事なんだけど、紫苑だったり知人に限って僕が淹れることがある。それを分かった上で「折角だから」を理由に、さらっと紫苑は僕に試練を課してきたのだ。

 ほら、紫苑が面白そうな目線で僕を見ている。


 ただオーダーである以上受けないわけにもいかないので、背後のテーブルに積まれたコーヒー豆の入ったキャニスターを眺める。

「アールグレイが好きならこの辺りかな」と幾つかまで絞れたけれど、そこから先が少し悩む。



「紫苑、勉強は捗っている?」

「そうね、一段落ついたから落ち着きたいところかしら。」

「わかった。」


 紫苑の状況を知りたくて質問したところ、唐突だったのか少し驚いた様子を見せたけれど、意図を理解してくれたらしく簡潔に希望を答えてくれた。


 落ち着きたい。そして上品な味。

 それを参考に、左のほうにある缶を手に取って開けると、やや深煎りで表面には油が光っているコーヒー豆が入っている。


「これだな。」



 選んだコーヒー豆をグラインダーで粉に挽くと、それを準備していたサイフォンの上の漏斗に放り込む。それから下のフラスコに嵌め込むと、フラスコのお湯が沸騰しながら漏斗へと上っていく。


 この沸騰したお湯でコンロの火が乱射するのはいつ見ても綺麗だ。ボコボコとする音も良い。

 そして軽く漏斗のコーヒー粉とお湯を攪拌すると、香りがフワッと漂う。これもまた良い。


 50年以上たった喫茶店の味のある内装、BGMで流れるジョージ・シアリングのピアノ、そして香りと音。全てが懐かしく落ち着いた空間を出してくれている。

 僕はこの空間の、この瞬間が、最高に心地よく感じてしまう。


 そろそろ30秒ほど経ったので、コンロの火を止める。するとサイフォンでは抽出されたコーヒーが下に落ち始めた。

 これで抽出完了だ。

 上の漏斗を外すと、フラスコに溜まったコーヒーから良い香りがする。

 紫苑も一瞬だけだが、こちらをチラッと見た。香りが気になったらしい。



「紫苑、できたよ。」

「ありがとう。」


 紫苑は淹れたてのコーヒーで満たされたカップを手に取ると、香りをフッと嗅いだ。

 少し顔が穏やかになったのを見ると、試練の第一関門はクリアらしい。

 それから少し口に含む。サイフォンで淹れたコーヒーは90度近い高温だから一口目の熱さに驚く人がたまにいるけれど、熱々の紅茶に慣れているからか問題なさそうだ。


「綺麗な味がする。」

「そうだね。それはキリマンジャロの深煎り。タンザニアの中でも本当にキリマンジャロにある農園のコーヒー豆なんだ。中煎りが多いけれど、深煎りにすると重厚なコクに上品な酸味と甘みがあって落ち着くんだよね。」

