5.一心同体
気が付くと、暗闇に包まれていた空間は消滅し、私はメリアと共に森の中にいた。
目の前には、それほど大きくはない古びた教会のような建物が立っている。
「ここがメリアの家?」
「そうですよ。ここに一人で暮らしています」
吸血鬼の暮らす家だから、もっとお城のようなものを想像していたが、意外と普通だった。
むしろ、吸血鬼なのに教会――どちらかというと、相反するような場所に住んでいるように思える。
まあ、この点については私の偏見なのかもしれないけれど。
「さあ、どうぞ」
メリアに続いて、私は家の中に入る。
建物の外観は随分と古びていたが、中は整理されていて清潔感があった。
やはり、ここで普段からメリアが生活しているのだろう。
「さ、ようやく落ち着いたことですし、続きをしましょうか」
「へ――わっ!?」
言うが早いか、メリアは私の手を引くと、そのままベッドに押し倒す。
抵抗する暇もないままに、メリアは私の首筋に噛み付こうとしていた。
「ちょ、いきなり……!?」
「あそこから逃亡するのが先決かと思いまして。ここなら他に邪魔は入らないですし」
「だ、だって、さっきの魔物は……?」
「言ったでしょう。性格の悪い吸血鬼がいる――まあ、あの程度のことは日常茶飯事です。吸血鬼同士の挨拶みたいなものですよ。場合によっては殺し合いにもなりますが、私は面倒なので相手にはしません」
そう淡々とメリアは言うと、私の首筋に歯を突き立てた。
やはり、痛みはない――けれど、血を吸われる感覚というのは、どうにも慣れそうにはない。
抵抗する気力すら失って、私はただメリアに血を吸われるだけになっていた。
「――っと、あまり吸い過ぎてはいけませんね」
メリアはそう言うと、すぐに私から離れる。今日だけでどれだけ血を吸われたのか分からないけれど、少しだけ意識がぼんやりとしていた。
でも、私には彼女に聞かなければならないことがあった。
「……さっきのことだけど」
「さっきって、もしかしてまだ魔物に襲われたことを引きずっているのですか?」
「そうじゃなくて、私にも、あの魔物を倒せるようになるって言っていたでしょ」
「ああ、そのことですか。単純な話ですよ、私が力を貸すんですから」
「……あなたが、私の代わりに復讐をしてくれるわけじゃないってこと?」
メリアの言葉を聞く限りでは、そんなニュアンスではないことは分かっている。
私自身が、あの魔物クラスでも簡単に倒すことができる――今の私には、少なくともそんな力はない。
眷属にもしない、と言っていたけれど、一朝一夕にそんな力が手に入るものなのだろうか。
「ふふっ、ではまわりくどい話は好みではないので――簡単に」
メリアはそう言うと、私の後ろ側に立つ。
そして――そのまま、溶けるように私の影の中へと入っていた。
「っ! メ、メリア……!?」
「ご心配なく。これも影魔法の一つ――対象の影に入り込むことで、私と貴女は力を共有し合うことができます」
「力の共有……? それって、メリアの力を、私が使えるってこと?」
「ご理解が早くて助かります。こうすることで、私と貴女は一心同体になれるわけですね」
「……特に変わった感じはしない、けど」
「先ほど見せた赤い刃――あれをイメージしてください。簡単に取り出せますよ」
メリアにそう言われ、私は半信半疑ながらもイメージしてみる。赤色の刃――メリアが作り出したそれを、右手で持つイメージをする。
すると、私の右手に先ほどメリアが作り出した赤色の刃が出現した。
「本当にできた……」
「ふふっ、そうでしょう。息を吐くように、私の力を貴女のモノとして扱える――素晴らしいとは思いませんか?」
「す、すごいけど、こんな力――本当に、私に貸してくれるの?」
「当然です。何やら深く考えていらっしゃるようですが、私は貴女の血に惚れて、その見返りとして貴女に力を貸しているだけ。お互いに得をする関係になるだけですから」
どうやら、メリアは本当に『私の血が美味しい』という理由だけで、力を貸してくれるらしい。この力があれば――確かに復讐だって楽にできる。
「では、アンさん。これからどうしますか?」
影の中から問いかけるメリアに対し、私は静かに目的を口にした。
***
数日後――王都の中心部に近い場所に、私は再びやってきていた。
そこは騎士の詰所であり、ここには腕の立つ騎士も多く在籍している。
ここに、私の元上司であるベリンズ・ゴーンデイルもいた。
「ど、どうしてお前がここに……!?」
ベリンズの執務室に、私の姿があることに驚いている様子だ。
それは当然だろう――元部下であった私は牢屋から逃げ出して、絶対に戻ってくることなどないと思っていただろうから。
「ベリンズ隊長。聞きたいことがあります」
「聞きたいこと……? お前に話すことなどない! 誰か、早く来てくれ――は?」
ベリンズが部屋を出ようと扉を開く。
だが、その先にあるのは通路ではなく、永遠と続く暗闇――すでにここは、影魔法によって隔離されている。
「なん、だ、これは……?」
「どこにも逃げられないですよ。さあ、改めて――私の質問に答えて。あなたは私が騎士二人を追っていたことを知っていたはず。それなのに、どうしてあなたは私が殺した、という点について何も言わなかったのですか?」
「お前、この力は一体、なんだ……?」
「私の質問に答えて」
「黙れ! お前の質問に答える義理などあるか! 俺は――」
瞬間、私はベリンズの右腕を斬り飛ばした。彼が、腰に下げた剣に手を伸ばしたのが見えたからだ。
「が、ぐああああああっ!?」
「今、私に襲いかかろうとしたね」
「な、なん……!? お前、どこから、剣を……っ」
「質問をしているのは私だって言っているでしょ。何故、あなたは私を見捨てたんですか?」
「はっ、はっ、そ、そんなの……決まってる、だろ。お前一人を守るより、そうした方がいいと、判断したからだ。他の部下に対しても俺は、そう説明している」
「つまり、私の冤罪には目を瞑った、と」
「殺された二人は、騎士団の不祥事に関わる取引を、行っていた……! そんなものが表沙汰になれば……!」
「なるほど。やはり、私は間違っていなかった、ということね」
「ま、待て――」
ベリンズが何か言う前に、私は彼の首を刎ね飛ばす。
ゴロゴロと、鮮血をまき散らしながら、ベリンズの頭部は地面を転がった。転がった頭部に視線を送るが、私はそのまま、部屋の外に出て影に入る。
「ふふっ、綺麗に落としましたね。私の力をよく使えています」
「……ありがとう。あなたのおかげで、まずは私の復讐を達成できそう」
「けれど、まだ終わりではないでしょう?」
「もちろん、他にもこの事実を隠した奴らがいるみたいだし。そいつら全員、私が始末しないと。今日のところは、これで終わりだけど」
「そうですか。では、戻っていつも通り、私に血をください。ふふっ、今日の貴女の血は、一段と美味しそうです」
嬉しそうに言うメリアの言葉に、私は小さく頷いた。
メリアは今の状態を、『一心同体』と言っていた。
確かに、元上司を殺すことに私は全く迷いもなく、むしろ晴々とした気持ちで始末することができた。
「これからも一緒に、楽しくやっていきましょうね」
「うん。よろしくね、メリア」
私とメリアの生活は始まったばかりだけれど、彼女の言う通り――どんどん楽しくなっていく予感がした。
サクッと読める感じにまとめてみました!