「これ、好きね。」

「それは良かった。」


 紫苑はやや満足そうにカップをまた持ち上げた。


「おや、語。紫苑ちゃんのお気に召すコーヒーを淹れられたのかい?」

「たぶん。」


 祖父が微笑みながらやってきた。

 フラスコに余ったコーヒーをカップ2つに注ぐ。多く注いだ方は僕が飲む分で、少ない方は祖父の味見用だ。

 祖父はそれをクイっと飲むと、暫くしてから「結構良いじゃないか。」と褒めてくれた。

 実際にまだ足りないなと思いつつも、かなり望んだ通りの味が出せている。コーヒーの試練は無事クリアできたようだ。



 これは今日は良いことがありそう。



 ほら。今日は珍しく時計の振り子もご機嫌らしく、ゆらゆらと揺れている。

 時刻は午後6時34分。

 この時計は本当に気まぐれで、振れてくれないときがある。祖父によれば「実は電池式」らしい。

 じゃあ振り子の意味はなんなのか、不思議だ。


 気まぐれはそれだけじゃない。振り子時計の文字盤の上にはカッコウの小屋がある。

 いわゆるカッコウ時計、あるいは鳩時計と呼ばれるものだ。

 このカッコウが曲者で、0分でもないのに突如鳴きだすこともあれば、一日中引き篭もって声を発しないこともある。

 唐突に鳴いたときなんて、お客さんが驚いて時間を確認することがある。それはもう傍迷惑な存在のはずなのに、小さい頃からずっとこのままだ。

 撤去される気配は一向にない。



 他にもこのお店には不思議なことがある。

 ある日どこで手に入れたのかわからない海外の新聞が放置されていることがあった。誰が読むのだろうか。

 ポストに海外から祖父宛の手紙が届くことも多い。

 これは祖父が海外に知り合いが多いからだろうけど、メールじゃないところに世代を感じてしまう。


 あとはレジ横の壁の戸を開けると、何故かイコライザーとギターに使うマルチエフェクターが壁にくっついている。

 祖父曰く、店内の音楽にエフェクトを効かせるための遊び心らしい。

 確かにイコライザーもエフェクターも機能している。ただ音楽を歪ませたりする必要もなければエフェクトを掛けている様子も未だないので、存在自由がてんで謎だ。


 でもその分だけこの喫茶店は面白いことも事実だ。

 さっき帰ったお客さんの卓を片付けにいくと、テーブルにあるカップはチェコスロバキア製で、その隣のグラスに敷いてあるコースターは昔エジプトで買ったものらしい。


 こうした物々は、海外旅行が大好きな祖父母が世界各地から掻き集めてきた集大成だ。

 だからこの喫茶店は随所に隠れた品々のお陰で、どこか異国情緒すら感じてしまう。





 そう考えているうちに他のお客さんもポツポツと席を立って、祖父の座る会計に向かっていく。

 実はさっきの紫苑のコーヒーが本日のラストオーダーだ。気づけばご機嫌な振り子時計50分を指している。


「紫苑、そろそろ閉店が近いから、よろしく。」

「もうそんな時間?」


 今日は勉強と読書に集中していたせいか、時間には気付いていない様子だった。

 さっきもラストオーダーとは知らなかったのかもしれない。

 紫苑はほどよく冷めたキリマンジャロをグイッと飲み干して、カウンターに置いてあった参考書の類をバッグに詰めこみ始めた。

 最近は様々なイベントが重なって紫苑は忙しそうだ。放課後は職員室に向かったりして、喫茶店にくるのも今日みたいに遅めの時間のことが多い。



「最近は大丈夫そう?」

「まあこれから動きだす感じだから、まだまだ忙しくはなりそうね。」

「そうなんだ。無理はしないようにね。」


 紫苑は珍しくキョトンとした表情を向けてきた。

 せっかく心配したのに、そんな物珍しそうな顔をされると普段は冷たい人間に見えるじゃないか。やめてくれ。


「そういえば語。最近って暇だったりする?」


 紫苑がそう尋ねてきた。

 なるほど、紫苑は物珍しさからキョトンとしていたのではなく、「ここに猫の手が!」とふと妙案を浮かんだ時の顔だったらしい。


 ただそれは相当に面倒な臭いがする。

 もっとも彼女に留まらず多くの場合で言えることだが、案件を伏せて相手の都合だけを尋ねるとき、それは大抵面倒なことだ。面倒でないなら予め公表して造作もないことをアピールするものじゃないか。


「やだよ。何か面倒なことでも頼むつもりなんでしょ。」

「それでも人手が足りないのよ。これから忙しくなるわけだし。」

「他の人でも探しなよ。友人とかいろいろいるでしょ。」

「そう、残念ね。また必要があったら声掛けさせてもらうね。」

「掛けないで良いよ。答えは変わらないから。」


 僕は念のため、やんわりと釘を刺しておいた。

 紫苑の返答から察するに諦めてくれないようだ。すると案の定というべきか、紫苑は席を立ちながら「それは私の説得と戦略しだいね。」と意味深で面倒ごとになりそうな言葉を残して、祖父のいるレジへと向かっていった。



 僕は「はあ。」と溜息をついた。

 やめてくれよ。

 そう思いつつ、カウンター越しに紫苑の飲み終えたカップを引き下げてテーブルをサッと拭いた。

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